日神論争

[日の神論争](/?p=14161)、[日の神論争2](/?p=14179)の続き。

「日の神論争」と書くのがうざいので、
比較的ましな「日神論争」と書くことにする。
宣長、秋成双方が「日神」という語を用いていることを確認した。

[上田秋成の神霊感](https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=1&cad=rja&ved=0CCkQFjAA&url=http%3A%2F%2Frepository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp%2Fdspace%2Fbitstream%2F2261%2F25975%2F1%2Frel02405.pdf&ei=19UKU7yBFYnZkAWD-4D4Aw&usg=AFQjCNGwyxSZHlud86bjE6-FVagYzcuGEg&sig2=TtiUTnhRRyH5ujXDAYClFw&bvm=bv.61725948,d.dGI)を読んで思ったのだが、
宣長と秋成の本質的な違いは、
宣長が一神教的な信仰のことを言っているのに対して、
秋成は一神教は間違いであって多神教的態度が正しい、と言っているところだと思う。
世界的には宣長みたいな人のほうが、秋成的な人より多いが、
日本人には秋成みたいに考える人がマジョリティであって、
多くの日本人には宣長の思想は、キリスト教などの一神教に対して感じるような拒絶を覚えるだろう。

たとえば、西洋ではカトリックとプロテスタントが中世に分かれて戦争に発展した。
互いに同じキリスト教徒だという認識はあっても、
一方は他方を異端として容認しない。

宣長も最初のころは秋成のような考え方をしていた。
中国人が中国を世界の中心と考え、儒教を信仰するように、
インド人がインドを世界の中心と考え、仏教(ヒンドゥー教あるいはイスラム教etc)を信仰するように、
日本人は日本が世界の中心であると考え、神道を信じればよいのだ、そう考えていた。
しかしその考え方自体が日本的な多神教の思想であって、
古代ギリシャ・ローマ的多神教と同じ考えであり、
自分には自分の神様がいるが、他の民族には他の神様がいるというので、納得してそれで終わる。
多神教は結局一神教に一方的に譲歩していることになる。
そういう多神教の相対主義は合理的で理知的態度ではあるが、不公平であり不利であって、
そのために日本の宗教は少しずつ仏教や儒教などに浸食され変質していったのであるから、
我々も他の存在を許容しなくて良い、ひたすら自己の神を信仰すればよい。
そうして自らを純粋に保つべきだ。

この考え方は一神教によく似ている。
他の宗教が存在するのは客観的事実である。
自分の宗教以外の規範が存在することをこちらからわざわざ認めてやる必要はない。
一神教はまず、自分以外の神を信仰することを否定する。
知らんぷりして、無視するだけではなく、
しばしば攻撃したり、転向者を罰したり、戦争を仕掛けたりする。
自己以外に宗教が存在しないことが明白なのであれば、そんなことをする必要はない。
そのこと自体が宗教とは相対的であること、つまり多神教を認めていることにならないか。
だが一神教が多神教を認めてしまってはもともこもないから、
自分の宗教だけがほんとうであって、
他の宗教は見せかけの嘘の宗教である、
そういう主張にならざるを得ない。
絶対的な状態から外れているから現状は相対的にみえるだけだ、ということになる。

一神教とは、人間社会を観察すると多神教のようにみえるが、
実は自分の宗教以外は偽物であって、自分だけが正しい、という主張である。
最初はみんな多神教であったが、
どれか一つが自分は一神教であると主張し始めると、
他の宗教も自分こそ一神教であると言わないと、
不利な立場に立たされる。
だから、一神教は次々に伝播していくが、
その発展過程自体が相対的で多様性があって多神教的なのである。
他の宗教との相互作用によって一神教は次第に洗練されていくのだから。

ギリシャ・ローマの多神教が滅んでしまったのは、
一神教の方が優れて好ましい宗教だからではない。
多神教が一神教に一方的に譲歩したせいだ。
一神教のほうが多神教よりも排他的だからだ。
不寛容な宗教が寛容な宗教を長い年月の間に駆逐してしまう。
おそらく宣長が出てかの不寛容な宗教を唱えなければ、
今も日本は仏教や儒教が神道と混淆したままだろう。

日本人でも親鸞や日蓮などは一神教的であるが、
宣長より前の人たちはいずれも仏教や儒教、あるいはキリスト教などの外来の思想を輸入することによって、
その境地に達したのである。
宣長は、仏教や儒教の影響を徹底的に排除し、
それ以前の原始神道を発掘補完することによって、
つまり考古学的古文辞学的手法を用いて、
一切外来の思想によらずに、
一神教的境地に初めて達した日本人である、
国産の一神教を創始した人である、ということがいえよう。
借り物ではない、純国産の宗教が必要だと最初に気づいた人なのだ(実際その需要はあったわけである)。
そうしたときに、秋成のような横やりが出てくると宣長は困る。
宗教とは、世界の宗教を観察して帰結するところでは、不寛容なものである。
神道独りが寛容で物わかりが良くてはならない。
神道は物わかりが悪くならなくてはならない。物わかりが悪いくらいでちょうどいいんだ、
みんなでどんどん理論武装してどんどん物わかりが悪くなろう、
それが宣長の秋成に対する反論なのだ。

日本独自の一神教が創始されるには、
日本において自由な学問が可能になり、
古文辞学などの高度な調査研究手法が確立されるのを待つしかなかった。
それを最初に神道に対して手がけたのが宣長だった。
それは原始神道への回帰をテーマにしてはいるがきわめて近代的・人工的・作為的なアプローチであり
(明治維新が神武天皇への回帰を謳った近代化であったように)、
古代の素朴な宗教とは実はまったく異なるものである。
宣長も、もちろんそのことには気づいていただろう。

そのような一神教的態度そのものが日本古来のものというよりは、
仏教や儒教やキリスト教の影響によるものであり、
その根底には相対主義があり、科学的実証主義があるのである。
宣長もその矛盾には気づいていただろう。
しかし神道をそういうナイーブな状態に放置すれば、
外来宗教や民間信仰によって見る影もなく変質してしまう。
その危機感から彼は一神教的立場をとらざるを得なくなった。

実際世界各地に残っていた原始宗教は、
高度に理論武装されたキリスト教、仏教、イスラム教などによって駆逐されてしまった。
ギリシャ人もローマ人もノルマン人も、キリスト教に飲み込まれて固有の宗教を失ってしまった。
日本にキリスト教やイスラム教が浸透しなかったのは、
すでに仏教によって浸食された後だったからだ。
もし仏教が来る前にキリスト教が伝わっていたら今頃日本はフィリピンのようなキリスト教国になっていただろう。
もし仏教が来る前にイスラム教が来ていたら、マレーシアやインドネシアのようなイスラム教国になっていただろう。
そういう意味では、比較的多神教に寛容な仏教や儒教や道教などが先に日本に伝わり高度に発達していたことは良いことだった(と思うのはすでに相当仏教に脳をやられている証拠かも知れない)。

西洋でも宗教と近代科学は同時並行して発達した。
つまり、宗教を科学的に証明しようとした結果、その副産物として自然科学が発達したのである。
宣長も日本の古き良きものを守ろうとして高度な学問を必要とした。

本居宣長27回

小林秀雄の本居宣長の27回。ここにはほとんど宣長のことは出てこない。
業平と紀貫之のことばかり書いてある。
たぶん小林秀雄は宣長の「あしわけをぶね」を読んでいて、古今集について語りたくなったのだろう。

古今集真名序に出てくる「続万葉集」を貫之が編纂したかどうかはかなりあやしい。
古今集の前の段階、宇多天皇の時代(醍醐天皇が即位するまえ)に編纂されたと思われるからだ。
「新選万葉集」「続万葉集」などは、はっきりとは書かれてないが、
宇多天皇、もしかすると光孝天皇が企画したものだったかもしれない。

小林秀雄は貫之が古今集仮名序を、土佐日記を書く30年ほど前に書いた、と言っているのだが、
私が「古今和歌集の真相」に主張したこととは全然違う。
それは(延喜五年に最初から今のような貫之による仮名序が古今集についていたとする)定説だが、しかし、古今集研究はまずその定説を疑うところから始めなくてはならない。
小林秀雄はそこに踏み込んでない。
「古今集の歌風を代表するのは、六歌仙と言われているひとたちの歌」だと言っているのも、
私の主張とはかなり違う。
六歌仙はどちらかと言えば貫之らよりも数世代前の伝説の人たちであり、
業平は確かに最も重要な古今歌人だが、彼は別格であって古今集の歌風を代表するとは言いがたい。
当代の歌人としては、貫之はともかくとして、紀友則とか源融、伊勢などに焦点を当てるべきである。
そこが少し物足りない。はがゆい気持ちがする。書くなら書くでもう少しつっこんでほしい気がする。
そしてさらに、なぜか歌がまったくでてこない宇多上皇の存在に気づくべきなのだ。

思うに、この小林秀雄の本では、当たり前のことだが、
宣長については非常に詳しく緻密に、網羅的に調べて独自の意見を書いている。
しかし、それ以外に脱線した話題に関しては、随想のように、
割と一般に知られている意見をそのまま紹介している箇所があるようにも見える。
彼に特有のむらっけのようなものを感じる。
小林秀雄という人が、主菜を前にして、それ以外のいろんなサイドメニューをつまみ食いしている感じが見える。
もともとこの本が長期連載の随筆をまとめたものであったから、どうしてもそのような体裁になってしまうのだろう。

日の神論争2

久しぶりに小林秀雄の本居宣長を読んでみたのだが、
なるほど、本居宣長と上田秋成の論争のことは、第40回あたりにちゃんと書いてある。
しかし、小林秀雄は「日の神論争」などという言葉は一切使ってない。

「日の神論争」という言葉には「治天の君」と同じような気持ちの悪さを感じる。
たぶんこれらの用語を使い始めた仕掛け人は同じ世界にいる。
私はそこになにか戦後左翼の悪意のようなものを感じるのだ。
私は自分の嗅覚には自信がある。
日本戦後民主主義の欺瞞には敏感だと自負する。

本居宣長と上田秋成の論争はつまりは、
宣長は天照大神は人格神ではなくて太陽そのものであると言いたいわけである。
秋成は、古代の神話は不可知であるから、太陽そのものであるとか実はなにかの人格神を太陽になぞらえたとか、
そんなことには言及しないのが良い、と言っている。
つまりは、天照大神が人格神か太陽そのものかという論争。
秋成には宣長への愛を感じる。
宣長はたぶん秋成を好きではなかっただろう。
秋成の宣長への片思い。
私にはほほえましく思える。

しかし、それに「日の神論争」という名前を与えた誰かがいる。
大きなお世話である。
宣長も秋成も、愛するものたちが交わした恋文のような、
二人の論争にそんなへんてこな名前を付けられるのは嫌だろうと思う。
不愉快だろうと思う。
秋成にはたしかに「日神」という文字は見える。
しかしそれを「日の神論争」という言い方をするのに、少なくとも私は不快を感じる。

私は宣長の原理主義は間違っていると思うし、秋成の方がまともなことを言っていると思うが、
しかし、
宣長の弁護もしたいと思う。
つまり、当時の人たちは、新井白石もそうだが、何かといえば、神話を自分の考え方で解釈しようとする。
それは戦後日本においてもそうだし、平成26年の今日でもそうだ。
そのときどきの時代の常識で神話を解釈しようとすれば必ず間違う。
秋成は、だから、神話は不可知であると言う。いろいろと判断を加えてはならないと。
宣長は、神話は神話としてそのまま記紀に書いてある通りに解釈すべきだという。
私にはその二つは似ていてどちらも好ましく感じる。
宣長は、神話を勝手に解釈するくらいならそのまま書いてある通りに信じる方がましだと言っているだけに思える。

戦後日本が戦前の日本の国学を否定して、
源平合戦を治承・寿永の乱とか言い直したりする。
治承・寿永の乱、くらいまではまだ許せる。
そう言いたければ言えばいい。
しかし、治天の君は私にはただ不愉快なだけだし、
おそらく仕掛け人は同じところにいると思うと、
日の神論争という言い方にも同じ不快感を感じざるを得ない。
宣長が反発したのと同じことを今の学者もやっているのだ。
昭和や平成の解釈で神話をいじくるくらいなら、宣長のようにそのまま神話を信じる方がましだと言いたい。
ずっとましだ。
或いは秋成のスタンスも私は好きだ。
或いは、小林秀雄のように批評とはアートであり直感だから、好きに言いたいように言えばよい、
というアプローチも好きだ。
この三つは私には好ましいし似通ってみえる。
一番遠いのは、分かったような用語を後付けして、
分かったようなカテゴライズをして、
分かったような解釈をすることだ。
そんな解釈は100年もたない。
判断しないこと、そのまま信じること、アートとして鑑賞すること、これらは100年でも1000年でも保つのだ。

池田雅延氏 小林秀雄を語る

小林秀雄の『本居宣長』について今までいろいろ[書き散らしてきた](/?p=3575)のだが([小林秀雄](/?s=小林秀雄)でこのブログを検索してもらったほうが話は早い)、
担当編集者[池田雅延氏](http://nozawashinichi.sakura.ne.jp/mkpc/2005/11/post-94.html)の詳しい講演があり、
『本居宣長』がどのように執筆されて成立したかがわかる。
130分もあるので、ゆっくり聞くことにする。
もともとは茂木健一郎がソニーのサイトにアップしたものらしいが、
その大もとのMP3はもはやなく、適当に検索したら見つけたのが上のリンク。

単行本では50章に分かれているが、
もともとは『新潮』に64回連載された記事であり、
11年半も連載した。と、いうことは、2ヶ月に1回程度の寄稿であったか。
それを1/3くらいに縮めて、最後に1章新たに付け足して、単行本にしたのだそうだ。
ふーん。
すごく削ったな、もったいないな、というより、そんなに削ったのにまだあんなに冗長なんだ、
というのが素直な感想なんだが。

日の神論争

[日の神論争](http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E3%81%AE%E7%A5%9E%E8%AB%96%E4%BA%89)。
なんか偶然見つけたんだが、
本居宣長と上田秋成の間でこんな論争があったなんてしらんかった。
そのうち詳しく調べてみよう。

論文もある。PDF
[テキストとしての神話 ―本居宣長・上田秋成論争とその周辺―](http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/48440/1/75_31.pdf)。
飛鳥井雅道著。京都大学だしどうみてもお公家さんの末裔だなこの著者は。

国語

最近国語関係の本をいろいろ読みあさっているのだが、
国語教育とは道徳教育であるとか教養教育であると無意識のうちに考えられているようだ。
戦前、国語が国学と不可分な関係であったころはそれも当然であったかもしれないが、
戦後は国学が公の場では否定され、
道徳という科目が分かれ、歴史や社会も分かれ、
その上、哲学を含む倫理社会などという科目もできたというのに、
なぜ国語が道徳であり教養であり続けなくてはならないのか。
どこにも規定されてない気持ちの悪い暗黙の了解。

国語は語学の一種であって、英語などと同様に教えれば良いだけであり、
わざわざ国語に教養を要求する。
文芸作品に教養を要求する。
よく考えるとおかしな話だ。
なぜ自然科学や数学は教養を要求されないのか。

文芸は芸術の形態の一つであり、必ずしも、教養とは言えない。
道徳でもない。
どうも文学とか国語の扱われ方はおかしい。
根本的に何かが間違っているとしかいいようがない。

おそらくやはりこれも、
明治政府が国学と不可分な科目として国語というものを位置づけ、
戦後GHQが国学を否定した結果、
国語教育というものがなんだかすかすかになって落ち着かないので、
国学の代わりに道徳とか教養というものが国語に付加された、
その名残なんじゃなかろうか。
明治政府による教育の近代化が、
その本来の意味を失い、すでに不要になっているのにも関わらず、
存続し続けている例といえないか。

聖女懐妊

auブックパスで手塚治虫のマンガを手当たり次第に読んでいるのだが、
概しておもしろくない。
ファンタジーにしてもミステリーにしても設定に無理がある。
ミステリーは強引だし、ファンタジーは理由なく奇跡が起こる。

特に迷信深いのが困る。初期の『メトロポリス』から『火の鳥』、『ブッダ』までずっとそうだ。
輪廻とか聖人の奇跡というものを無批判に信じているように見える。

私は『海のトリトン』は好きだったが、これは今読んでも、ある意味例外的に、おもしろい。
地味な人情話とギリシャ神話とSFがうまく調和していて互いを引き立て殺していない。

『聖女懐妊』という短編がある。
土星の衛星タイタンに人間の男と女性アンドロイドが住んでいる。
アンドロイドは男の子供を産む、という話なんだが、
土星のタイタンという必然性もないし、なぜアンドロイドが子供を産んだのかという説明もない。
作品数が多いから中にはこんな駄作がまじっても仕方ないと思うが、夏目房之介などはこれが良いという。
わけがわからない。
鉄腕アトムや、メトロポリスに出てくるミッキーなんかもそうだが、
ロボットが生きているか死んでいるかというのは、
未来永劫輪廻する超生命体みたいなものの働きによって、決まってくるらしい。
だから簡単に人形が心や命を持ったりするのだ。

手塚治虫のマンガはどれも見た目よりもずっと古い。
たぶん『聖女懐妊』なども1960年代の作品で、
この頃はそもそもマンガ自体が珍しく、アンドロイドが妊娠するというマンガの存在自体が奇異だったのだろう。
今見るとどうしようもなくプロットが変だがそこを批判しても仕方ないのかも知れない。
しかしそういう指摘をすることには多少意味があると思う。

最近のアニメやマンガやゲームは無批判に超能力を使わなくなった。
特殊能力を持っているとしてもAというキャラはaという能力、
Bというキャラはbという能力、というように限定されている。
Aがbという能力を使ったりしない。
Aはaという能力を持つキャラです、という前説があってから話が始まるから、
わかりました、じゃあそういう前提で読みましょう、となる。
パズルにルールがあるようなもので、
或いはロールプレイであって、
ドラクエや鳥山明あたりからは全部そうだ。
手塚治虫や横山光輝や五島勉はそれ以前なので、やたらと説明もなく超能力が出てくる。
たとえば松本清張の推理小説で実は犯人は超能力者でしたとか、夢オチでしたとかだと読者は怒るだろう。
手塚治虫にはしかしそれが多い。
読んでいて脱力する。
今の読者はロールプレイやルールに慣れているから、
ファンタジーや超能力は好きでも、役割やルールをはみ出すと反発するだろうなと思う。

やはりビデオゲームの影響というものは大きいかも知れない。
あれも一応はプログラムなので、
数学と同じで答えは一意に決まる。
手塚治虫に言わせれば「血の通ってない」「魂のない」機械、ということになるのではなかろうか。
ビデオゲームより前の世代が抱いているゲームに対する不合理な嫌悪や悪意もその辺りからくるのかもしれない。

私としては、あれ、これはファンタジーかな、とか、
超能力ものかなと思わせといて、
最後まで読んでみると、
そういう超常的なものは何も使わずに無理なくすっきり、奇想天外な話を完結させてくれる方がずっと好きだ。
私自身ファンタジーはすきじゃないが、そういうひっかけのある話は書いてみたい気がする。
いずれにせよ私はファンタジーやミステリーは自分では絶対書かないと思う。

Basilis

この写真によれば、ローマノスは
ΡΩΜΑΝΟС ΒΑСΙΛΕҰС ΡΩΜΑΙΩΝ
と書かれていて、エウドキアは
ЕҮΔΟΚΙΑ ΒΑСΙΛΙС ΡΩΜΑΙΩΝ
と書かれている。
ローマ字表記すると、それぞれ、
ROMANOS BASILEUS ROMAION、
EUDOKIA BASILIS ROMAION
となる。
つまり、東ローマの皇帝はバシレウス、女帝はバシリス、というのが当時の正式な呼称であった。
また、すでにギリシャ文字が一部キリル文字化しつつあるのが見てとれる。
ΣではなくСが使われ、
また、ユプシロンに当たる文字がҰとҮの二つあるように見える。
オメガが、小文字の形をそのまま大きくして大文字として使っているが、
これも珍しい。というかそういう文字がユニコードにあるのだろうか。

エウドキアの表紙は再び描き換えることになると思う。

英語のウィキペディアにはAugustaとして戴冠されたと書かれているが、
実際にはBasilisだったわけで、
ギリシャ語のウィキペディア見ても、皇帝 (Autokratoras) とかしか書かれてなくて、
ほんとうはなんと呼ばれていたのか、当時の彫刻とかモザイク画くらいしか信用できない。
しかもこんな鮮明に文字が残されているのは珍しい。
他のはもっと読みにくい。

王冠の形だが、
こちらの[ゾーエーのモザイク画](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/3f/Zoe_mosaic_Hagia_Sophia.jpg)
に似ているが微妙に違う気もする。

ところで女帝と皇后はほんとうに区別されていたのだろうか。
よくわからん。

こっちの[コンスタンティノス9世モノマコス](http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%8E%E3%82%B99%E4%B8%96%E3%83%A2%E3%83%8E%E3%83%9E%E3%82%B3%E3%82%B9)では、
ゾーエーがΑҰΓΟҰСΤΑ (AUGOUSTA) と書かれていて、
コンスタンティノスは単に ΒΑСΙΛΕҰСΡΩΜΑΙΩΝ と書かれている。
もしかしてアウグスタというのは単に皇帝の后、皇后という意味だったかもしれん。
アウグストゥスの妻がアウグスタと呼ばれたように。
てことは、
おそらくエウドキアは皇后の頃からアウグスタと呼ばれていて、
その後バシリスとして即位したというのが正しいのではないか。

Smart TV Remote

DSC_0008

1階のリビングにsmart tv boxを置いている。
こいつは自分自身が wifiルーターとなるのだが、
2階までは電波が届かない。
微妙に届くが動画再生とかできない。
そんで1階と2階は有線LANでつないでいるので、
2階に無線LANのアクセスポイント(少し古いbuffalo air station)を置いて、
自分の部屋でパソコンいじりながら、
smart tv box に録画した番組をスマホで再生してみることができる。
うーん。
なんちゅう便利な時代になったんだろう。

最初よくわからんで LTE ばっか使ってたら 6GB超えたよとか怒られた。
今はWifiをできるだけ使うようにしている。

DSC_0013

スピーカーはつないだほうがいい。

普通のタブレットでも使えそうなこと言ってたのだが、
もしかしたら au のスマホか au のタブレットじゃないとアプリが動かないのかな。
よくわからん。
au のタブレット?

録画予約もできるようだが、まあ、そこまでやらんでも良い気がする。
リモコンよりスマホのほうが操作しやすいかと思ったがそんなことはなかった。

シュピリ ヨハンナ

アマゾン見てると、ヨハンナ・シュピリの著者名が、スピリ、シュピリ、シュピーリとばらばらで、ヨハンナもJとか書いてあったり、中黒をつけたり付けなかったり。
アマゾンに問い合わせたが名前(著者ページ)の統一はできないとの回答。

それでまあ私としてはアマゾンの日本人名と青空文庫の表記に合わせて「シュピリ ヨハンナ」としたが、こんなふうに書いている人は他にはいない。
だから私の本のページから「シュピリ ヨハンナ」のリンクをたどっても他のシュピリの著作にはたどり着かない。

しかも困ったことに、本家の青空文庫はこれで統一されているのだけど、
青空文庫からkdpで出したやつは、
「エドガー・アラン ポー」(もとの青空文庫の表記は「ポー エドガー・アラン」)になっている。

もう知らんとしか言いようがない。

amazon.com は当然英語綴りで Johanna Spyri。