皇室典範増補中改正ノ件他三件審査報告

今回御諮詢の皇室典範増補中改正ノ件、皇族身位令中改正ノ件、皇統譜令中改正ノ件及び皇族ノ降下ニ関スル施行準則廃止ノ件につき、本官等審査委員を命ぜられ、本日十三日委員会を開き、宮内大臣及び関係諸官の弁明を聞いて、その審査を遂げたのである。

今、本案各件の要旨を述べれば、次の通りである。

第一 皇室典範増補中改正ノ件

皇室典範増補の現行規定によれば、王は、勅旨又は情願により、家名を賜い、華族に列せしむることあるべき旨を定め、臣籍降下の王の妃並びに直系卑属及びその妃は、内親王又は女王も、王とともに降下することとなるのであるが、王の直系尊属又は姉妹たる内親王又は女王については、婚姻に因る外、臣籍降下の途が拓かれていない。然るに終戦後の国情の変化により、あらたに、内親王及び女王についても、単独に、臣籍降下の途が拓かれるのを適当とする情況を生ずるに至ったので、ここに本件を以て(一)臣籍降下の皇族の範囲に、王の外内親王及び女王を加へ、(二)臣籍降下の内親王及び女王は、その親族たる臣籍降下の王の家に入ることが望ましい事情の存する場合も予想せられ、また、華族の制度は、日本国憲法の施行とともに早晩廃止せられるのであるから、臣籍降下の皇族に家名を賜い、華族に列せしむるの規定を除こうとするのである。

第二 皇族身位令中改正ノ件

本件は、前記の皇室典範増補の改正に伴うものであって、(一)皇族身位令の現行規定によれば、臣籍降下の皇族は、一家を創設することとなっているが、内親王及び女王の臣籍降下に当っては、一家を創設しないことが望ましい事情の存する場合も予想されるので、一家を創設する場合の外、臣籍に降下されたその直系卑属又は、その兄弟の家に入る途を拓き(第二十六条)、(二)同令の現行規定によれば、臣籍より入られた妃が、その夫を亡ったときは、情願により勅許を経て、実家に復籍することができるとなっているが、この場合においても、実家復籍の方法の外に一家創設又は直系卑属若しくは兄弟の家への入籍の途を設け(第三十四条)、(三)その他、同令の現行規則(第二十五条、第二十七条及び第三十条)に所要の整理を施そうとするものである。

第三 皇統譜令中改正ノ件

本件は、皇統譜令中臣籍降下の皇族についての皇統譜登録に関する規定(第三十一条)につき、皇室典範増補第一条の改正に伴う当然の整理を施そうとするものである。

第四 皇族ノ降下ニ関スル施行準則廃止ノ件

皇族ノ降下ニ関スル施行準則は、皇室典範増補第一条の規定を実際に施行するに当り、常例として依拠すべき準則であって、大正九年本院の御諮詢を経て裁定せられたものであるが、最近の国情と今後における皇族の地位に鑑み、変通の途が拓かれることの必要に考え、この際、本件を以てこれを廃止しようとするものである。

按ずるに、本案の四件中第一の件は、終戦後の国情の変化に伴い、皇子孫が累世皇族たるの主義に対し、広く変通の途を拓き、臣籍降下の皇族ノ範囲を拡張することを主眼とするものであって、事情止むを得ない措置と言わざるを得ない。爾余の三件は、これに伴って、関係規定を整理改廃しようとするものであって別に支障の廉を認めない。よって審査委員会においては、本案の四件は、いずれもこの儘これを可決されて差支えない旨全員一致を以て議決した次第である。

右審査の結果を報告する。

昭和二十一年十二月十八日

審査委員長

枢密院副議長 潮 恵之輔

審査委員

枢密院顧問官 林 頼三郎

枢密院顧問官 伊沢 多喜男

枢密院顧問官 関屋 貞三郎

枢密院顧問官 松平 恒雄

枢密院顧問官 西野 元

枢密院顧問官 林 毅陸

枢密院顧問官 柳田 国男(欠席につき決議に与からず)

枢密院議長 清水 澄殿

うつせみの このよのことを しるほどに わかかりしひは しらざれど しりにしのちは あぢきなく しなめしなめと おもへども いまだにいきて ただゑひて 日々をおくりて はるはきて いつかはしなむ いまこそしなめ

反歌

愚かなる 世に生まれけり 愚かなる 我が身に生くる かひなかりけり

血糖値を上げないために一度にまとめ食いするのでなく細かく分けて食べると太りにくいなどというが、同じことはアルコールにもいえるのではなかろうか。

3%くらいの濃度の酒を飲んでいれば酩酊したり、二日酔いになったりしない。つまり、肝臓が分解する速度に合わせて酒を飲めば良いということだ。

逆に、急激に血中アルコール濃度が高まると、そこでいろんな障害が発生して、そのダメージは次の日にまで残る。

酒は慌てずゆっくり飲まねばだめだ。

高みに登るとそれまで見えてないかった景色が見えてくるわけであり、
自分が登ってきた道がものすごく迂回してたことも見えるし、
さらに登らなくてはならない遠くの峰が見えてくる。

それでいつまでたっても加筆修正が終わらないのだが、
それは藤原定家のときも同じだった。
今、あのときとまったく同じことを体験しているわけだ。
あのときは適当なところで打ち切った。
今回はどこまでいくかしらない。
だが、本というものは、当たればまた次も書かせてもらえるものなのだから、
まず今考えるべきことは、次も書かせてもらえるクオリティのもの、
後に残して悔いないものを仕上げるということだろうと思う。

ICD作動

昨日、つけて初めてICDが作動した。

バスに乗ろうと走って、乗って、座っていたらいきなりキャッチボールを取り損ねたみたいな衝撃が左胸にあった。うわっと思わず声が出て、何かぶつかったかとあたりをキョロキョロしてしまった。たぶんICDが作動したんだと思う。

初めての経験だった。この5年間、一度も作動しなかった。ICDが作動すると気絶するとか倒れるとか言われていたのだが、私の場合全然正気だった。たぶん拍動が早くなりすぎて心室細動と間違って誤作動したのだと思う。退院して今まで一度も心室細動は記録されていない(ICDが記録している)ので、まあ今回のも心室細動ではあるまい。

四月にICD検査があるのでそのときまあどんなだったかわかる。ICDが作動したらすぐ病院に来いと言われた気もするが、どうなのか。

死にたいという衝動と、殺したいという衝動は同じものだ。内向的になっているときは自分を殺したくなるだけのこと。

若い頃はどうでも良かったことが次第に好きか嫌いか両極端に分かれていく。

犬と喫煙者がいないところへ行きたい。
ケルヒャーやピアノのないところへ。
子供が騒ぐのはそれほど気にはならないが、ボールをずっと壁打ちしているのはさすがにうるさい。
子供の声などはたかがしれてるのだ。
しかしボールやケルヒャーや犬は違う。段違いにうるさい。
車のからぶかしもうざい。

朝、風呂に入っていたら隣の犬がずっとだらだら吠えていた。
たぶんご主人さまと車でお出かけするのだろう。
不愉快で仕方なかった。
朝30分ほど犬に吠えられたせいで午後までその不快な気分を引きずっている。

町を歩いても人混みにいらいらする。

音大生向けの完全防音のワンルームマンションに住みたい。
狭くていいから静寂がほしい。自分ひとりだけの。

ともかくもうすべてのことが気にいらない。
いや、違うのだ、気に入ることと気に入らないことがどんどん分離していくのだ。
気にしなければ良いだけなのだろうがどうしようもない。

鳥刺し2

藤沢周平の原作を読んだ。

やはりなと思った。
帯屋は、あんなふうに、城内にどやどやと押し入ったのではない。
藩主の近習部屋の者たちが、みな帯屋に内通していて、
あるいは帯屋に内通しているものが近習部屋の者たちをどこかほかの場所に連れ出していたのだ。

そして帯屋は誰にも見とがめられることなく、藩主のいる部屋までやってきて、そこで兼見にいきなり遭遇して、斬り合いが始まる。

こうでなきゃおかしい。
帯屋は、ちゃんと段取りを組んで、藩主一人と対峙するつもりだった。

あるいはだ。帯屋に内通していると見せかけて、帯屋を油断させて、実は中老の指示で、
近習部屋のものたちは隠れていて、わざと帯屋と兼見を一対一で斬り合わせた。
そういう設定でもよい。

帯屋がわあわあわめきながらたった一人で屋敷の中に闖入してくるはずがない。

兼見だが、醜男で剛直な、鋼鉄のような、愚直な男として描かれている。
自らの信念で、側妾をあっさり殺してしまった。
まあ、これならまだわかる。

最後の立ち回りもあっさりしている。

やはり原作には無理はなかった。
脚色が悪い。

藤沢周平のほかの作品もいろいろ読んでみたが彼はまともな作家だと思う。
彼の話では、本来、主人公もヒロインもそんな美男美女ではない。
しかし美男美女でなくては映画にならない。
派手な殺陣がなければ時代劇にならない。
だから脚色と原作の関係に無理が生じる。

plato’s 7th letter

[323δ]

> Πλάτων τοῖς Δίωνος οἰκείοις τε καὶ ἑταίροις εὖ πράττειν.

Plato to Dion’s associates and friends wishes well-doing.

Πλάτων プラトン、主格。
τοῖς 定冠詞、複数男性与格。
Δίωνος ディオン、与格?
οἰκείος 親しい。
τε καὶ かつまた。
ἑταίρος 親しい。
εὖ 良く。

> ἐπεστείλατέ μοι νομίζειν δεῖν τὴν διάνοιαν ὑμῶν εἶναι τὴν αὐτὴν ἣν εἶχεν καὶ δίων, καὶ δὴ καὶ κοινωνεῖν διεκελεύεσθέ

You wrote to me that I ought to consider that your policy was the same as that which Dion had; and moreover you charged me to support it, so far as I can,

[324α]

> μοι, καθ᾽ ὅσον οἷός τέ εἰμι ἔργῳ καὶ λόγῳ. ἐγὼ δέ, εἰ μὲν δόξαν καὶ ἐπιθυμίαν τὴν αὐτὴν ἔχετε ἐκείνῳ, σύμφημι κοινωνήσειν, εἰ δὲ μή, βουλεύσεσθαι πολλάκις. τίς δ᾽ ἦν ἡ ἐκείνου διάνοια καὶ ἐπιθυμία, σχεδὸν οὐκ εἰκάζων ἀλλ᾽ ὡς εἰδὼς σαφῶς εἴποιμ᾽ ἄν. ὅτε γὰρ κατ᾽ ἀρχὰς εἰς Συρακούσας ἐγὼ ἀφικόμην, σχεδὸν ἔτη τετταράκοντα γεγονώς, δίων εἶχε τὴν ἡλικίαν ἣν τὰ νῦν Ἱππαρῖνος γέγονεν, καὶ ἣν ἔσχεν

both by deed and word. Now if you really hold the same views and aims as he, I consent to support them, but if not, I will ponder the matter many times over. And what was his policy and his aim I will tell you, and that, as I may say, not from mere conjecture but from certain knowledge. For when I originally arrived at Syracuse, being about forty years old, Dion was of the age which Hipparinus has now reached,1 and the views which he had then come to hold

### 冠詞(男性, 女性, 中性)
        
#### 単数

* 主 ὁ, ἡ, το
* 属 του, της, του
* 与 τω, τη, τω
* 対 τον, την, το
* 呼 ω, ω, ω

#### 双数

* 主・対 τω, τω, τω
* 属・与 τοιν, τοιν, τοιν

#### 複数

* 主 ὁι, αι, τα
* 属 των, των, των
* 与 τοις, ταις, τοις
* 対 τους, τας, τα
* 呼 ω, ω, ω

### 人称代名詞(I, II, III)

#### 単数

* 主 εγω, συ, –
* 属 εμου/μου, σου, οὑ
* 与 εμοι/μοι, σοι, οἱ
* 対 εμε/με, σε, ἑ

#### 双数

* 主・対 νω, σφω, –
* 属・与 νων, σφων

#### 複数

* 主 ἡμεις, ὑ-μεις, σφεις
* 属 ἡμων, ὑ-μων, σφων
* 与 ἡμῖν, ὑ-μῖν, σφισιν
* 対 ἡμᾶς, ὑ-μᾶς, σφᾶς

必死剣鳥刺し

『必死剣鳥刺し』を見たのだが、美しい映画だが、おそらくは脚色に問題がある。
原作がこんなに間抜けなはずはない、と思うのだ。

まず、お家騒動というものはこのように起こるものではない。
家老の帯屋が主君を隠居させて世嗣を立てようとしたとして、
いくら帯屋が剣客であろうが、一人で城に日本刀をひっさげて乗り込むはずがない。
死ぬ気で諫めるというのならともかく、本気で主君を斬ろうとしているようにしか見えない。
あり得ないことだ。

また、お家騒動というものは頻繁に起きたことで、家老レベルならともかく、
徒党も組まずに、主人公の兼見三左エ門が義憤で側室を殺害するなどというのはかなり苦しい筋書きだと思う。
たとえ妻を亡くして死に所を探していたとしてもだ。
側室連子の横暴ぶりが殺害動機のように演出しているのはどうかと思う。
いずれにしても、兼美はごくまじめな目立たない武士だという設定では違和感がある。
かなり奇矯な性格だった、とするならばまだわかる。

それから、やくざの出入りであっても槍や長刀は使う。
まともな考証をしたやくざ映画ならそうする。
武士だからといって全員が日本刀で斬り合うということはあり得ないし、
大名ならば鉄砲ぐらいもっているだろう。
乱心者が出るとわかっているのであれば、鉄砲と槍を用意しておけば足りる話であり、
これもまた、日本刀どうしで斬り合いを演出するための間違いだ。

藤沢周平の原作を読んだわけではないので推測するしかないのだが、原作はこんなではなかっただろう。
ああいう派手な殺陣のシーンで盛り上げるためにこんなふうになったのに違いない。
里尾という亡き妻の姪との交情というのも、たぶん後付けのものだろう(まあ別に入れたけりゃ入れてもいいが)。

たとえば吉良邸討ち入りだって、ほんとに討ちとろうとするならばああいうふうに用意周到にやるものだ。

テレビドラマならともかく、キルビルじゃあるまいし、
まっとうな映画なら、日本刀だけの殺陣のシーンなんてものは作らないものだ。

私ならば、帯屋は、少数の手勢をつれて深夜に屋敷に侵入しようとすることにするだろう。
帯屋は家老なのだから、一部の内通者が手引きして、主君の寝所まで帯剣のまま入り込めるかもしれない。
それを察した兼美と帯屋の間で斬り合いが起きる、という筋立てなら無理がない。

そういう、映画にするため付け足したと思われる部分が気になってしかたない作品だ。
たぶん、売れる映画を作るためにそうしたのではない。
どうみても売れる映画を作ったようには見えない。
おそらく役者と、役者のファンのためにこのようなことをしたのだろう。
どうも今の日本映画は、どれもこれもそんなふうに、
芸能プロダクションと一部のファンが牛耳っているようなな気がしてならない。

兼美が帯屋を殺すとわかっていて、兼美をいかしておいたという設定も、かなり苦しい。
都合がよすぎる。
兼美を用心棒として飼っておいて、たまたま帯屋が乗り込んできて、彼を討ち取らせたあと、
兼美の乱心だと見せかけるために、兼美を殺した、
という手を思いついたというならまだ良い。
お家騒動はかならず幕府の処分を受けるので、隠そうとするのはわかる。