後三条天皇の御製を探しているのだが、なかなか無い。 『新古今集』
みこの宮と申しける時、太宰大弐実政学士にて侍りける、甲斐守にて下り侍りけるに、餞たまはすとて
後三条院御歌
思ひ出でて おなじ空とは 月を見よ ほどは雲居に 巡りあふまで
しかし、これは『拾遺集』の歌にあまりに似ている。
橘の忠幹が、人のむすめにしのびて物言ひ侍りける頃、遠き所にまかり侍るとて、この女のもとに言ひつかはしける
忘るなよ 程は雲ゐに なりぬと も空行く月の めぐり逢ふまで
『伊勢物語』第十一段にも、同様の歌が見える。
むかし、男、東へ行きけるに、友だちどもに道よりいひおこせける
忘るなよ ほどは雲居に なりぬとも 空ゆく月の 巡りあふまで
『読史余論』では、『古事談』に出てくる話として、やはり後三条天皇の御製として
忘れずは おなじ空とは 月を見よ ほどは雲井に 巡りあふまで
とある。思うに、初出は伊勢物語であろう。意味も一番素直でわかりやすい。後三条天皇御製はひねってあってやや意味が通りにくい。『玉葉集』
御前に菊をおほく植えさせ給へりけるを、弁乳母申しけるをたまはせざりければ、
ほしとのみ 見てややみなむ 雲のうへに さきつらなれる 白菊の花
と申して侍りければ、後三条院
色々に うつろふ菊を 雲の上の ほしとはいはで 人のいふらむ
「星」と「欲し」をかけている。星のように美しい菊を欲しいと天皇に請うたがもらえなかった。後三条の歌はおそらく、欲しいと言ってくれたらやったのに、後からほしかったことを人から聞いた、というような意味だろう。
後三条の御製集というものがあったのだろうか。