ククルスドアンの島

ククルスドアンの島を見たのだが、最近の日本アニメってすごいんだな、というのが感想だった。モビルスーツはCGでかっちょよく動くし、キャラクターは正真正銘安彦良和の絵がなめからに動く。ストーリーもさすが富野由悠季、まったく破綻がない。セイラさんの口調がなんだか気持ち悪いのがなんとなく歴史修正主義みたいだがまあいいか。技術が向上し、お金も人もかければこのくらいは作れるんだな、という印象はあるが、意外性は少なかった。そりゃしょうがないよね。ドラえもんもクレヨンしんちゃんもそのほかいろんな日本アニメはみんなそうなのだ。長谷川町子原作のサザエさんは長年テレビでアニメ放送されているうちにすっかり毒気を抜かれてしまった。同じことがガンダムでも進行中なわけだ。ガンダムもまたどこかで見たことある日本アニメの一つになってしまった。

正直な話私はそうした類いの作品を見たいわけではないのだが、このククルスドアンはあまりにもよくできていたから最後まで一気に見てしまった。しかし何度も繰り返し見るタイプのものではないかもな。

改めてこの最新ガンダム作品を見てみるとアムロなんかがいちいち「アムロ中尉」などと呼ばれているのが気になる。昔からこんなにいちいち階級で呼んでいたのだろうか。さらに日本が作る戦争ものには共通のウェットさがある。義理と人情。浪花節。同じ感覚をvivantにも感じたし、タランティーノも日本映画(仁義なき戦いのことか)に影響されてレザボアドッグスを作った、などという人もいる。このククルスドアンでも特有の暑苦しさを感じた。日本料理に必ず醤油が使われているような。特色でもあるが呪縛でもあると思うんだ。もっとすかっと作れないんだろうか。

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