清原氏

前九年の役 1051年 – 1062年、
延久蝦夷合戦 1069年 – 1074年、
後三年の役 1083年 – 1087年。
この三つの戦いには関連性があるのか。
延久蝦夷合戦は後三条天皇の時代で、後三条は桓武天皇を思慕し、征夷の意図があったという。
後三年の役は白河天皇即位から院政期にすっぽり含まれている。
かつ、後三年の役の主役八幡太郎義家は白河天皇の扈従で身辺警護の武士、北面の武士のはしりでもある。

思うに、前九年の役というのは、それらしきものはあったかもしれないが、いわば前説のようなもので、戦争の実態はそれほどないのかもしれない。
この三つの戦いの過程で蝦夷の清原氏が興り滅んでいる。
代わって奥州藤原氏の時代がくる。

なんかおもしろそうだな。

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