真白嶺と芝山

最近また和歌を詠もうと思いリハビリしてる。

> しもふさと むさしを分くる すみだ川 かへり見すれば 富士の真しらね

> しもふさと むさしを分くる すみだ川 かへり見すれば 富士の芝山

のどちらがよいか悩んでいる。
「真しらね」は「真白嶺」だが、どうも不思議と用例が少ない。
秋成の歌に

> 箱根路の 雪踏み分けて 真しらねの ふじの高嶺を 空にみるかな

というのがあるが「富士の真白嶺」とやった人はまだいないらしい。
かたや、「富士の芝山」というのは万葉集に出て、便利とみえて、その後もいろんな人が使っている。
加藤千蔭

> あづま路に まづくる春の 日の影を 雪に待ちとる 富士の芝山

> うらうらと 富士の芝山 霞む日に 田子の浦舟 ゆたに漕ぐみゆ

明治天皇の歌にも

> あづまにと いそぐ船路の 波の上に うれしく見ゆる ふじの芝山

とあり、昭憲皇太后の歌にもあったはず。
どっちがいいかね。

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