まあ、鐘というものは、銅鐸かなんかみたいにして、美術館に展示してあっても、絵的にはほとんど意味がないのであり、
鐘楼に吊してあって、鐘撞き棒が吊してあって、実際に普段鳴らしている状態で設置されていなくてはならんのである。
写真とは現実ありのままではない。
説明であり記号なのである。
これは京都南禅寺の鐘楼であるが、藪の中にあって、鐘楼の中に鐘がほとんど隠れてしまっている。
これでは、絵的に鐘楼だということがわからないので、困る。
雰囲気は悪くないのだが、残念だ。
鎌倉建長寺。
悪くない。
絵的にはこのように手前に鐘撞き棒があってその奥に鐘があって、その奥に鐘楼の柱があって、
理想的にはその背景は江戸時代の町並みが欲しい。
或いは、江戸時代には存在しなかったオブジェが映り込まなければそれでもよいのだが、
この写真の場合には観光客が入ってしまっているのが、まずい。
早朝などに撮ればよかったのかもしれない。
またこの鐘楼は、屋根が藁葺きなのもなかなか良い。柱も古風だ。
鐘楼全体を写真に収めようとするとどうしても鐘が小さく見えてしまう。
なので、鐘に対して鐘楼があまり大きすぎない方が絵的には良いのである。
鐘楼がでかすぎるとどうしても鐘だけを撮影しなくてはならなくなる。
また、鐘楼がでかければでかいほど、背景に余計なものが映り込んでしまう。
鎌倉円覚寺。
悪くない。
非常に荘重な感じ。
しかし、普段は使われてないのか、
厳重に鐘撞き棒が固定されているのが残念である。
これでは鐘を撞くまでにかなり手間がかかってしまうだろう。
京都建仁寺。
あまりよろしくない。
まず、鐘が鐘楼の中に隠れてしまっている。
棒だけが外に突き出ていて、これでは鐘を叩くのには便利かも知れないが、
ビジュアル的にはいまいち。
しかも周りに車が止まっていては絵的に使い物にならない。
京都知恩院。
悪くない。
江戸時代のものとしては最大級だろう。
しかし、鉄柵がいかにも邪魔。
あと、あまり大きすぎるのはビジュアル的に圧迫感がありまくる。
京都東山高台寺。
悪くないんだけど。
立ち入り禁止の立て札が邪魔。
背景にビルが入る。
隣に車やクレーン車などかあっていろいろ邪魔。
あと、鐘に金で印字してあって、けばすぎる。
これも東山。頼山陽の墓がある長楽寺。
まったく期待してなかったが、いまのところこれがベスト。
鎖がぴかぴかしすぎていること以外特に文句がない。
金閣寺。
消化器がいかにも邪魔。
あとなんか立て看も邪魔。
鐘楼自体はそんな悪くないんだけど。
こんなところ写真撮るひといないと思われてるよな。
仁和寺。
朱塗りで超かっこいい。
でも普通の人はこれが鐘楼とは言われなくちゃわかるまい。
私はたぶん形からして鐘楼だとは思ったが、鐘が完全に中に隠れてしまっている。
長崎興福寺鐘鼓楼。
鐘を撞いて太鼓も叩いたらしい。
鐘は戦時中拠出してもう存在しない。
日本鐘巡りの旅はまだまだこれからだ。
普通の町中にある鐘楼は周りに余計なものが映り込むので使い物にならない。