雇用の未来

投稿者: | 2011年8月9日

某所に書いたことをこちらにも当たりさわりのない程度に書いてみようと想うのだが、
某ニュースによれば、今や就職戦線においては、生保や損保などが一番採用実績がよいとのこと。
おそらく「文系新卒」にとって高給・好待遇だということだろう。

生保や損保などはいずれもほとんど内需。
また、少子化の影響を、あたりまえだが受けにくい。というより、高齢化が進み団塊世代が大量に離職している今こそ、人材を大量に必要としている業界だということだ。
こういうところが新卒の最後の砦、最後の避難場所になっている、ということだろう。

逆に言えば、生保・損保は古き良き時代の旧態依然とした、新卒採用・年功序列の業態を残す最後の業界だということだろう。
生保・損保が業界内で転職したり、経験者を中途採用するなどというのはちと考えにくい。

世の中は、これから経験者の中途採用か契約社員の世界に移行していくだろう。
芸術系は昔からそうであり、理工系もそうなりつつあるのではないか。

電機メーカーはこれまで無駄に社員を抱え込んできた。
それにはいろんな理由があろう。
戦後、雇用を創出しようという社会正義的な意味もあっただろう。
会社が大きければ大きいほど競争力や影響力を持ちうるというスケールメリットもあっただろう。
社員やその知り合い、工場のある地域社会が、お得意さんとして直接的に消費を支えてくれるということもあったに違いない。

かつて会社や地方自治体は、単純労働から高度な知的労働まで、さまざまな職種を必要とし、雇用した。
さまざまな知的水準・教育レベルの人材を正社員として採用しても特に問題がなかった。
バブルの頃は単純労働の方が知的労働より儲かることが多かった。
スナックの一番良い席をドカチンが占領していたように。
しかし、今は、単純労働はいくらでも海外に発注したり移転したりできる。その方がずっと安くなる。
公共事業も無くなった。
国民全員に高度な教育を施して、単純労働を極力無くしていく、というのは、かなり無理がある。
必ず脱落者が出る。
日本のような先進国にもかつてそんな時代はなかった。
いや、いかなる国にもそんな時代はなかった。

電機メーカーは高度な技術力を持っていれば、正社員などそもそもそんなたくさんは必要ない。
正社員は少数精鋭。工場や労働者、市場は世界中に散らばっていて、社員は技術の他語学堪能で海外勤務が当たり前。
新卒は、必要ではあるが、以前ほどは採らない、要らない、ほんとに優秀な社員が少しいればよいということになる。
電機メーカーはエンジニアを中心とする本来あるべき姿に向かいつつあるだけだ。

生産者と消費者の間の中間的労働集約的職種は合理化、自由化、IT化の結果どんどん要らなくなる。
誰もがネットを通じて海外から直接個人輸入するようになれば商社も卸も小売も要らなくなる。
マスとしての消費者のために、ある種の専門家が代理で物品や情報を整理流通してやって、
その情報を参考にして消費するという形が崩壊しつつある。
その中間部分にこそ、これまで多くの新卒文系、つまりサラリーマンの雇用があったのだ。
人間と人間がヴァーチャルな世界を介在させずに直接商品やサービスを売り買いしていた。
当たり前のようだがこれからはそれは当たり前ではない。
これからは皆がサラリーマンではなく、生産者にならなければ食っていけない。

生保は今たまたま景気が良いだけだ。
20代前半で新卒だからと就職してもあと20年もすれば生保最大のお得意様の団塊の世代は急速に死に絶えていくから、生保にも冬の時代がくるだろう。そのときただ単に新卒だからと就職した連中はつぶしがきかず転職もできず、ひどい目にあうのに違いない。

これまでやたらと新卒を粗製濫造してきた大学、特に文系学部は、あと10年か20年後に、団塊の世代を顧客とする生保のような受け皿もなくなると、大打撃を受けるだろう。今の就職難はその序章に過ぎない。
誰もが自分の父親や母親のあとを追いかけていくが、そこ(いわゆるサラリーマン)にはもはや雇用は存在していない。
もっと違う人生を、早めに選択しておかないと、たいへんなことになる。
景気が良くなってももはや単なる新卒の就職が回復することはないのに違いない。

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