亦不知其所終 田中久三 aka 田中紀峰のサイト。

流星課長

08.16.2017 · Posted in 映画

なんじゃこりゃ(笑)

キューティーハニーの原型だな。

自動ドアのマリア役の小日向しえ、キューティーハニーにもお局OL役で出てる。

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キューティーハニー

08.16.2017 · Posted in 映画

結局ストーリーは、四人のボスキャラを倒し、ラスボスがビオランテか小林幸子、最後は愛が勝つ、というのはうーんどうかと思うが、まあ、なんとか中だるみせず、最後まで見ようと思えば見れる作品だと思う。 中だるみ感を出すということはそれなりの安定感があるということだろう。

シン・ゴジラにも出てくる市川実日子が良い味出している。 そのほかシン・ゴジラとの共通点も多い。 CGがときどきしょぼくなるところなども。

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式日

08.16.2017 · Posted in 映画

主人公とヒロイン以外はほとんどでてこない。

主人公の「カントク」は明らかに庵野秀明がモデルであるが、実際の俳優は岩井俊二という(庵野よりはずっとイケメンな)映画監督である。

ヒロインはこの映画の原作者である藤谷文子。彼女は俳優のスティーヴン・セガールの娘で日本人の母とのハーフ。 藤谷文子は小説家でもあり、俳優でもあるわけだ。

この配役がまず、非常に屈折している。

物語の舞台の宇部市は庵野監督の生まれ故郷でもある。 庵野が安野モヨコと結婚する以前に、故郷に帰省したときの実話として見ることも可能。 描写はかなり私小説的だし、実際そうなのかもしれない。

カントクとヒロインの間に緊張感があってじょじょに接近していく前半部分は割と面白い。 映像も美しい。 31日間の物語で、1日ずつカウントダウンしていき、31日後に何が起きるのか期待させたわりには、 結局カントクはメンヘラ女のヒロインにあいそを尽かすこともなく愛し合ってしまうし(しかもその恋愛描写はあまりにも不自然!)、 最後の日は大竹しのぶがヒロインの母役で出て来て母と娘が和解するというあまりにも平凡なエンディング。 ひねらないのがひねりなのだろうか?

ましかし、これは割と見るに値する作品だと思う。

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帰って来たウルトラマン

08.16.2017 · Posted in 映画

もっと雑な自主制作特撮物なのかと思っていた。 想像していたものとは随分違った。

比較的かっちり真面目に作ってあるのに、ハヤカワ隊員の役者は庵野監督ではない。 しかしハヤカワ隊員がウルトラマンに変身するとき庵野監督本人がウルトラマン役になっており、かぶり物もしてない。 非常に違和感のある作品だが、 その違和感以外に何か特筆すべきものがあるのだろうか、この作品は。

見て損は無い。

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ラブ&ポップ

08.16.2017 · Posted in 映画

庵野秀明監督の実写作品をいくつかみた。

『ラブ&ポップ』は原作が村上龍、『エヴァ』をやった直後にDVカメラで撮った作品。

まあ、民生用カメラ出始めの頃にそれをあえて使ったことと、アングルにこだわりは見えるものの、庵野らしさはほとんどない。

私はこういう、渋谷で女子高生がどうしたこうしたという話が好きじゃないのかもしれない。 見てていらいらしたので途中でやめてしまった。 渋谷、女子高生、1990年代。自分にとって嫌な思い出しかないからかもしれない。

村上龍の作品もそれほど好きではない。 『限りなく透明に近いブルー』は読んだことがある。こういうものがブンガクなんだな、ついてけないな、としか思えなかった。 まあ、私の中では山田詠美とか内田春菊と同じジャンル。

その村上龍が、女子高生の援助交際ものを書いて、しかもネットでネタバレなんか読むと、 おじさんが援助交際する女子高生に説教するみたいなストーリーになっているらしく、 まあ、まったく共感できないなと思った。 さすがの村上龍も女子高生の売春を書くことは社会通念上できなかったわけよね。彼も功成り名を遂げたから、リスクを冒す必要もなかったわけだし。

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Heimkunft — An die Verwandten

08.09.2017 · Posted in ドイツ語

Drin in den Alpen ists noch helle Nacht und die Wolke,

かしこのアルプスの中はいまなお明るい夜に包まれ、

Freudiges dichtend, sie deckt drinnen das gähnende Tal.

雲が楽しげに吟じながら、眠たげにあくびする谷を覆っている。

Dahin, dorthin toset und stürzt die scherzende Bergluft,

そこにもここにも、轟々とあらくれる山の息吹が吹き荒み、

Schroff durch Tannen herab glänzet und schwindet ein Strahl.

モミの茂みを通して一筋の月光が、ぎらぎら眩しく差し込んでいる。

Langsam eilt und kämpft das freudigschauernde Chaos,

楽しくもゾッとする混沌がたくましき若者の姿で、

Jung an Gestalt, doch stark, feiert es liebenden Streit

ゆっくりと急いで愛すべき闘争の祝祭を執り行い、

Unter den Felsen, es gärt und wankt in den ewigen Schranken,

岩山の麓では、永遠の昔から、ぐらぐら煮え立ち続けるバッカスの宴が、

Denn bacchantischer zieht drinnen der Morgen herauf.

夜明けとともに近づいてくる。

Denn es wächst unendlicher dort das Jahr und die heilgen

終わり無き聖なる時、年月、日々は、

Stunden, die Tage, sie sind kühner geordnet, gemischt.

大胆に混ぜ合わされ、配置され、成長し続ける。

Dennoch merket die Zeit der Gewittervogel und zwischen

しかしながら、嵐の到来を予知する鳥が山々の間の、

Bergen, hoch in der Luft weilt er und rufet den Tag.

空高く留まって、その日が来ることを告げる。

Jetzt auch wachet und schaut in der Tiefe drinnen das Dörflein

ほら、谷底深く、連嶺の下に、

Furchtlos, Hohem vertraut, unter den Gipfeln hinauf.

恐れを知らぬ、良く知られた小さな村が見える。

Wachstum ahnend, denn schon, wie Blitze, fallen die alten

古い泉に落ちた稲光がすでに天候の急変を予感させ、

Wasserquellen, der Grund unter den Stürzenden dampft,

地面はもうもうと湯気を立て、

Echo tönet umher, und die unermeßliche Werkstatt

こだまがあたりに鳴り響き、このなんとも評価しようのない工房において、

Reget bei Tag und Nacht, Gaben versendend, den Arm.

昼と夜となく腕を振るい、贈り物を送りつけてくるのだ。

思うに、ヘルダーリンの詩は、四行でひとまとまりの、普通のドイツの詩であるが、上の例のように、押韻にはあまり気を使ってないようにみえる。

伊東静雄の詩は四行まとまりという原則はなく、 むしろ反復もリズムもなく、ずるずると続いていくのが特徴だと言える。

三島由紀夫がヘルダーリンを愛好したというのは解る気がする。 三島由紀夫はヘルダーリンの狂気を愛したのだろう。 ヘルダーリンに一番似ているのはニーチェだと思う。

伊東静雄はヘルダーリンともニーチェとも似ていない。どちらかといえば常識人、庶民に属する人だ。 詩作のために狂おうとしたことも、また、狂気をことさら詩に表現したこともないはずだし、伊東静雄は三島由紀夫を好きではなかったはずだ。

思うに、ヘルダーリンの詩の従来の和訳はどれもこれもおかしい。 こういうものを読んでヘルダーリンの詩の美しさがわかるはずもない。 そしてそういう変な和訳が何か高級な詩的表現だと勘違いされている。 『ヒュペーリオン』のような小説、散文ならばまだ害は少ないとおもうが、詩だと致命的だと思う。

とにかく一度全部訳し直さなきゃならないレベルだと思うのだが、今更ドイツ語をそんな真面目に学ぼうという人もいないのだろう。

ところで Heimkunft は直訳すれば「故郷の未来」とでもなろうか。しかしなぜか帰郷という意味があるようだ。

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07.31.2017 · Posted in ドイツ語

Mich verlangt ins ferne Land hinüber

Nach Alcäus und Anakreon,

Und ich schlief’ im engen Hause lieber,

Bei den Heiligen in Marathon;

Ach! es sei die letzte meiner Tränen,

Die dem lieben Griechenlande rann,

Laßt, o Parzen, laßt die Schere tönen,

Denn mein Herz gehört den Toten an!

私は遠い国へ行ってみたい。

詩人のアルカイオスやアナクレオンが住んだ土地に。

そして私はよろこんであばら屋にも寝よう。

マラトンの聖地にならば。

ああ、これが、愛するギリシャの土地に流れる

私の最後の涙となろう。

鳴らせ、おお、運命の女神パルカよ、鋏を鳴らせ、

さあ、私の心はすでに死者たちとともにあるのだから。

試訳。 韻は踏んでない。 意味は一応通ってると思う。

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07.31.2017 · Posted in ドイツ語

Attika, die Heldin, ist gefallen;

Wo die alten Göttersöhne ruhn,

Im Ruin der schönen Marmorhallen

Steht der Kranich einsam trauernd nun;

Lächelnd kehrt der holde Frühling nieder,

Doch er findet seine Brüder nie

In Ilissus heilgem Tale wieder –

Unter Schutt und Dornen schlummern sie.

アッティカは、かのヒロインは滅んだ。

彼の地に、古代の神々の子孫も眠っている。

美しい白亜の殿堂の廃墟には、

今、鶴が一羽悲しげに立っている;

やさしい春は微笑みながら帰っていく。

しかし彼は自分の兄弟らを見つけることはない。

聖なる谷イリソスの

瓦礫と茨の下に彼らはまどろんでいる。

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07.31.2017 · Posted in ドイツ語

Ist der Stern der Liebe dir verschwunden?

Und der Jugend holdes Rosenlicht?

Ach! umtanzt von Hellas goldnen Stunden,

Fühltest du die Flucht der Jahre nicht,

Ewig, wie der Vesta Flamme, glühte

Mut und Liebe dort in jeder Brust,

Wie die Frucht der Hesperiden, blühte

Ewig dort der Jugend stolze Lust.

あなたの愛の星は消え失せてしまったのか?

そして愛らしいバラのように輝く若者たちも?

ああ、ギリシャの黄金の時以来、その周りで踊っているから

あなたは時が過ぎ去ったことを知らない。

永遠に、女神ウェスタの炎のように、

それぞれの胸のうちに勇気と愛が輝き続ける。

ヘスペリデスの園に実るくだもののように、

永遠にそこで、誇り高く快活な若者は栄え続ける。

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07.31.2017 · Posted in ドイツ語

Ach! wie anders hätt’ ich dich umschlungen! –

Marathons Heroën sängst du mir,

Und die schönste der Begeisterungen

Lächelte vom trunknen Auge dir,

Deine Brust verjüngten Siegsgefühle,

Deinen Geist, vom Lorbeerzweig umspielt,

Drückte nicht des Lebens stumpfe Schwüle,

Die so karg der Hauch der Freude kühlt.

ああ!もっとしっかりとあなたを抱きしめたい! –

あなたは私にマラトンの勇者を歌う。

そして熱狂者らの中で最も美しい人が、

陶酔した眼差しであなたに微笑む。

あなたの胸は、勝利の昂揚を若返らせ、

あなたの魂に絡みつく月桂樹の蔦は、

人生を締め上げることなく、その鈍い暑苦しさを、

とても冷たい喜びの吐息で冷やしてくれる。

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