フローニ他

知り合いに
『ヨハンナ・シュピリ初期作品集』を読んでもらい、いろいろ感想を聞いたので書いてみる。

私はこの本ではできるだけふりがなをふらないつもりでいた。
というのは『定家』ではふりがなのおかげで校正でひどい目にあったからだ。
『定家』は illustrator で版組されていて、ふりがなもすべて手作業で(しかも書き終えた後で追加で)ふってたので間違いが半端なかった。
『シュピリ』は in Design で組み版されているのでそういう間違いはまったくなかったのだが。

また、もともと原作が若者向けのわかりやすい話であったはずだから、わざわざルビをふらなきゃならないような難しい単語や言い回しは(少なくとも本文中は)使わないようにしようと思った(しかし童話のような文体にする気はなかった)。

難しくて読めない単語があったというから聞いてみるとそれは「敬虔」だった。
なるほどこれは確かに子供には読めない。
調べて見るともとの単語は fromm であったり religiös であったりする。
「信心深い」とか「信仰心の厚い」などと訳するべきだったかもしれない。
ただ「敬虔」のほうがドイツの敬虔主義的なキリスト教の信仰を表すにはふさわしい気もする。

いずれにしても、『定家』では最初の数ページでギブアップした人も、今回「シュピリ」は、本文は最後まで読めてくれたようで、多少堅苦しい言い回しはあったようだが、誰でも読める本になってると思う。
普通の翻訳ものに比べて解説が異様に長くてこ難しいのは訳者の趣味なので勘弁してもらいたい。
ドイツ語の引用が多いのはドイツ語をひけらかしたいとか厳密を期したというより、むしろ訳者が自分の訳に自信がないからだ。
私にしてみれば、ゲーテの詩集が原文の引用なしであんなに出ていることの方が不思議だ。
小説ならそんな必要はないかもしれんが。
確かに私もドイツ語なら原文が多少気になるが、アラブ語やロシア語の原文をいちいち引用されては迷惑な気もする。
普通翻訳というのはそんなものだろう。

「フローニの墓に一言」をkindleで出版したのは2014年1月のことだった。
ここでは、ハインリヒ・ロイトホルトがアルムおじさんのモデルである、などと書いているがこれは間違いだ。
「若い頃」に出てくるヨハネスがハインリヒ・ロイトホルトをモデルにしたものであるとすれば、ロイトホルトは「怖い大工」ではなく、少年の頃からふにゃっとした詩人タイプであったはずだ。

「ハイディ」は処女作「フローニ」を土台として構築されたメルヒェンであると考えてほぼ間違いなかろうと私は今も考えている。その考えは2014年以降、他の初期作品も訳し終えてみて変わってない。
「ハイディ」はヨハンナの他の子供向け作品と比べると宗教色が濃厚である。
初期作品よりはずっと薄められているが、例えば1878年に出た Am Silser- und am Gardasee 《小さなバイオリンひき》(ジルス湖とガルダ湖のほとりで)、Wie Wiseli’s Weg gefunden wird 《ヴィーゼリの幸福》(ヴィーゼリの道はどうやって見つかるか)などの作品が完全な童話として構成されている(ただし主人公は片親だったり孤児だったり、家が貧乏だったりして不幸な子供のことが多い)のに対して、ハイディには暗い死の影が落ちている。
それはやはり、生涯童話作家になりきれなかったヨハンナが、フローニを下敷きにハイディを書いたからだと思われるのだ。
「ハイディ」を書いた動機は、ハイディという少女を描きたかったというよりも、フローニを不幸に死なせてしまったアルムおじさんの魂を救済するため、またフローニという不幸な娘の霊を慰めるために、ハイディという、ある意味聖なる少女をアルムおじさんのもとに遣わしたいという衝動であったのに違いない(というより、書いているうちどうしてもそっちのほうに話がひっぱられていった)。
つまりフローニの夫を悔い改めさせることによってフローニの物語を完結させたかったのだと思えるのである。ここでハイディは牧師役でもあるし、天使役でもある。
フローニを弔うという意味でやはりハイディはフローニの続編とみなしてよいと思うのだ。
ヨハンナは単に宗教的な作品を書きたかったのではない。おそらくは実在のモデルに基づくフローニという人を哀れんだゆえに宗教的になってしまった。
しかしフローニの話から書き始めるともう話が複雑でかつ暗くなってしまって児童文学にはならない。ハイディを児童文学として書きたかったヨハンナは、その代わりに、ハイディの母アーデルハイトや父トビアス、そしてアルムおじさんについてのなにやら思わせぶりな噂話をデーテに語らせている。
そして読む人が読めばわかるような仕掛けがしてあるのではなかろうか。
ハイディの続編、クララが山に来て立つという部分は明らかに当初の執筆動機から逸脱している。しかしながらクララが立たないことにはハイディは成り立たないことになってしまった。
ハイディが世界に通じる一個の仮想物語(メルヒェン)になり得たのは、そうしたいという出版社の意図と助言があったからだろう。ヨハンナ自身の意志もあったかもしれないが。

「フローニ」を読まねば「ハイディ」はわからんよということに多くの人がだんだんに気付くに違いない。

「彼らの誰も忘れない」に出てくるロベルトとザラの関係は、アルムおじさんとハイディの関係に近いかもしれない。

ある人は頭からどんどん読んでしまったが、またある人は、時代背景が難しくてなかなか読めないといって進まない、らしい。
確かに、たとえばグリム童話で、継母に森に捨てられた兄妹が魔女に騙されるという話、これなどは時代背景などいらない。
そういう(現実世界とは切り離された架空の)世界観の中にさっくりと読者を連れ込めれば良い。
アニメの「ハイジ」もまた同様な手法を採っている。
19世紀末のスイスの時代背景やドイツ文芸事情なんてものをいちいちアニメを見る子供にわからせてはいられない。
ヨハンナはゲーテファンだったからゲーテの話から始めます、という悠長なことは言ってられない。

ズイヨーはハリウッドやディズニーの手法を取り入れたのだと私は思う。
アメリカは歴史が短く文化が貧困な国だから、ヨーロッパから盛んに原作を輸入して、アメリカンにアレンジして、実写化し、アニメ化した。
ヨーロッパの歴史的伝統的でドリーミーな要素をよりこってりと濃縮し、一方ヨーロッパ固有の暗くて重い宗教観をそぎ落とすという脚色手法を取り入れた。
キリスト教を絡めるとイスラム諸国に売れなくなるなどとズイヨーの会長は言っているようだが
高橋茂人,日本におけるテレビCMとTVアニメの草創期を語る(TCJからズイヨーへの歴史)、

> イデオロギーは,みなそれぞれ違う。それを出すべきではないと思う。「ハイジ」には深層に流れているものがある。それはキリスト教思想なんだ。しかしそれを正面きっては出せない。世界に広く作品を売ろうとするなら,キリスト教のほかイスラム教の国もあり,例えば中近東では売れなくなってしまう。

高橋茂人が当初からそこまでワールドワイドにアニメを売ろうとしていたとは考えにくい。
ヨーロッパの市場はそれなりに大きいから、ヨーロッパ人に受けるようにキリスト教的な要素を盛り込もう、という戦略もあり得たはずだ。

ハイディをヨハンナの作品群の中の一つに戻す。
ヨハンナを当時のドイツ文学界の中の作者の一人に戻す。
そして当時のスイス、ドイツ文芸界、ドイツ語圏の社会情勢の中で、では、ヨハンナとは、ハイディとは何だったのかということを示してみせたことになっただろうか。
いろんな本を効率良く読もうという忙しい人は、本をいちいち頭から読んだりしない。
その概略だけさらっと知りたいと思うだろう。
解説から読み始めるかもしれない。
ところがそういう読み方をする人にはこの本は時代背景が難しすぎてなかなか読めない、ということになる。そりゃそうかもしれない。
私もそんなに簡単に読める本を書いたつもりはない。
しかしできるだけいろんな人に読んでもらいたい。
だからこんな本になった。

ロッテンマイヤーはスイスの少女に聖なる幻想を持つ人だった。
一方デーテやハイディは生の、野生のスイス娘だった。
デーテ対ロッテンマイヤー、あるいはハイディ対ロッテンマイヤーのやりとりは、もしかするとヨハンナと編集者の間のものであったかもしれない。
つまりロッテンマイヤーみたいな潔癖でかつスイスに幻想を抱いているドイツ女がいて、編集者として、もっとこんな風なストーリーにしましょうよ、などとヨハンナに提言する。
ヨハンナはそれに対して半信半疑に従ったり抵抗したりする。
もしかすると、ヨハンナの多くのかなり退屈な童話群というのは、Gotha Friedrich Andreas Perthes にいたロッテンマイヤー女史みたいな人の要望に沿ったもので、ハイディはそんな編集者への反発を反映したものかもしれない。
などと空想するのは楽しい。

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