新撰和歌 巻第四 恋・雑 荓百六十首 (2/2)

> 281 おもふどち まとゐせるよの からにしき たたまくをしき ものにざりける

> 282 人はいさ 我はなき名の をしければ むかしもいまも しらずとをいはむ

> 283 わが身から うき名のかはと ながれつつ 人のためさへ かなしかるらむ

> 284 あまぐもの よそにも人の なりゆくか さすがにめには 見ゆるものから

異本歌、いづくにか世をばいとはむ世中に老をいとはぬ人しなければ

> 285 いづくにか 世をばいとはむ 心こそ 野にも山にも まどふべらなれ

> 286 月夜には こぬ人またる かきくもり あめもふらなむ わびつつもねむ

> 287 おそくいづる 月にもあるかな 足引の 山のあなたも をしむべらなり

> 288 露だにも なからましかば 秋の夜を たれとおきゐて 人をまたまし

> 289 ながれても なほ世の中を みよしのの 滝の白玉 いかでひろはむ

> 290 いまはとて かれなむ人を いかがせむ あかずちりぬる 花とこそ見め

> 291 ひかりなき たにには春も よそなれば さきてとくちる もの思ひもなし

> 292 色見えで うつろふ物は 世のなかの 人の心の 花にぞ有りける

> 293 あまのすむ さとのしるべに あらなくに うら見むとのみ 人のいふらむ

> 294 いろもなき 心を人に そめしかば うつろはむとは おもはざりしを

> 295 ふる里は みしごともあらず をののえの くちしところぞ こひしかりける

> 296 ありそ海の はまのまさごと たのめしは わするることの かずにぞ有りける

> 297 すみよしの きしのひめ松 ひとならば いく代かへしと とはましものを

> 298 ゆきかへり ちどりなくなり はまゆふの 心へだてて おもふものかは

> 299 すみよしと あまはいふとも ながゐすな 人わすれぐさ おふといふなり

> 300 おもひつつ ぬればや人の 見えつらむ 夢としりせば さめざらましを

> 301 もののふの やそうぢ川の あじろぎに ただよふなみの ゆくへしらずも

> 302 わすらるる 身を宇治ばしの 中たえて こなたかなたに 人もかよはず

> 303 いまぞしる くるしきものと 人またむ さとをばかれず とふべかりけり

> 304 わすれ草 なにをかたねと おもひしを つれなき人の 心なりけり

> 305 おほあらきの もりのしたくさ おいぬれば こまもすさめず かる人もなし

> 306 あきの田の いねといふとも かけなくに ををしとなどか 人のいふらむ

> 307 うつせみの よにしもすまじ 霞たつ みやまのかげに 夜はつくしてむ

> 308 いそのかみ ふる野の道も こひしきを しみづくみには まづもかへらむ

> 309 神無月 しぐれふりおける ならのはの なにおふみやの ふることぞこれ

> 310 またばなほ よりつかねども 玉のをの たえてたえては くるしかりけり

> 311 ながれくる たきのしら玉 よわからし ぬけどみだれて おつる白玉

> 312 世の中に たえていつはり なかりせば たのみぬべくも 見ゆるたまづさ

> 313 たがために ひきてさらせる いとなれば 夜をへてみれど しる人もなき

> 314 いまさらに とふべき人も おもほえず やへむぐらして かどさせりいはむ

> 315 わくらばに とふ人あらば すまのうらに もしほたれつつ わぶとこたへよ

> 316 我が宿は みわのやまもと 恋しくは とぶらひきませ すぎたてるかど

> 317 うれしきを なににつつまむ から衣 たもとゆたかに たたましものを

> 318 秋くれば 野にも山にも ひとくだつ たつとぬるとや 人の恋しき

> 319 わがせこめ きませりけりな うくやどの 草もなびけり 露もおちたり

> 320 おくしもに ねさへかれにし 玉かづら いつくらむとか われはたのまむ

> 321 山のはに いさよふ月を とどめおきて いくよみばかは あく時のあらむ

> 322 我がやどの 一むらすすき かりかはむ きみがてなれの こまもこぬかな

> 323 あさなけに 世のうきことを しのぶとて ながめしままに としをへにける

> 324 あはれてふ ことにしるしは なけれども いはではえこそ あらぬものなれ

> 325 世の中は うけくにあきの おく山の この葉にふれる 雪やけなまし

> 326 あさぢふの をののしのはら しのぶとも 人しるらめや いふひとなしに

> 327 やまびこの おとづれじとぞ 今は思ふ われかひとかと たどらるる世に

> 328 わびはつる ときさへものの かなしきは いづれをしのぶ 心なるらむ

> 329 みはすてつ こころをだにも はふらさじ つひにはいかが なるとしるべく

> 330 伊勢のうみの あまのたくなは うちはへて くるしとのみや おもひわたらむ

> 331 かくしつつ よをやつくさむ 高砂の をのへにたてる まつならなくに

> 332 おもふとも こふともあはむ ものなれや ゆふてもたゆく とくるしたひも

> 333 あはれてふ ことのはごとに おく露は むかしをこふる なみだなりけり

> 334 思ひやる こころやゆきて 人しれず きみがしたひも ときわたるらむ

> 335 ありはてぬ いのちまつまの ほどばかり うきことしげく おもはずもがな

> 336 あひ見ぬも うきもわが身の から衣 思ひしらずも とくるひもかな

> 337 われしなば なげけまつ虫 うつ蝉の 世にへしときの ともとしのばむ

> 338 おもひいづる ときはの山の いはつつじ いはねばこそあれ こひしきものを

> 339 わすられむ ときしのべとぞ 浜ち鳥 ゆくへもしらぬ あとをとどむる

> 340 みちしらば つみにもゆかむ すみの江の きしにおふといふ 恋わすれ草

> 341 ほのぼのと あかしのうらの 朝ぎりに 島がくれゆく 船をしぞ思ふ

> 342 いはのうへに たてる小松の 名ををしみ ことにはいはず こひこそわたれ

> 343 あふさかの あらしのかぜの さむければ ゆくへもしらず わびつつぞゆく

> 344 あはれてふ ことこそうけれ 世の中に おもひはなれぬ ほだしなりけり

> 345 足引の 山のあなたに いへもがな 世のうきときの かくれがにせむ

> 346 こひこひて まくらさだめむ かたもなし いかにねし夜か 夢にみえけむ

> 347 みやこ人 いかがととはば やまたかみ はれぬ思ひに わぶとこたへよ

> 348 つつめども 袖にたまらぬ 白玉は 人を見ぬ目の なみだなりけり

> 349 ぬしやたれ とへどしら玉 いはなくに さらばなべてや あはれとおもはむ

> 350 こひしきも こころよりある ことなれば われよりほかに つらき人なし

> 351 あまのかる もにすむ虫の われからと ねをこそなかめ よをばうらみじ

> 352 ちはやぶる かものやしろの ゆふだすき ととひもきみを かけぬひぞなき

> 353 いまこそあれ われもむかしは をとこ山 さかゆくときも ありこしものを

> 354 ひさしくも なりにけるかな 住の江の 松はちとせの ものにぞ有りける

> 355 かぜのうへに ありかさだめぬ ちりのみは ゆくへもしらず なりぬべらなり

> 356 こひせじと みたらし川に せしみそぎ 神はうけずも なりにけるかな

> 357 若菜つむ かすがの野べは なになれや 吉のの山に まだゆきのふる

> 358 みわの山 いかにまちみむ としふとも たづぬる人も あらじと思へば

> 359 いく代へし いそべの松ぞ むかしより 立ちよるなみや かずをしるらむ

> 360 しら玉か なにぞと人の とひしより 露とこたへて きえなましものを

> 361 ながれては いもせのやまの なかにおつる よし野の滝の よしや世の中

紀淑望

古今251 「秋の歌合しける時によめる」または新撰和歌12。

> 紅葉せぬ ときはの山は ふくかぜの おとにや秋を ききわたるらむ

和漢朗詠集巻頭。

> 逐吹潛開、不待芳菲之候。
> 迎春乍変、将希雨露之恩。
> 内宴進花賦

五言でも七言でもない。なんだこれは。

> 吹(かぜ)を逐(お)ひて潛かに開く、芳菲の候を待たず。
> 春を迎へて乍(たちまち)に変ず、まさに雨露の恩を希はむとす。

芳菲は草花の香り。

新古今1866「猿田彦」

> ひさかたの あめのやへぐも ふりわけて くだりし君を われぞむかへし

これも謎の歌だな。

これで紀淑望の知られている歌や詩は全部かな?

古今集真名序

> 夫和歌者、託其根於心地、發其華於詞林者也。
人之在世、不能無為、思慮易遷、哀樂相變。感生於志、詠形於言。是以逸者其聲樂、怨者其吟悲。可以述懷、可以發憤。
動天地、感鬼神、化人倫、和夫婦、莫宜於和歌。
和歌有六義。一曰「風」、二曰「賦」、三曰「比」、四曰「興」、五曰「雅」、六曰「頌」。
若夫春鶯之囀花中、秋蟬之吟樹上、雖無曲折、各發歌謠。物皆有之、自然之理也。
然而神世七代、時質人淳、情欲無分、和歌未作。
逮于素戔烏尊、到出雲國、始有三十一字之詠。今反歌之作也。其後雖天神之孫、海童之女、莫不以和歌通情者。
爰及人代、此風大興、長歌短歌旋頭混本之類、雜體非一、源流漸繁。譬猶擴雲之樹、生自寸苗之煙、浮天之波、起於一滴之露。
至如難波津之什獻天皇、富緒川之篇報太子、或事關神異、或興入幽玄。但見上古歌、多存古質之語、未為耳目之翫、徒為教戒之端。
古天子、每良辰美景、詔侍臣預宴莚者獻和歌。君臣之情、由斯可見、賢愚之性、於是相分。所以隨民之欲、擇士之才也。
自大津皇子之初作詩賦、詞人才子慕風繼塵、移彼漢家之字、化我日域之俗。民業一改、和歌漸衰。
然猶有先師柿本大夫者、高振神妙之思、獨步古今之間。有山部赤人者、並和歌仙也。其餘業和歌者、綿綿不絕。
及彼時變澆漓、人貴奢淫、浮詞雲興、艷流泉涌、其實皆落、其華孤榮、
至有好色之家、以此為花鳥之使、乞食之客、以此為活計之謀。故半為婦人之右、難進大夫之前。
近代、在古風者、纔二三人。然長短不同、論以可辨。
華山僧正、尤得歌體。然其詞華而少實。如圖畫好女、徒動人情。
在原中將之歌、其情有餘、其詞不足。如萎花雖少彩色、而有薰香。
文琳巧詠物。然其體近俗。如賈人之著鮮衣。
宇治山僧喜撰、其詞華麗、而首尾停滯。如望秋月遇曉雲。
小野小町之歌、古衣通姬之流也。然艷而無氣力。如病婦之著花粉。
大友黑主之歌、古猿丸大夫之次也。頗有逸興、而體甚鄙。如田夫之息花前也。
此外、氏姓流聞者、不可勝數。其大底皆以艷為基、不知和歌之趣者也。
俗人爭事榮利、不用詠和歌。悲哉悲哉。雖貴兼相將、富餘金錢、而骨未腐於土中、名先滅世上。
適為後世被知者、唯和歌之人而已。何者、語近人耳、義慣神明也。
昔平城天子、詔侍臣令撰万葉集。自爾來、時歷十代、數過百年。
其後、和歌棄不被採。雖風流如野宰相、輕情如在納言、而皆以他才聞、不以斯道顯。
陛下御宇于今九載。仁流秋津洲之外、惠茂筑波山之陰。淵變為瀨之聲、寂寂閉口、砂長為巖之頌、洋洋滿耳。思繼既絕之風、欲興久廢之道。
爰詔大內記紀友則、御書所預紀貫之、前甲斐少目凡河內躬恒、右衛門府生壬生忠岑等、
各獻家集并古來舊歌、曰「續万葉集」。於是重有詔、部類所奉之歌、敕為二十卷、名曰「古今和歌集」。
臣等、詞少春花之艷、名竊秋夜之長。況哉、進恐時俗之嘲、退慚才藝之拙。適遇和歌之中興、以樂吾道之再昌。
嗟乎、人丸既沒、和歌不在斯哉。
于時、延喜五年歲次乙丑 四月十五日、臣貫之等 謹序。

新撰和歌 巻第四 恋・雑 荓百六十首 (1/2)

> 202 しのぶれば くるしきものを 人しれず 思ふてふこと たれにかたらむ

古今519。題知らず、読み人知らず。

> 203 人しれず おもふこころは 春がすみ たちいでてきみが めにも見えなむ

古今999 「寛平御時歌たてまつりけるついてにたてまつりける」
藤原勝臣

> 204 久かたの あまつそらにも あらなくに 人はよそにぞ おもふべらなる

古今751。題しらず、在原元方。「あらなくに」→「すまなくに」

> 205 たれをかも しるひとにせむ たかさごの まつもむかしの ともならなくに

古今909。題しらず、藤原興風

> 206 おとにのみ きくのしらつゆ 夜はおきて ひるはおもひに けぬべきものを

古今470。題しらず、素性、「けぬべきものを」→「あへずけぬべし」

> 207 わがうへに つゆぞおくなる あまのがは とわたるふねの かいのしづくに

古今863。題しらず、読み人しらず。「かいのしづくに」→「かいのしづくか」

> 208 よし野がは いはなみたかく 行くみづの はやくぞ人を おもひそめてし

古今471。題知らず、貫之。

> 209 世のなかに ふりぬるものは 津のくにの ながらのはしと 我となりけり

古今890。題知らず、読み人知らず。

> 210 足引の 山したみづの うづもれて たぎつこころを せきぞかねつる

古今491。題知らず、読み人知らず。

> 211 ぬきみだす 人こそあるらし したひもの またくもあるか そでのせばきに

古今923。「布引の滝の本にて人人あつまりて歌よみける時によめる」業平。
「ぬきみだす」→「ぬきみだる」、「したひもの」→「しらたまの」、「またくもあるか」→「まなくもちるか」。
古今和歌六帖1711、「またくもあるか」→「まなくもふるか」、または3192「ぬきみだす」→「ぬきとむる」。
業平集59、古今と同じ。
伊勢物語87、「・・・そこなる人にみな滝の歌よます。かの衛府の督まづよむ。わが世をばけふかあすかと待つかひのなみだの滝といづれ高けむ。あるじ次によむ。ぬき乱る人こそあるらし白玉のまなくも散るか袖のせばきに、とよめりければ、かたへの人笑ふことにやありけむ、この歌にめでてやみにけり。」

> 212 ほととぎす なくやさ月の あやめぐさ あやめもしらぬ こひもするかな

古今469。題知らず、読み人知らず。

> 213 たがみそぎ ゆふつけ鳥か から衣 たつたのやまに おりはへてなく

古今995。題知らず、読み人知らず。

> 214 津の国の むろのはやわせ ひてずとも つなをばやはく ものとしるべく

古今和歌六帖2606「きのくにの むろのはやわせ いでずとも しめをばはへよ もるとしるがね」

わかりにくい。「ひでず」は「ひいでず(秀で、穂出の転)」、早稲田に穂が出る前にしめ縄を張ってしまおう、見張っているとわかるように、の意味か。

> 215 なにはがた しほみちくれば あまごろも たみののしまに たづなきわたる

古今913。題知らず、読み人知らず。「しほみちくれば」→「しほみちくらし」。

「雨衣」は「田蓑」にかかる。田蓑の島は淀川河口付近にあった島。

赤人「若の浦に 潮満ち来れば 潟をなみ 葦辺をさして たづ鳴き渡る」の変形か?

> 216 夕されば くものはたてに 物ぞ思ふ あまつそらなる 人をこふとて

古今484。題知らず、読み人知らず。

> 217 あまつ風 雲のかよひぢ ふきとぢよ 乙女のすがた しばしとどめむ

> 218 たちかへり あはれとぞ思ふ よそにても 人にこころを おきつ白波

> 219 こきちらし たきのしら玉 ひろひおきて 世のうきときの なみだにぞかる

> 220 川の瀬に なびくたまもの みがくれて 人にしられぬ こひもするかな

> 221 いくばくも あらじうき身を なぞもかく あまのかるもに おもひみだるる

> 222 すみの江の なみにはあらねど よとともに こころをきみが よせわたるかな

> 223 わたのはら よせくるなみの たちかへり 見まくもほしき たまつしまかな

> 224 あさきせぞ なみはたつらむ よしの河 ふかきこころを 君はしらずや

> 225 わたつうみの かざしにさせる しろたへの なみもてゆへる あはぢしまかな

> 226 こころがへ するものにもが かたこひは くるしきものと 人にしらせむ

> 227 みな人は こころごころに あるものを おしひたすらに ぬるるそでかな

> 228 みちのくの あさかのぬまの はなかつみ かつ見る人を こひやわたらむ

> 229 かつ見れど うとましきかな 月かげの いたらぬさとの あらじと思へば

> 230 我が恋は むなしきとこに みちぬらし おもひやれども ゆくかたもなし

> 231 ふたつなき ものとおもひしを みなそこに やまのはならで いづる月かげ

> 232 なぬかゆく はまのまさごと わが恋と いづれまされり おきつしら波

> 233 われ見ても ひさしくなりぬ すみよしの きしの姫松 いくよへぬらむ

> 234 わたつうみの そこのこころは しらねども 人を見るめは からむとぞ思ふ

> 235 おもひきや ひなのわかれに おとろへて あまのはまゆふ いさりせむとは

> 236 つれなきを いまはこひじと おもへども こころよわくも おつるなみだか

> 237 世の中の うきもつらきも つげなくに まづしるものは なみだなりけり

> 238 わがこひを しのびかねては あしひきの 山たちばなの いろに出でぬべし

> 239 いろなしと 人や見るらむ むかしより ふかきこころに そめてしものを

> 240 おきもせず ねもせで夜を あかしては はるのものとて ながめくらしつ

> 241 なよたけの よのうきうへに 初しもの おきゐてものを おもふころかな

> 242 あはれてふ ことだになくは なにをかも こひのみだれの つかねをにせむ

> 243 世の中は むかしよりやは うかりけむ わが身ひとつの ためになれるか

> 244 わがこひは 人しるらめや しきたへの まくらばかりぞ しらばしるらむ

> 245 たまぼこの みちにはつねに まどはなむ 人をとふとも われとおもはむ

> 246 こひしきに いのちをかふる ものならば しにはやすくぞ あるべかりける

> 247 わびぬれば 身をうきくさの ねをたえて さそふ水あらば いなむとぞ思ふ

> 248 こむ夜にも はやなりぬらむ めのまへに つれなき人を むかしとおもはむ

> 249 しかりとて そむかれなくに 今年あれば まづなげかるる あはれ世の中

> 250 あしがもの さわぐいりえの しらなみの しらずや人を かくこひむとは

> 251 わたつうみの おきつしほあひに うかぶあわの きえぬものから よるかたもなし

> 252 そこひなき ふちやはさわぐ 山川の あさきせにこそ うはなみはたて

> 253 山ざとは ものさびしかる ことこそあれ 世のうきよりは すみよかりけり

『和漢朗詠集』にも出る。古今944 山里は物の憀慄(わびし)き事こそあれ世のうきよりはすみよかりけり。

> 254 木のまより かげのみ見ゆる 月くさの うつし心は そめてしものを

> 255 かりのくる みねのあさ霧 はれずのみ 思ひつきせぬ 世のなかのうさ

> 256 ゆふされば やどにふすぶる かやり火の いつまでわが身 したもえにせむ

> 257 わがこころ なぐさめかねつ さらしなや をばすて山に てる月を見て

> 258 君といへば 見まれまずまれ ふじのねの めづらしげなく もゆる我がこひ

> 259 風ふけば おきつしら波 たつた山 夜半にや君が ひとりゆくらむ

> 260 あやなくて またなきなみの たつた川 わたらでやまむ ものならなくに

> 261 あまの川 雲のみをにて はやければ ひかりとどめず 月ぞながるる

> 262 つなでひく ひびきのなだの なのりその なのりそめても あはでやまめや

> 263 みやこにて ひびききこゆる からことは なみのをすげて かぜぞひきける

> 264 逢ふことの なぎさにしきる なみなれば うらみてのみぞ 立ちかへりける

> 265 あかずして 月のかくるる やま里は あなたおもてぞ こひしかりける

> 266 人しれぬ おもひのみこそ わびしけれ わがなげきをば われのみぞしる

> 267 あかなくに まだきも月の かくるるか 山のはにげて いれずもあらなむ

> 268 いそのかみ ふるともあめに さはらめや あはむといもに いひてしものを

> 269 おもふより いかにせよとか あきかぜに なびくあさぢの いろことになる

> 270 あなこひし いまも見てしか 山がつの かきほにおふる やまとなでしこ

> 271 あれにけり あはれいくよの やどなれや すみけむ人の おとづれもせず

> 272 むらどりの たちにしわが名 今さらに ことなしぶとも しるしあらめや

> 273 あしたづの たてる河辺を ふくかぜに よせてかへらぬ なみかとぞ見る

> 274 人しれず やみなましかば わびつつも なき名ぞとだに いはましものを

> 275 いにしへの 野なかのしみづ ぬるければ もとのこころを しる人ぞくむ

> 276 人しれず ものをおもへば 秋の田の いなばのそよと いふ人もなし

> 277 なにはがた おのがたもとを かりそめの あまとぞわれは なりぬべらなる

> 278 それをだに おもふこととて 我が宿を 見きとないひそ 人のきかくに

> 279 ここにして わがよはへなむ すがはらや ふしみの里の あれまくもをし

> 280 しほみてば いりぬるいその くさなれや 見る日すくなく こふらくおほし

新撰和歌 巻第三 別・旅 荓二十首

> 181 たちかへり 稲葉の山の みねにおふる まつとしきかば 今かへりこむ

古今365、題知らず、行平

> 182 あまのはら ふりさけみれば かすがなる みかさの山に いでし月かも

古今406、「もろこしにて月を見てよみける」「この歌は、むかしなかまろをもろこしにものならはしにつかはしたりけるに、あまたのとしをへてえかへりまうてこさりけるを、このくにより又つかひまかりいたりけるにたくひてまうてきなむとていてたちけるに、めいしうといふ所のうみへにてかのくにの人むまのはなむけしけり、よるになりて月のいとおもしろくさしいてたりけるを見てよめるとなむかたりつたふる」安倍仲麿

> 183 おとは山 こだかくなきて 郭公 きみがよはひを をしむべらなり

古今384「おとはの山のほとりにて人をわかるとてよめる」貫之

> 184 ゆふづくよ おぼつかなきを たまくしげ ふたみのうらは あけてこそ見め

古今419「たじまのくにのゆへまかりける時に、ふたみのうらといふ所にとまりてゆふさりのかれいひたうべけるに、ともにありける人人のうたよみけるついてによめる」藤原兼輔

> 185 人やりの みちならなくに おほかたは いきうしといひて いざとまりなむ

古今388「山さきより神なひのもりまておくりに人人まかりて、かへりかてにしてわかれをしみけるによめる」源さね

> 186 わたのはら やそしまかけて こぎ出でぬと 人にはつげよ あまのつり舟

古今407「おきのくにになかされける時に舟にのりていてたつとて、京なる人のもとにつかはしける」小野篁

> 187 かつこえて わかれもゆくか あふ坂は 人だのめなる 名にこそ有りけれ

古今390「藤原のこれをかがむさしのすけにまかりける時に、おくりにあふさかをこゆとてよみける」貫之

> 188 都いでて けふみかのはら いづみがは 川かぜさむし ころもかせやま

古今408、題知らず、読み人知らず。

> 189 ゆふぐれの まがきはやまと みえななむ 夜はこえじと やどりとるべく

古今392「人の花山にまうてきて、ゆふさりつかたかへりなむとしける時によめる」遍昭。

> 190 かりくらし たなばたつめに やどからむ あまのかはせに 我はきにけり

古今418「これたかのみこのともにかりにまかりける時に、あまの河といふ所の河のほとりにおりゐてさけなどのみけるついでに、みこのいひけらく、かりしてあまのかはらにいたるといふ心をよみてさかづきはさせといひければよめる」業平

> 191 わかれをば やまのさくらに まかせてむ とめむとめじは 花のまにまに

古今393「山にのぼりてかへりまうできて、人人わかれけるついでによめる」幽仙法師

> 192 このたびは ぬさもとりあへず たむけ山 紅葉のにしき かみのまにまに

古今420「朱雀院のならにおはしましたりける時にたむけ山にてよみける」菅原道真

> 193 あかずして わかるるなみだ たきつせに いろまさるやと しもぞふるらむ

古今396「仁和のみかどみこにおはしましける時に、ふるのたき御覧じにおはしましてかへりたまひけるによめる」兼芸法師

> 194 名にしおはば いざこととはむ みやこ鳥 我が思ふ人は ありやなしやと

古今411「むさしのくにとしもつふさのくにとの中にあるすみだ河のほとりにいたりてみやこのいとこひしうおぼえければ、しばし河のほとりにおりゐて、思ひやればかぎりなくとほくもきにけるかなと思ひわびてながめをるに、わたしもりはや舟にのれ日くれぬといひければ舟にのりてわたらむとするに、みな人ものわびしくて京におもふ人なくしもあらず、さるをりにしろきとりのはしとあしとあかき河のほとりにあそびけり、京には見えぬとりなりければみな人見しらず、わたしもりにこれはなにどりぞととひければ、これなむみやこどりといひけるをききてよめる」業平

> 195 わかるれど うれしくもあるかな 今夜より あひ見ぬさきに なにを恋ひまし

古今399「かねみのおほきみにはしめて物かたりして、わかれける時によめる」躬恒

> 196 夜をさむみ おくはつしもを はらひつつ くさの枕に あまたたびねぬ

古今416「かひのくにへまかりける時みちにてよめる」躬恒

> 197 むすぶ手の しづくににごる やまの井の あかでも人に わかれぬるかな

古今404「しがの山ごえにて、いしゐのもとにてものいひける人のわかれけるをりによめる」貫之。
拾遺1228「しがの山ごえにて、女の山の井にてあらひむすびてのむを見て」

「あかでも」は閼伽?

> 198 から衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思ふ

古今410「あづまの方へ友とする人ひとりふたりいざなひていきけり、みかはのくにやつはしといふ所にいたれりけるに、その河のほとりにかきつばたいとおもしろくさけりけるを見て、木のかげにおりゐて、かきつばたといふいつもじをくのかしらにすゑてたびの心をよまむとてよめる」業平

> 199 いのちだに こころにかなふ 物ならば なにかわかれの かなしからまし

古今387「源のさねかつくしへゆあみむとてまかりけるに、山さきにてわかれをしみける所にてよめる」しろめ

> 200 したおびの みちはかたがた わかるとも ゆきめぐりても あはむとぞ思ふ

古今405「みちにあへりける人のくるまにものをいひつきて、わかれける所にてよめる」友則

> 201 きたへゆく かりぞなくなる むれてこし かずはたらでぞ かへりつらなる

古今412「ある人、をとこ女もろともに人のくにへまかりけり、をとこまかりいたりてすなはち身まかりにければ、女ひとり京へかへりけるみちにかへるかりのなきけるをききてよめる」読み人知らず

「かへりつらなる」→「かへるべらなる」

新撰和歌 巻第三 賀・哀 荓二十首

> 161 わが君は 千代にましませ さざれ石の いはほとなりて こけのむすまで

> 162 なくなみだ 雨とふらなむ わたり川 みづまさりなば かへりくるがに

> 163 わたつ海の はまのまさごを かぞへつつ 君がいのちの ありかずにせむ

> 164 ちのなみだ おちてぞたぎつ しら川は 君が代までの 名にこそありけれ

> 165 しほのやま さしでのいそに すむ千鳥 君が御代をば や千代とぞなく

> 166 うつせみの からを見つつも なぐさめつ ふかくさのやま けぶりだにたて

古今831 僧都勝延(ほりかはのおほきおほいまうち君身まかりにける時に、深草の山にをさめてけるのちによみける、空蝉はからを見つつもなぐさめつ深草の山煙だにたて)。

> 167 かめのをの 山のいはねを とめておつる たきのしらたま 世世のかずかも

> 168 ねても見ゆ ねでもみえけり おほかたは うつせみのよぞ ゆめにはありける

> 169 いにしへに ありきあらずは しらねども ちとせのためし きみにはじめむ

> 170 あすしらぬ わが身なれども くれぬまも けふは人こそ こひしかりけれ

> 171 ふしておもひ おきてかぞふる よろづ代を 神ぞしるらむ 我が君のため

> 172 花よりも 人こそあだに なりにけれ いづれをさきに こひむとか見し

> 173 わすれがたき よはひをのぶと きくの花 けさこそ露の おきてをりつれ

> 174 なき人の やどにかよはば 郭公 かくてねにのみ なくとつげなむ

> 175 かすが野に わかなつみつつ よろづ代を いはふ心を 神ぞしるらむ

> 176 かずかずに われをわすれぬ ものならば 山のかすみを あはれとは見よ

> 177 君がため おもふ心の 色にいでて 松のみどりを をりてけるかな

> 178 露をなど はかなきものとおもひけむ 我が身もくさに おかぬばかりを

> 179 見えわたる はるのまさごや あしたづの ちとせをのぶる かずとなるらむ

> 180 さきだたぬ くいのやちたび かなしきは ながるるみづの かへりこぬなり

新撰和歌 巻第一 荓序

> 玄番頭従五位上 紀朝臣貫之上

> 昔延喜御宇、属世之無為、因人之有慶、令撰萬葉集外、古今和歌一千篇。
更降勅命、抽其勝矣。
伝勅者執金吾藤納言、奉詔者草莽臣紀貫之 云云。
未及抽撰、分憂赴任、政務餘景、漸以撰定。
抑夫上代之篇、義尤幽而文猶質、下流之作、文偏巧而義漸疎。
故抽下始自弘仁、至于延長、詞人之作、花實相兼而已、今之所撰、玄之又玄也。
非唯春霞秋月、潤艷流於言泉、花色鳥聲、鮮浮藻於詞露、皆是以動天地感神祇、厚人倫成孝敬、上以風化下、下以諷刺上、雖誠假名於綺靡之下、然復取義於教戒之中者也。
爰以春篇配秋篇、以夏什敵冬什。
各各相鬪文、両両雙書焉、慶賀哀傷、離別羈旅、戀歌雜歌之流、各又對偶、惣三百六十首、分爲四軸、蓋取三百六十日、關於四時耳。
貫之秩罷歸日、將以上獻之、橋山晚松、秋雲之影已結、湘濱秋竹、悲風之聲忽幽。
傳勅納言亦已薨去。
空貯妙辭於箱中、獨屑落淚于襟上。
若貫之逝去、歌亦散逸、恨使絶艷之草、復混鄙野之篇。
故聊記本源、以傳来代云爾。

「始自弘仁、至于延長」

弘仁(810 – 824)、嵯峨・淳和天皇の時代。
延長(923 – 931)、醍醐・朱雀天皇の時代。

以下は他人による註釈か?

> 中納言兼右衛門督藤兼輔 承平三二十八薨五十七

中納言兼右衛門督 藤原兼輔 承平三(933)年二月十八日薨去、五十七歳。

> 醍醐帝 延長八九十九崩四十六

醍醐天皇、延長八(930)年九月十九日崩御、四十六歳。

紀貫之、承平五(935)年、土佐より帰洛。
天慶三(940)年、玄蕃頭。
天慶六(943)年、従五位上。
天慶八(945)年、木工権頭。
ということはこの序は943年から945年までの間に書かれたことになる。

> 黄帝崩葬橋山

黄帝、崩じて、橋山に葬る。『史記』「五帝本紀 黄帝」に見える。
「序」中に出る「橋山」の解説か?

> 舜崩蒼橋之野於江南九疑是為零陵

これも『史記』「五帝本紀 舜帝」に見える。
正確には「崩於蒼梧之野。葬於江南九疑。是為零陵。」

新撰和歌 巻第二 夏・冬 荓四十首

> 121 我がやどの 池のふぢなみ さきにけり 山郭公 いまやきなかむ

> 122 たつた山 にしきおりかく 神なづき いぐれのあめを 立ぬきにして

> 123 時鳥 花たちばなに うちはぶき いまもなかなむ こぞのふるごゑ

異本歌、ほととぎす花橘に香をとめて鳴くはむかしの人や恋しき

> 124 神な月 しぐれはいまだ ふらなくに まだきうつろふ かみなびのもり

> 125 五月には なきもふりなむ 郭公 まだしきほどの こゑをきかばや

> 126 かみな月 しぐれの雨は はひなれや きぎのこのはを 色にそめたる

> 127 さ月まつ はな立花の 香をかげば 昔の人の 袖の香ぞする

> 128 みやまには あられふるらし とやまなる まさきのかづら 色付きにけり

> 129 卯のはなも いまだちらぬに 郭公 さほのかはらに きなきとよます

> 130 神無月 時雨とともに かみなびの もりの木の葉は ふりにこそふれ

> 131 いそのかみ ふるきみやこの 時鳥 こゑばかりこそ むかしなりけれ

> 132 故郷は ならのみやこの ちかければ ひとひもみゆき ふらぬひぞなき

> 133 おもひいづる ときはの山の 郭公 からくれなゐの ふりいでてぞなく

> 134 ふゆさむみ こほらぬ夜半は なけれども よし野のたきは たゆるよぞなき

> 135 足引の 山郭公 けふとてや あやめの草の ねにたててなく

> 136 梅のはな 雪にまじりて みえずとも かをだににほへ 人のしるべく

> 137 なつの夜は ふすかとすれば 郭公 なく一こゑに あくるしののめ

> 138 ゆきふれば 木ごとに花ぞ さきにける いづれをむめと わきてをらまし

> 139 めづらしき 声ならなくに 時鳥 そこらのとしを あかずもあるかな

> 140 ゆふされば さほの川瀬の かはぎりに ともまどはせる ちどりなくなり

> 141 なつ衣 たちきるものを あふ坂の せきのしみづの さむくも有るかな

> 142 浦ちかく ふりしく雪を しらなみの すゑのまつ山 こすかとぞ見る

> 143 ほととぎす まつに夜ふけぬ このくれの しぐれにおほみ 道や行くらむ

> 144 冬くれば あやしとのみぞ まどはるる かれたるえだに 花のさければ

> 145 つれもなき なつの草葉に おく露は 命とたのむ せみのはかなさ

異本歌、くれがたき夏の日ぐらしながむればそのこととなく物ぞかなしき

> 146 ふる雪は 枝にもしばし とまらなむ 花も紅葉も たえてなきまは

> 147 つれづれと ながめせしまに 夏草は あれたるやどに しげくおひにける

> 148 くらぶ山 こずゑも見えで ふる雪に 夜半にこえくる 人やだれぞも

> 149 なつの夜を あまぐもしばし かくさなむ 見るほどもなく あくる夜にせむ

> 150 しら雪の ふりてつもれる 故郷に すむ人さへや おもひきゆらむ

> 151 夏の夜に しもやふれると みるまでに あれたる宿を てらす月かげ

> 152 雪のうちに 見ゆるときはは みわの山 道のしるべの すぎにやあるらむ

> 153 せみのこゑ きけばかなしな なつごろも うすくや人の ならむと思へば

> 154 けぬがうへに またもふりしけ 春霞 たちなばみゆき まれにこそ見め

> 155 いまさらに みやまにかへる 郭公 こゑのかぎりは わがやどになけ

> 156 冬ごもり はるまだとほき 鴬の すのうちのねの きかまほしきを

> 157 とこなつの はなをしみれば うちはへて すぐす月日の ときもしられず

> 158 昨日といひ けふとくらして あすか河 ながれてはやき 月日なりけり

> 159 夏の夜は まだよひながら 明ぬるを くものいづくに 月かくるらむ

> 160 ゆくとしの をしくも有るかな ますかがみ 見るわれさへに くれぬと思へば

新撰和歌

紀貫之は割とアバウトな人だった。『土佐日記』に

> 世の中に 絶えて桜の 咲かざらば 春の心は のどけからまし

> 青海原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも

などと記しているが『古今集』では「咲かざらば」は「なかりせば」だし、
「青海原」は「天の原」である。

「新撰和歌」でも勅撰集とはかなりの異同がある。
もしかすると貫之が正しくて、勅撰集が間違っているのかもしれない。

「序」には『古今集』の中から良い歌を選抜せよと醍醐天皇の勅命があったことになっているが、歌はかならずしも『古今集』に限っていない。

新撰和歌 巻第一 春・秋 荓百二十首

> 1 袖ひちて むすびしみづの こほれるを 春たつけふの 風やとくらむ

古今2 「はるたちける日よめる」貫之

> 2 秋きぬと めにはさやかに みえねども かぜの音にぞ おどろかれぬる

古今169「秋立つ日よめる」敏行

> 3 春がすみ たたるやいづこ みよしのの よし野の山に 雪はふりつつ

古今3 題知らず、読み人知らず

> 4 わぎも子が ころものすそを ふきかへし うらめづらしき 秋の初かぜ

古今171 題知らず、読み人知らず。「わぎもこ」→「わがせこ」

> 5 春ごとに かずへこしまに ひとともに おいぞしにける みねの若松

素性集、春とのみかぞへこしまにひとともにおいぞしにけるきしのひめまつ

> 6 きのふこそ さなへとりしか いつのまに いなばもそよと 秋かぜのふく

古今172 「いなばもそよと」→「いなばそよぎて」

> 7 とふ人も なきやどなれど くる春は 八重むぐらにも さはらざりけり

新勅撰8、古今和歌六帖1306、貫之集207

> 8 萩の葉の そよぐおとこそ 秋かぜの 人に知らるる はじめなりけれ

拾遺集139「延喜御時御屏風に」、古今和歌六帖3716、また3717 凡河内躬恒 をぎのはにふきくるかぜぞ秋きぬと人にしらるるしるしなりけれ

> 9 梅の花 にほふはるべは くらぶ山 やみにこゆれど しるくぞ有りける

古今39「くらぶ山にてよめる」貫之

> 10 いづれとも 時はわかねど 秋の夜ぞ 物思ふことの かぎりなりける

古今189「これさだのみこの家の歌合のうた」読人不知、小町集、宗于集

> 11 ときはなる まつのみどりも 春くれば 今ひとしほの 色まさりけり

古今24「寛平御時きさいの宮の歌合によめる」源宗于

> 12 紅葉せぬ ときはの山は ふくかぜの おとにや秋を ききわたるらむ

古今251 「秋の歌合しける時によめる」紀淑望

> 13 春やとき 花やおそきと ききわかむ 鴬だにも なかずも有るかな

> 14 こひこひて あふ夜はこよひ あまの川 きり立ちわたり あけずもあらなむ

> 15 花の香を かぜのたよりに たぐへてぞ 鴬さそふ しるべにはやる

> 16 こよひこむ 人にはあはじ たなばたの ひさしきほどに あへもこそすれ

> 17 雪のうちに 春はきにけり 鴬の こほれるなみだ いまやとくらむ

> 18 あきかぜに 夜のふけゆけば 天の川 かはせになみの たちゐこそまて

> 19 梅がえに きゐる鴬 はるかけて なけどもいまだ 雪はふりつつ

> 20 ちぎりけむ 心ぞつらき 七夕の としにひとたび あふはあふかは

> 21 春の夜の やみはあやなし むめの花 色こそみえね 香やはかくるる

> 22 としごとに あふとはすれど 七夕の ぬる夜のかずぞ すくなかりける

> 23 春たてば わかなつまむと しめし野に きのふもけふも 雪はふりつつ

> 24 木のまより おちくる月の 影みれば 心づくしの 秋はきにけり

> 25 かすが野の とぶひののもり いでて見よ いまいくかありて わかなつみてむ

> 26 うつろはむ ことだにをしき 秋はぎに をれぬばかりも おける白露

> 27 あづさ弓 おしてはるさめ けふふりぬ あすさへふらば わかなつみてむ

> 28 夜をさむみ ころもかりがね なくなへに はぎの下葉も 色づきにけり

> 29 君がため 春の野にいでて わかなつむ 我が衣手に 雪はふりつつ

> 30 わがために くるあきにしも あらなくに 虫の音きけば まづぞかなしき

> 31 春日野の わかなつみにや しろたへの 袖ふりはへて 人の行くらむ

> 32 秋の野に みちもまどひぬ 松むしの こゑするかたに やどやからまし

> 33 わがせこが ころも春雨 ふるごとに 野辺のみどりや 色まさりける

> 34 日ぐらしの なくやまざとの 夕ぐれは かぜよりほかに とふ人もなし

> 35 春がすみ たつをみすてて 行くかりは はななきさとに すみやならへる

> 36 春がすみ かすみていにし かりがねは いまぞなくなる 秋ぎりのうへに

> 37 ことしより 春しりそむる さくら花 ちるといふことは ならはざらなむ

> 38 秋はぎの 下葉いろづく けふよりや ひとりある人の いねがてにする

> 39 さくらばな さきにけらしな 足引の 山のかひより 見ゆる白雲

> 40 あきの露 うつしなればや みづ鳥の あをばのやまの うつろひぬらむ

> 41 みよし野の やまべにたてる さくら花 白雲とのみ あやまたれつつ

> 42 白雲の なかにまぎれて 行く雁の こゑはとほくも かくれざりけり

> 43 山たかみ くもゐに見ゆる さくら花 こころのゆきて をらぬ日ぞなき

> 44 白雲に はねうちかはし とぶかりの かげさへ見ゆる 秋の夜の月

> 45 山ざくら わが見にくれば はるがすみ みねにも尾にも たちかくしつつ

> 46 たがために にしきなればか 秋ぎりの さほの山辺を たちかくすらむ

> 47 見てのみや 人にかたらむ 山ざくら 手ごとにをりて いへづとにせむ

> 48 やまのはに おれるにしきを たちながら 見てゆきすぎむ ことぞくやしき

> 49 見る人も なき山里の さくら花 ほかのちりなむ のちぞさかまし

> 50 玉かづら かづらき山の もみぢ葉は おもかげにこそ みえわたりけれ

> 51 見わたせば やなぎさくらを こきまぜて みやこぞ春の にしきなりける

> 52 おなじえに わきてこの葉の うつろふは にしこそ秋の はじめなりけれ

> 53 さくら花 しづくにわが身 いざぬれむ かごめにさそふ かぜのこぬまに

> 54 ちはやぶる かみなび山の もみぢ葉は 思ひはかけじ うつろふものを

> 55 花の色は かすみにこめて 見せずとも 香をだにぬすめ 春の山かぜ

> 56 こひしくは 見てもしのばむ もみぢ葉を ふきなちらしそ 山おろしのかぜ

> 57 いざけふは はるの山辺に まじりなむ くれなばなげの 花のかげかは

> 58 かみなびの みむろの山を 秋ゆけば にしきたちきる ここちこそすれ

> 59 あさみどり いとよりかけて しら露を たまにもぬける 春のやなぎか

> 60 さをしかの あさたつをのの 秋はぎに たまと見るまで おける白露

> 61 青柳の いとよりかくる はるしもぞ みだれてはなの ほころびにける

> 62 いもがひも とくとむすぶと たつた山 いまぞもみぢの 色まさりける

> 63 古郷と なりにしならの みやこにも いろはかはらで 花ぞさきける

> 64 久かたの 月のかつらも あきはなほ もみぢすればや てりまさるらむ

> 65 さくら色に ころもはふかく そめてきむ はなのちりなむ のちのかたみに

> 66 あめふれば かさとり山の もみぢ葉は ゆきかふ人の そでさへぞてる

> 67 桜いろに まさるいろなき 花なれば あたらくさ木も ものならなくに

> 68 しら露の 色はひとつを いかなれば あきの木の葉を ちぢにそむらむ

> 69 世の中に たえてさくらの なかりせば 春のこころは のどけからまし

> 70 さほやまの ははそのもみぢ ちりぬべみ 夜さへ見よと てらす月かげ

> 71 さくら花 ちらばちらなむ ちらずとて 古郷人の きても見なくに

> 72 をみなへし おほかる野辺に やどりせば あやなくあだの 名をやたちなむ

> 73 春のきる かすみのころも ぬきをうすみ やまかぜにこそ みだるべらなれ

> 74 しものたて 露のぬきこそ もろからし やまのにしきの おればかつちる

> 75 をしと思ふ 心はいとに よられなむ ちるはなごとに ぬきてとどめむ

> 76 秋の野に おくしら露は たまなれや つらぬきかくる 雲の糸すぢ

> 77 ちる花の なくにしとまる ものならば われ鴬に おとらざらまし

> 78 たつた川 もみぢ葉ながす かみなびの みむろの山に あられふるなり

> 79 こまなめて いざ見にゆかむ 古郷は ゆきとのみこそ 花はちるらめ

> 80 秋ならで あふことかたき 女郎花 あまのかはらに たたぬものゆゑ

> 81 さくらちる 木のしたかぜは さむからで 空にしられぬ 雪ぞふりける

> 82 見る人も なくてちりぬる おく山の もみぢは夜の にしきなりけり

> 83 ゆく水に みだれてちれる さくら花 きえずながるる 雪とみえつつ

> 84 浪かけて 見るよしもがな わたつうみの 沖のたまもも 紅葉ちるやと

> 85 桜花 ちりぬるかぜの なごりには みづなきそらに なみぞたちける

> 86 我がきつる かたもしられず くらぶ山 きぎの木のはの 散るとまがふに

> 87 さくら花 みかさの山の かげしあらば ゆきとふるとも いかにぬれめや

> 88 なきわたる かりのなみだや おちつらむ ものおもふやどの うへの白雲

> 89 春ごとに ながるる川を 花とみて をられぬ水に 袖やぬれけむ

> 90 山川に 風のかけたる しがらみは ながれもやらぬ もみぢなりけり

> 91 としふれば よはひはおひぬ しかはあれど 花をしみれば もの思ひなし

> 92 をり人の こすのまにまふ 藤ばかま むべもいろこく ほころびにけり

> 93 かはづなく かみなび山に かげみえて いまやさくらむ やまぶきの花

> 94 ぬれてほす 山路の菊の 露のまに いつかちとせを 我はきにけむ

> 95 はるさめに にほへるいろも あかなくに 香さへなつかし 山吹の花

> 96 露ながら をりてかざさむ 菊の花 おいせぬ秋の ひさしかるべく

> 97 をりても見 をらずてもみむ みなせ河 みなそこかけて さける山吹

> 98 あきかぜの ふきあげにたてる 白菊は 花かなみだか 色こそわかね

> 99 かはづなく 井手の山ぶき さきにけり あはましものを 花のさかりに

> 100 心あてに をらばやをらむ 初霜の おきまどはせる 白菊の花

> 101 よし野がは きしの山ぶき 吹くかぜに そこのかげさへ うつろひにけり

> 102 秋をおきて ときこそ有りけれ 菊の花 うつろふからに 色のまされる

> 103 わがやどに さけるふぢなみ たちかへり すぎがてにのみ 人の見るらむ

> 104 さきそめし やどしわかねば 菊の花 たびながらこそ にほふべらなれ

異本歌、咲きそめし時より後はうちはへて世は春なれや色の常なる

> 105 よそに見て かへらむ人に ふぢのはな はひまとはれよ えだをはるとも

> 106 きても見む 人のためにと おもはずは たれかからまし 我が宿のくさ

> 107 みどりなる まつにかけたる 藤なれど おのがこころと 花はさきける

> 108 一もとと おもひしものを ひろ沢の 池のそこにも たれかうゑけむ

> 109 花のちる ことやかなしき 春がすみ 立田の山の うぐひすのこゑ

> 110 色かはる 秋のくるをば ひととせに ふたたびにほふ 花かとぞ見る

> 111 さくがうへに ちりもまがふか 桜花 かくてぞこぞも 春は暮れにし

> 112 もみぢ葉を そでにこきいれて もてでなむ 秋をかぎりと 見む人のため

> 113 さくらちる はるの心は はるながら 雪ぞふりつつ きえがてにする

> 114 紅葉ばの ながれてとまる みなとには くれなゐふかき 浪やたつらむ

> 115 花もみな ちりぬるのちは ゆくはるの 古郷とこそ なりぬべらなれ

> 116 みちしらば たづねもいなむ 紅葉ばを ぬさとたむけて 秋はいにけり

> 117 年ごとに なきてもなにぞ よぶこ鳥 よぶにとまれる 花ならなくに

> 118 立田川 もみぢながれて ながるめり わたらばにしき なかやたえなむ

> 119 声たえで なけや鴬 ひととせに ふたたびとだに くべき春かは

> 120 ゆふづく夜 をぐらの山に なくしかの こゑのうちにや 秋はくるらむ

源満仲

源満仲にも一つだけ和歌が残っている。『拾遺集』

清原元輔
いかばかり 思ふらむとか 思ふらむ 老いて別るる 遠き別れを

返し 源満仲朝臣
君はよし 行末遠し とまる身の 待つほどいかが あらむとすらむ

清原元輔を源満仲が送った歌。

どうも、清和源氏初代、源経基は一応平将門の乱に関わり鎮守府将軍となったが、大したことはしていない。同じく将門の乱で征東大将軍となった藤原忠文のような役回りだろう。

経基の子・満仲も摂津に武士団を形成し鎮守府将軍となったというが、ほんとに武将と言える人か不明。

満仲の子・頼光も、どうも武士らしくない。しかし同じ満仲の子・頼信、頼信の子・頼義、頼義の子・義家は明らかに武士(武将、武人)である。だが、頼信、頼義、義家には和歌が残ってない。こうして見たとき、頼光の末裔である頼政も、どちらかといえば、武士らしからぬ武士だったということになる。