菊正宗

菊正宗だが、上撰でもキクマサピンでも、開栓して一週間くらい立つともわっとしてくることがわかった。
開栓してすぐだとあのもわっとした感じがない。
ミュージアムで飲んだときにも感じなかったのは開栓まもなくだったからだろう。
ずっとあれが山廃の味だと思い込んでいた。
でも全然違ったわけだ。
恥ずかしい。
もっとがんばりましょう。

そうすると常温保存の酒などいうものは、
当たり前のことかもしれんが、
栓あけてからどんどん味が変わっていくわけだよなあ。
それもまたおもしろい。

菊正宗ミュージアムに行ってきた。

酒はすべて安い。
普通の半値か1/4くらい。
しかしつまみがない。
ほんのちょっとだけセットに乾き物ついてくるくらい。
水はあるが、自分で適当に(麦茶などの)チェイサーを持って行った方がよい。
あるいはビールを持ち込むのもありか。
周りになんか軽食売る店もないので、計画的に食料を持ち込んだ方がよい。
酒だけ飲んでいては3合も飲めばアウトなので、あまり長く滞在できない。

東京では飲めないという生原酒を飲んでみたが、濃くてうまいが、味が良くわからん。
普段飲み慣れてないし、アルコールが高いので、いきなり酔っぱらう。

次にせっかくだからと純米吟醸など飲むとこれまたふだん飲む菊正宗とは違う味なので評価不能。
しかも量が多い。
リミットの3合にあっという間に達してしまう。

結局酒の味を確かめるという意味では失敗。
が、きわめて安く酒が飲めるのは確かなんで、
つぎくるとしたら、ビールとつまみ持ち込んで、上撰燗酒150円だけ注文しようかと思った。

まあ、きっと場所的に積極的に飲食店出店できるようにはできてないんだな。

菊正宗の味が変わった件

[追記あり](/?p=402)

今月に入ってからときどき通っている某店でいつもの日本酒をとっくりに常温で飲んでみると、
味が変わっているような気がする。
なんか山廃っぽい味になっている。
今までなんの変哲もない普通の日本酒だったのだが、
なんかざわざわした、微妙な味わいになっている。
特に銘柄も気にせず飲んでいたので、お酒を変えたのかどうか聞いてみると、
うちはずーっと前から菊正宗ですよと言われる。

で、いろいろ調べてみると、
[菊正宗は2009年9月から、上撰本醸造酒を生酛造りにした](http://www.kikumasamune.co.jp/about/kimoto.html)って書いてあるじゃないですか。
ははあ、生酛も山廃も、製法も味の傾向も同じようなもんで、つまり普通は乳酸を添加するんだが、
乳酸菌の発酵によって乳酸を発生させるのが生酛やら山廃。
チーズにたとえれば、普通のプロセスチーズに対してブルーチースのように、
なんかかびくさいというか土くさいというか土蔵か古民家に入ったときのような香りと味がする。
山廃っぽいわかりやすい酒はそんな味がする。
今の菊正宗も微妙ではあるがそんな味がするようになった。

で、世の中の酒飲みが大騒ぎしてるんじゃないかとネットを検索してみたのだが、
まったくヒットせず。
でもたぶんこれは私の勘違いではないはず。
ちかぢか日比谷の菊正宗ミュージアムに行ってみる。
確かめてみる。
つーか、以前の菊正宗と今の菊正宗の飲み比べをさせてほしい。

足利幕府

義満が死んでから、義教、義政の辺りをだらだらと読む。
予想してたよりおもしろい。
実は足利幕府の絶頂期というのは義満ではなく、義教の時なのかもしれんと思った。
関東管領を滅ぼし、さらに調子に乗りすぎて赤松満祐に殺されてしまった。

足利幕府というのは、鎌倉幕府よりはよっぽどまともな仕組みのような気がする。
鎌倉幕府は鎌倉が本拠地で京都には六波羅探題。
足利幕府は京都が本拠で鎌倉には鎌倉公方。これらはみな足利氏。
そのほかに管領、関東管領など三管四職と呼ばれる有力諸侯。
源氏の血統が頼朝、頼家、実朝の三代で途絶えてしまった鎌倉幕府よりはずっとましではないか。

さてそろそろ応仁の乱。

頼山陽にピアス

[東京都公立図書館横断検索](http://metro.tokyo.opac.jp/)
などでちまちま調べていたのだが、
野毛山図書館には頼山陽関係の図書がばっちりそろっていたので、読みに行く。
「頼山陽にピアス」など読む。

広島在住で頼山陽研究者や子孫らと直接交流できる著者しか知り得ない、
いろいろ貴重な情報源を持っていることがわかる。
しかし、やはり、私とは根本的に相容れない考え方があるのもわかる。

たとえば、頼春水やその息子の山陽などは朱子学がちがちで、
平家物語はそれに比べるとおおらかであるなどと書かれているのだが、
私からみると平家物語は夾雑物が多すぎてどうでも良いことがくどくど書かれていて、
あまりにルーズすぎる。
仏教臭が強すぎる。
平家物語が特別そうなのであり、太平記などはもう少し違う。
平家物語はしかも戦闘シーンの描写がほとんどない。
太平記ならもっとちゃんと書いている。
太平記はほぼリアルタイムに記述されていったらしく、荒削りなリアリティと迫力がある。
しかし平家物語は、実際の戦闘があって50年近くたってもどこかの坊さんたちがだらだらと仏教縁起や中国の歴史書などから引用したりした形跡がある。
そのようなものに何の価値があるのか。

平家物語にもときどき、妙にリアリティのある場面描写もあるが、
それは当時のまま何の改竄もされてない結果だと信じたい。

あと、日本政記について、著者は、頼山陽が民主主義を理解していたかのように書いているが、
民が本で君主は民を慈しまねばならないとか、天皇を激しく批判しているとか、
そういうものはまさに陽明学そのものであって、西洋由来の民主主義とは全く異質なものであると私は思う。

頼山陽全書も八冊全部揃っているようなので、
ときどき野毛に遊びに行って読んでみよう。
東京都立多摩図書館と、中野区立中央図書館にも揃っているようだ。

頼山陽とその時代

中村真一郎著「頼山陽とその時代」を読み始める。
これはすごい。
頼山陽に少しでも興味がある人は必ず読むべき。

量が多すぎる。
しかしまあ、いろんなことが網羅されているのは良い。
入手しにくいだろうが、首都圏の図書館を片っ端からwebで検索すると意外とある。
通りすがるついでにいろいろ借りてみる。

刑死した三樹三郎については、第二部「山陽の一族」「四 山陽の三子」中に、
p143からp160まで詳しく書かれていてありがたい。
日本外史については第六部中の日本外史と日本政記についてを読めばだいたい、
中村真一郎という人がどう考えているかがわかる。

山陽と三樹三郎について

若き山陽は危機に陥った時、或いは狂乱し、或いは心神喪失状態になり、
いずれにせよ当人の人格的な責任は免れるだけの、動物的な自己保全の本能が発達していた。
いわば死んだ真似のうまい昆虫のようなところがあった。

などと書いていてかなり笑える。

本朝覇史

見延典子著頼山陽によれば、最初山陽は「本朝覇史」という名前にしようとしていたが、
叔父の春風の提案で「日本外史」としたのだという(上巻第二部第八章)。
また、水戸藩が編纂していた「大日本史」を模倣して尊皇論風に書かれているが、
その主題は、徳川氏に対する政治批判であると(下巻第十部第四十二章)。
文章力によって幕府批判に見えないように擬装してある。
また、林子平「海国兵談」が版木を没収され蟄居を命じられた例を挙げて、
そのような尊皇思想や、あるいは朱子学的・陽明学的な政治批判は当時の文人らの間でも珍しくなく、
頼山陽はそのような江戸後期の儒者の一人にすぎない、
後世に甚大な影響を与えたのはその文章力と名調子にある、
というのがおおよその解釈だろうと思う。

また、漢文の著書に対して松平定信が題辞をやまとことばで記述したのは、
真意をごまかしはぐらかすためだと言っている。
ほんとうだろうか。
幕府の忌避にふれかねないとは思ったが、
作品としてはおもしろかったので、世の中に埋もれさせるのは惜しいと思ったのだろうか。

Wikipediaの新井白石の読史余論など読んでみると、
大まかな組み立ては日本外史と大差ないことがわかる。
微妙な尊皇風味と陽明学っぽさが加わっているだけにも思えてくる。

Unofficial History of Japan

日本外史は英語にも訳されたというので、
絶版になった本はgoogle様がオンライン化している可能性があるので、
検索してみたのだが、
なかなかみつからない。
ただ、日本外史は英語で
Unofficial History of Japan
というらしく、
また、外史氏曰くは、
The Unofficial Historian says:
となるらしい。
なるほどうまく訳したなあと思った。

アーネスト・サトウが1872年頃に日本外史の最初の四巻を英訳して出版したらしい。
後半は抄訳したらしい。
手に入らんのかな。
最初の四巻とはつまり平氏、源氏、北条氏のところだな。