メモ

President Online

* [藤井太洋「電子書籍」のつくり方 デジタル時代の重要人物に訊く「実践マーケティング戦略」第1回 ](http://president.jp/articles/-/10758)
* [藤井太洋「電子書籍」のフェアな売り方 デジタル時代の重要人物に訊く「実践マーケティング戦略」第2回 ](http://president.jp/articles/-/10761)
* [藤井太洋「電子書籍」の広め方 デジタル時代の重要人物に訊く「実践マーケティング戦略」第3回 ](http://president.jp/articles/-/10763)

* [ダイレクト文藝マガジン 002号「藤井太洋インタビュー / KDPノウハウ本メッタ斬り!」](http://www.amazon.co.jp/%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%83%88%E6%96%87%E8%97%9D%E3%83%9E%E3%82%AC%E3%82%B8%E3%83%B3-002%E5%8F%B7%E3%80%8C%E8%97%A4%E4%BA%95%E5%A4%AA%E6%B4%8B%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%BC-KDP%E3%83%8E%E3%82%A6%E3%83%8F%E3%82%A6%E6%9C%AC%E3%83%A1%E3%83%83%E3%82%BF%E6%96%AC%E3%82%8A%EF%BC%81%E3%80%8D-%E4%BD%90%E3%80%85%E6%9C%A8-%E5%A4%A7%E8%BC%94-ebook/dp/B00B62NV66/ref=sr_1_3?s=books&ie=UTF8&qid=1382667039&sr=1-3&keywords=%E8%97%A4%E4%BA%95%E5%A4%AA%E6%B4%8B)

うーん。
だいたい普通のこと言ってるだけかな。

班田収授

班田収受というのが基経の時代、元慶3年(879年)に行われた。実に50年ぶりだったという。これは明らかに基経主導だっただろう。元慶官田など。

元慶2年(878年)出羽国蝦夷俘囚の反乱というのは班田収受を強行しようとしたことに対する反発で、それを鎮圧したということだろう。

高子が元慶寺を元慶元年に建立しているのだが、その出費がかさんだためではなかろうか、などと考えてしまう。藤原高子の発願により建立。僧正遍昭を開基とある。

高子は元慶2年にも山城国愛宕郡(京都市左京区岡崎東天王町)に東光寺を建立とあって、後に高子は東光寺僧(座主?)善祐と密通したとして皇太后位を剥奪される。

ともかくこの時期高子ちゃんは自分の子供の陽成天皇が即位して、国母となれてものすごくうれしくて、たくさん寺を建立しちゃったんですよ。夫の清和天皇は外に女を作りまくるしね。お兄ちゃんの基経は一生懸命税金を集めまくるんです。で、たぶん、高子ちゃんは善祐や遍昭のパトロンだった。もっと親密な関係であったでしょう。業平との関係もなかったとはいいきれない。

そんで、京では天使様が代替わりしたかしらないがその母親が夫を追放して遊蕩しまくって、そのため税金とりにくるとなれば、陸奥で反乱が起きるのは当たり前だわな。

最後の班田収受は延喜2年に行われたのだが、これは菅原道真が失脚し、藤原時平が実権を握った直後であるから、父基経にならって時平が強行したのではなかろうかと思われるのだが、よく分からん。もし道真が計画していたとすると、話は全然違ってくるのだが、情報が少なすぎる。

堀辰雄

『[風立ちぬ](http://www.aozora.gr.jp/cards/001030/files/4803_14204.html)』
を読んで、
なんだこりゃと思ったから
『[菜穗子](http://www.aozora.gr.jp/cards/001030/files/4805_14353.html)』
『[あひびき](http://www.aozora.gr.jp/cards/001030/files/55418_49022.html)』
『[ルウベンスの僞畫](http://www.aozora.gr.jp/cards/001030/files/55426_49029.html)』
などをざっと読んでみたのだが、

特に『あひびき』という題は二葉亭四迷を思わせるが、ごく短編なので、すぐに読むことができるだろうから、
読んでみると良いと思う。ちょうど、『風立ちぬ』の「序曲」くらいの長さで、
彼はまあ、詩のように短い特徴的な文体の短編、もしくはそれに日記のようなものを付加した私小説のごときもの、
を書く人だったことがわかる。
いずれも軽井沢の避暑地で女の子とどうしたこうしたというような話であって、なんともたわいない。
大正の金持ちの文学少年の書くものだ。

> 「やあ、薔薇が咲いてゐらあ……」と、いくぶん上ずつた聲で云つた。

> 「あら、あれは薔薇ぢやありませんわ」少女の聲はまだいくらか少年よりも落着いてゐる。「あれは蛇苺よ。あなたは花さへ見れば何でも薔薇だと思ふ人ね……」

> 「さうかなあ……」

少女の台詞は明らかに美化されているように思われる。

三島由紀夫が堀辰雄を好きだったらしいのも、
三島由紀夫が伊東静雄を好きだったのと一緒に考え合わせると、
こういう西洋趣味、大正趣味なところが好きだったというわけだと考えればだいたいあたっていると思う。

悪くはないが、一生懸命読むようなものかな。
今更こんな文体を参考にしても仕方ないし。
ずいぶん気取ってる。

99円

で、KDPセレクトの90日中に5日間の無料キャンペーンなんだが、
新刊でちょろっと配布されて、
二回目からはほとんど意味がない。
私としては99円で売ろうが250円で売ろうが、買う人はあんま気にしてないだろうし、
250円だと印税70%だが、99円だと35%になるんで、
99円にすると250円にするよか6倍売らないと同じもうけにならんということになる。

だけどなんか、99円とか100円とかのが主流な気がするし、
有料で何部売れたかというのは割と重要な気もするんで、
一度全部99円にしてみようと思う。
それにはKDPセレクトが切れるのを待つ必要がある。

※追記 KDPセレクトが切れるのを待つ必要はない。

ともかく1000部とか2000部とかコンスタントに売れんことには意味ない。
35%で99円で1000部だと3万円くらいしか儲からないんだが、まあいいや。
儲けがーとか言ってる段階じゃないしな。

99円に設定しておいて、細く長く売れ続けるのも一つの戦略かもしれんと思う。
いろいろ試してみるのはいずれにしてもよいこと。
250円+KDPセレクトでまず無料キャンペーンやったらしばらくして99円にすりゃいいのかもしれん。

自分で買おうというときも250円だと何か心理的抵抗があるように思える。
じゃあ、99円なら気楽に買うかというとそれも違う気がするが、
日常生活では、大した額ではないのに不思議なものだ。

ハリーポッター

知り合いの子供がハリーポッターを読んでいたので読ませてもらうと確かにおもしろい。
明らかにかいけつゾロリよりはおもしろい。

どこがおもしろいかと聞いてみると「全部」だという。登場人物では誰が一番好きかなどという具体的な質問をしてみても「全員」だなどという。これでは書評にならない。まあ子供というのはそういう全体把握から入るのだろう。分析的なアプローチというのは大人がやることであり、逆に、子供の頃から分析しかできなければろくな大人になれぬということだな。

で書評だけど、よく考えるとこれは難しい仕事だ。主人公のハリーポッターが布団の中で隠れて読書をしたり勉強したりする。学校も宿題もない夏休みが嫌いだ、とか。課題や宿題が大好きだとか。このへんが笑える。おそらく作者の子供の頃の実体験、実感なのだろう。こういうのは早熟な文学少女にはありがちである。そこがおもしろい。童話形式のファンタジーに埋め込まれた、作者の屈折した心理の告白的なもの。男の子というのはこういうふうにはあまりならないと思うが、それを男子のハリーに投影しているのがまたおもしろい。

しかしいまだにエウメネスだけが売れているのだが、あのヒストリエという漫画の主人公がなんでエウメネスなのかということを、誰もが不思議に思って調べようとして私の小説を買うのだろう。だが、エウメネスについてはほとんど何も知られていない。私の小説に出てくるエウメネスも史実は1割くらいであとは私の灰色の脳みそが生み出した産物である。ただ、アレクサンドロス大王東征記を全部読むくらいなら、さらっとおもしろおかしく読めてよいのではないかと思っている。アッリアノスの時代にはすでにアレクサンドロスの話は伝説になりつつあった。だから小説にするのはそんなに苦労はない。というより、あまり自由度がない。いや、逆に自由度が高いともいえる。

これに対して十字軍の時代まで来るとディテイルが多すぎる。英語版のウィキペディア読んでいたらきりがない。そのディテイルを取捨選択して読んでおもしろい物語にする作業はかなりきつい。ものすごい時間がかかる。ふつうは歳月というものがその作業をあらかた終えていてくれるからだ。そしてたいていは誰かがおもしろい逸話をいくつか創作してくれている。そういう人だけが世の中では物語の主人公として認識されている。

一次資料と状況証拠だけあたっていると話はちっともおもしろくなってこない。今まで埋もれていた人を発掘してきて、主人公に仕立てる作業。どこかでいかさまをしなきゃ、主人公にはなってくれぬ。そういうものだ。ハリーポッターがおもしろいのは(私がおもしろいと感じるのは)、単なる創作物語なのではなく、そこに文学少女の性癖が投影されているからだ。不思議の国のアリスがおもしろいのも作者の少女愛好癖が投影されているからだろう。その理屈で言えば作者である私の性癖を何かの形で投影しなくては物語は物語としておもしろくならない、ということになってしまう。まあ、たぶんそれでいいんだろうと思う。

もちろん、単なる創作話としても、自分で豊富な一次資料にあたり、自分で話を捏造したほうが、他人に捏造されるよりは、きっと良いものができるはずだ。

老後の資産

[「自分の資産・貯蓄に満足」4割強、高齢者ほどより満足に](http://www.garbagenews.net/archives/2003877.html)
という記事を読んで思ったのだが、
高齢者だからといって自分の資産に満足しているわけではないと思う。
ただ、もう後10年か20年しか生きられないというのに金儲けや出世なんかで無駄に時間を費やしたくないだけだろう。

40歳くらいまでなら、自分の将来に不安があるし、
自分がどこまでやれるか試してみたい気もあり、
また体も動くから、
貯金も資産もこれで十分という気持ちにはなれない。

しかし50歳くらいで体を壊したりしていつ死ぬかもしれんと思えば、
あくせく仕事をするのがばからしくなる。
今日寝て明日の朝は目を覚まさないかと思うと、仕事なんてどうでも良い気になる。

というか定年後も、老後の金は足りているはずなのに、
パートタイムのような形で仕事を続けたり、名誉職みたいな形で仕事にしがみついてる人がいるが、
ああいうのの気がしれない。
たぶん自分が職場で必要とされていると思いたいのだろう。
あるいはただの名誉職なのに偉くなった気分になれるのだろう。
不思議としかいいようがない。
だいたいそういう連中ほど典型的老害で社会の邪魔であって、
さっさといなくなったほうがいいやつばかりだ。
城山三郎『毎日が日曜日』ってのがそれだわな。ただの仕事中毒。

私なら、死ぬまで働かなくて良い金がたまったらすぐ退職すると思うし、
今の仕事はそれまで給料をもらい続けるためにやってるし、
しかもそれでも私が働かないよりは働いた方が少しは社会のためだろうと思うからやってる。

しかしまあ自分で小説売ってみるとわかるが、世の中は営業しないとものは売れない仕組みになっている。
営業さえすれば「風たちぬ」のようなつまらん小説も売れるわけだ。
あほかと思う。
「半沢直樹」とかはまあ、それとは少し違うタイプかもしれんが、
しかし一度当たると原作の小説が馬鹿みたいに売れる。

銀行マンが町工場の技術までちゃんと勉強して融資をするとか言う話が何か美談のように書かれているらしいが、
そんなのは当たり前なんじゃないの。
逆に、私などは、営業なんてのは技術もわからんしアートもわからんし、
ああいう連中がなんのためにあんなにたくさんいるのか不思議で仕方なかった。
つまり、技術やアートがわからん連中が仕方なくたくさん群れて、
わざわざ窮屈なスーツきてネクタイ締めて、
そうやってむりやり社会の多数派を形成して、
アーティストやエンジニアを搾取することによって、
金儲けをしているのだくらいにしか思えなかったのだ、
50近くになるまで。

だからアーティストやエンジニアは文系の連中に搾取されないように、
フリーランスのセンスを持つべきだ、営業を営業職に極力任せず自分でやるようにすべきだ。
自然とそういう発想になるわな。

だがまあ今は営業の連中がいる意味というのがなんとなくおぼろげにわかる。
世の中には金持ちがいてその資産を運用して増やす必要がある。
だから一点豪華で投資する。
それにはいまだにマスメディアが都合が良い、ただそれだけだ。
未だロングテールの時代は来ていない。
営業とかマス広告なしで、クリエイターから消費者へ直接モノが渡るようには、全然なってない。
人間社会は未だに成熟してない。
マスメディアなんてしょせんヒトラーの群集心理と同じだ。
21世紀にもなって大衆の購買動機なんて戦前のナチスドイツと何も違わない。

営業が技術もわからんしアートもわからんというのは今もそう思うし、
キュレーターとかジャーナリストとか評論家なんかというのはまだ金融屋よりは目がきくのかもしれんが、
それでもやっぱり大したことはないと思う。
キュレーターでもない営業職がどうしてものの良い悪いを判断するんだ。
わからん。
キュレーターも結局は営業に走るしな。
ちょっと目利きができる営業、くらい。
ていうか営業のセンスのないキュレーターとかプランナーとかいないわな。淘汰されてしまうから。
キュレーションというのも結局はなんか価値のある作品や作家を発見し発掘し、世の中に広めるというのではなく、
ある特定の作品をいかに売るかというテクニックだしな。
要するに営業。

某中華料理屋にがっかり

某中華料理屋で食事をしたのだが、
まあ、値段相応というか、見かけだけというか。
やっぱ中華料理屋というのは横浜中華街の路地裏で中国人夫婦がやってる狭くてこ汚い店とか、
逆にほんとうの超高級店くらいでないと、
料金に見合わないのではないか。
ていうか日本は中国に近いせいでうまい中華料理なら割と簡単に食べられるのに、
日本の、おそらく大手外食チェーンが経営していると思われる、
べつにうまくもなく安くもない店に行く必要はないと思う。

しかも、今時、餃子の王将ですら全席禁煙なのに、
昨日いったところは分煙はされているがかなり遠くの席から煙がただよってくる。
空調の空気の流れを工夫しさえすれば、こういうことは防げるはずだ。
しかしそれほどの配慮も、経営者にはないということだろう。

完全に失敗だった。

年をとると北大路魯山人がいうように舌がおごってくる。
長年かけて獲得した知識や経験によるものが大きい。
たぶん料理よりは酒のほうがその傾向は強いだろうと思う。

私が二十歳くらいのころは餃子の王将となか卯の牛丼と富士そばが好きだった。
今でも好きなのだが、
そういうわかりやすいものの味覚はあまり変化ない。ぶれない
(逆に牛丼やカツ丼や餃子のうまいまずいを言い出したら病気の一種だろう。もちろんまずい餃子というものはあるわけだが)。

そしてコストパフォーマンス的にここらを基準に考える。
ここらは値段が安いだけにそれより高いパフォーマンスを出すのはほとんど困難である。
まれに立ち飲み屋のもつ煮込みとか安いのにすごくうまいことがある。
立ち飲み屋のあなどれんのは唯一ここにある。
あるいはたまたま偶然安い値段でサービスしてくれたとかに巡り会うことがある。
個人経営店の妙味といえる。
これらより高い満足感を得られることは99.9%あり得ない。

多少高いがそれにみあうだけうまいとか、
めちゃくちゃ高いが一生一度くらいの珍しい体験だというのは納得できるが、
高いわりに大したことなければ、それはまずいということになる。
あとはサービス。
店員が慇懃無礼で内装が豪華な割に食事が大したことなく煙草臭ければかなり腹が立つ。

レバンテ

京葉線のホームは東京駅と有楽町駅のちょうど中間くらいにあって、
真上に東京国際フォーラムが建っている。
つまりかつての都庁の地下にある。
東京駅まで戻るのもかったるいし、そのまま地上に出て、
近場でなんかちょっと食事しようと思って入った[レバンテ](http://www.okr-j.co.jp/)
という店だが、実は昭和22年からある店で、
都庁再開発のために国際フォーラムの中に移ったらしい。
きちんと分煙されていて、
料理も酒もまあまあで、何よりながめがよい。
気持ちの良い店だった。
京葉線から地上に出てすぐに見つけたにしては良い店だったと思う。

食事

この年まで立ち飲み屋とか居酒屋とか焼き肉屋ばかり開拓してきたので、
いざ食事をしようとしてもどこも知らない。
もしかしたら自分に合った料亭とかあるのかもしれんが、まったくしらん。
しらんものはしらん。

シチリア

ノルマン人がシチリアを征服したときにシチリアはすでにアラブ人とギリシャ人による海運立国であり、同じ海洋民族でもありかつ傭兵でもあったノルマン人がその支配者として乗っかった形になったのだと思われる。
ノルマン人の数はおそらくそんなに多くはなく、
太守や提督という仕事はだいたいがアラブ人、ギリシャ人などの豪族。
現地人もほとんどはアラブ人とギリシャ人。
なんのことはない、ギリシャ人やフェニキア人が地中海を支配していたころと住民には大差がないのだ。

言われているように、ローマ教皇がノルマン人に命じて南イタリアやシチリアを征服させたのではなかったのではないか。
ノルマン人が自然と現地のギリシャ人やアラブ人と抗争しつつも宥和していって、
その支配者となった、というあたりが真実ではないか。
イスラム教国が急にキリスト教国に切り替わった、
というようなドラスティックなものではなかったはずだ。
どうようにそれは第一次十字軍で成立したイェルサレム王国やアンティオキア公国などでも同じだったはずだ。
のちのイベリア半島のレコンキスタも、実は徐々にイスラムからキリスト教に切り替わっただけではないのか。
オスマン帝国でもキリスト教徒とイスラム教徒が混在していた。
ヨーロッパ側からの史観では、そういう構図が見えにくい。

南イタリアはともかくとして、シチリアは、
ノルマン人が征服したが実質アラブ人の国であったと見ても不思議ではなく、
キリスト教国から見ると実際そのように見えただろう。
だから、神聖ローマ皇帝による十字軍が派遣されたりもした。

産業は、もっぱら海運、それから聖地巡礼などの観光業だっただろう。
聖地巡礼という風習がキリスト教にあったとは思えない。
もともとはイスラムの風習であって、
イスラムをまねてヨーロッパのキリスト教国がやるようになって、
海運にはアラブ人やノルマン人、ギリシャ人が得意であって、
特にノルマン人の勢力が地中海で伸張した結果、第一次十字軍という結果になった、
と考えるのが自然だ。
当時の地中海は今考えるよりはるかにアラブ人の勢力が強い。
アラブ人を統治できなくてはシチリアを統治することはできない。

イスラムがキリスト教徒の子供を捕まえてきて奴隷にした。
しかしイスラムでは奴隷は大切に扱われるから、
ムスリムとして育てて政治家や戦士にもなる。
それがマムルークである。

マムルークの逆もあったはずである。つまり、
もともとアラブ人であったが子供の頃にキリスト教徒に育てられて、
のちに戦士になったり、政治家になったりした者が。
マムルークほど有名ではない。
改宗者、などと呼ばれることもあるようだ。
しかし、マムルークと同じくらいにたくさんいたはずだ。
アデレードやロジェールの部下にはそういう連中がたくさんいたはず。
なぜ彼らがノルマン人に従ったのか、ということには注意しなくてはならない。