投稿者: | 2015年12月12日

実はこないだ久しぶりに中編くらいの小説を書いて新人賞に応募したのだが、これは落ちてもKDPで出す予定がない。
新人賞が取れれば多少恥をかいてもよいが、そうでないのなら人目にさらしたくはない、そういうものだからだ。

私の場合あまりネタを使い回すことはなく、一つのネタを使うとネタが貯まるまで時間がかかる。
通常複数のネタを組み合わせて一つの話を作る。
まあ、二年くらいあければなんらかのネタはたまってくるから、今後も完全オリジナルな小説は書けなくもなさそうな気がする。
しかし余り年を食うともう頭がぼけてくるから書かないほうが良いと思う。
耄碌した老人を、たくさん見てきた。彼らも60歳くらいまでならまあ普通だが、
それからだんだんあやしげになる。
たぶん自分もそうなるだろうと思うから、早めに書いておかなきゃならんなと思う。

私の場合、積極的にネタを拾いに行くことはできるかもしれん。
そう、根は非常に臆病者なので、天涯孤独ならできるかもしれんが、いろんなしがらみで動けない。
あと病気持ちなんで怖い。
旅行いくのも最近はおっくうになってしまった。
もっと若いうちにいろいろ旅行しておけばよかった。
熟年とか定年後によくみんな旅行にいこうと思うなって思う。

小説以外にもいろいろ書きたいものはあり、書き始めて、同時並行で下調べをしていて、
ものすごく大変だってことがわかって書けなくなる。
いろんなものが途中で放ってある。
これがまあ、必ず売れるとわかっていればやるんだろうが、これまで売れたためしがない。

ツイッターは便利だが、危険でもある。
ブログのほうが安全だなと思う。

> なぞかかる愚かなる世に生まれ来て今日また酒に酔ひてかも寝む

酔ってこういう感じの歌を詠んでそのまんまツイッターに書いて、翌朝忘れた頃にまた見て、びっくりするということがあった。
そういう危険な歌の詠み方をしてはいかんなと思う。
いったん紙とペンでメモるべきだ。

私はもともと理系だから理系の空気というものを身にまとっている。
文系の人は文系の空気を、芸術系の人は芸術系の空気をまとっている。
同族であるかどうかはその空気でわかる。
理系の人間が文芸出版の世界へ入っていくのはその空気を身にまとっていないのでかなり難しいと思う。
その、私から見ればなれ合いというか既得権益のようにしか思えないその空気をかき乱してやりたい気になる。
そしてますます入り込めずにいる。
だがまあ、文系の人間が文系の文芸を書くのは当たり前のことであり、
そこで世界が閉じていて面白いわけがない。
その世界の高度な専門性をもっていて敬服する人もいるのだが、
単に閉じこもっているだけとしか思えない人もいる。

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