1984

1984を書き遺したジョージ・オーウェルという人は、大英帝国の末期に生きたイギリス人なわけだ。「ビルマの日々」「動物農園」などをあわせよんでみると彼の輪郭がだんだんはっきりしてくる。

殉教者を作ってはならない (one must not make martyrs.)。

これこそまさに大英帝国がその数百年にわたる帝国支配において、というより、キリスト教社会において、長い年月をかけて学んできたことだ。

キリスト教は「殉教者ビジネス」の先駆だ。教祖のイエスが殉教者の典型であったが、しかし、ユダヤ教の預言者にその前例がなかったわけではない。イエスがその殉教という演出方法を完成した。ほかの、例えばバラモン僧が自分で火あぶりになって死ぬみたいに、悟りや救済のために自発的に死を選ぶ「殉教」ではなくて、キリスト教の「殉教」は権力者による宗教弾圧とセットになっている。

宗教的弾圧を受けることによってより強固な共同体を作り出し、民衆、特に貧民を組織し、国家を侵食していって、やがて国教におさまって国家を乗っ取る。キリスト教とはそのような宗教である。

かつて日本にやってきた宣教師も弾圧され殉教した。ローマ法王は日本で殉教した宣教師を列聖することによって、日本にキリスト教の種を植え付けようとした(日本も爆心地の浦上天主堂をそのまま遺しておけば殉教のシンボルとすることができたのだが、建て替えてしまい、惜しいことをした)。殉教によって信仰がより強固になることを知った徳川幕府は、彼らを殺してしまってはいけないということに気付いた。改宗させるか、改宗しないまでも、生かして閉じ込めておくことにした。死ぬと殉教者になってしまい、信者たちの心の拠り所にされてしまうからだ。

20世紀には独裁国家が多数生まれ、殉教者もまた大量生産された。欧米の独裁者たちもまた、殉教者を自ら作り出さないように腐心した。独裁者たちは死に至らしめない肉体的拷問方法をたくさん編み出した。そしてもっとも巧妙なのは、反逆者らを精神的敗北者にしてしまうことだった。そのために一番効果的なのは、同志を告発させ、裏切らせ、転向させることだった。日本の「踏み絵」と良く似ている。「異端者」を「自由意志にもとづいて」「屈服させる」。「消極的な服従」にも、「至高の服従」にも満足しない。自分の最も愛する人を裏切り告発することで人は心が折れてしまい、反逆者として存在しなくなってしまう。これは反逆者を死刑に処すよりもずっと効果的なのだ。ということが 1984 に描かれている主題だ。

しかしながら、そうやって反逆者を消し去ったようにみえて、結局は、スターリンや毛沢東も、殉教者を完全に抹殺することはできなかった。無数の、無名の殉教者がいることを私たちは知っている。

殉教者を実数より少なくみせることも、逆に多くみせることも、殉教者ビジネスの一種だ。この「殉教者ビジネス」は今日でも「被害者ビジネス」「社会的弱者ビジネス」として健在なのは驚くべきことだ。イエスが自分で意図してこのビジネスモデルを発明したとすればおそるべき慧眼といえる。

アンプルフォースという詩人がキップリングの詩集を編纂していた。その詩の一つに、rod と韻を踏むために god という単語が出て来た。脚韻のために god を詩から削除することができず残した、それで思想警察に捕まってしまう、という話が出てくる。

君は考えたことがあるかね、イギリス詩の歴史は、全般的にいえば、英語が脚韻に乏しいという事実によって決定づけられていることを?(‘Has it ever occurred to you,’ he said, ‘that the whole history of English poetry has been determined by the fact that the English language lacks rhymes?’ )

「英語が脚韻に乏しい」よく見かける文句だが、これは 1984 が初出なのだろうか。どうもそうらしいのだが、だとするとずいぶん新しい。

ところで 1Q84 は 1984 に触発されて書かれたものであって、それゆえに 1984 を読み返す人が多いというのだが、それはどうだろうか。

ジョヴァンニ・バッティスタ・シドッティ

シドッティは白石に対し、従来の日本人が持っていた「宣教師が西洋諸国の日本侵略の尖兵である」という認識が誤りであるということを説明し、白石もそれを理解した。

いや、それはどうだろう。新井白石の著書から、そんなことが読み取れるだろうか。彼の認識は「我国厳に其教を禁ぜられし事、過防にはあらず」であろう。

白石は、問題をこじらせないためには、宣教師を本国に送り返すのが上策だし、でなきゃめんどうだが幽閉してしまえ。処刑するのは下策だ。転向させたり拷問することは無意味だ、と提言しているだけだ。国内的には一般人から隔離して「存在しない」ことにしてしまえばそれで足りる。対外的には迫害や殉教という事実がそもそも「存在しない」ことを示せば足りる。

世界から猫が消えたなら

どういう本が人によく読まれるのかということを知るために読んでみたのだけど、まあこのくらいあざとくないといけないんだろうなと思った。

悪魔と契約して「猫を消せなくて自分が消える」という、基本的なコンセプトはこれだけで、コンセプトがシンプルだというのも売れる本にとっては良いことなのだろう。ものごとは単純化したほうがよいこともある。

そして、飼い猫を消せなくて自分が消えることにしたということに、共感できる人には面白い本で、
それ以外の読者は捨ててる潔さもよい。

文体は、よくわからんのだが、これが村上春樹風というのだろうか。「文章が稚拙」というレビューもあったがそれは違うだろうと思う。「稚拙」にみせるテクニックはあるかもしれない。「あれ、これなら自分にも書けるんじゃないかな」と読者に思わせるくらいが親近感があって良いのかもしれない。中島敦とは正反対な戦略と言える。

神や悪魔については、これもこのくらいシンプルなほうが一般受けするのだろうが、私には絶対受け入れられないものだ。完全にステレオタイプ化され、ブラックボックス化されていて、そういうものだというのが前提で話が構築されているが、そうね、私の書くものはまず、そのブラックボックスを壊して開いてみるところから始まる。なので、こういう話の展開には決してならない。

猫がかわいい。家族や恋人は大事。友情は大切で、戦争は悪いこと。ここをまず疑い否定するところから近代文学は始まるのではないか(?)というのはたぶん私の思い込みなのだろう。前提がまず違っている。これを「感動的、人生哲学エンタテインメント」とうたっているところがもう不倶戴天な感じがする。

まともかくこういうのを喜んで読む読者というのがいて、そういう読者に本を買って読ませる業界というものがあるというのはなんとなく理解した。私が抱いていた「売れる本」というものに対する漠然とした疑問と不安を、明確に突きつけてくれた本、と言える。そう。こういう本を、私は書いてはいけない。というより、こういう本を否定するために、私は本を書かなくてはいけない。

さらに余計なことを書くと、この本の著者は、「「文系はこれから何をしたらいいのか?」この本は、理系コンプレックスを抱える文系男が、2年間にわたり理系のトップランナーたちと対話し続け、目から鱗を何枚も落としながら、視界を大きく開かせていった記録だ。」 というコンセプトで 『理系に学ぶ。』という本を書いているのだが、 この人は文系でも理系でもない。学問とは無縁な世界の人だと思う。学問と無縁な人を文系というのならアリかもしれないが。

機動戦士ガンダム THE Origin

「機動戦士ガンダム THE Origin」なんだが、comic-walker などで無料の試し読みが見れるので、読んでみたのだけど、これはねえ。安彦良和の悪いところが出てしまっているというか。「王道の狗」「虹色のトロツキー」なんかは好きで読んだけど、それとおなじノリをガンダムでやられると、正直つらいところがある。「麗島夢譚」的なノリというか。

フラウボウとアムロ、ミライとブライトの関係なんかも見ててはがゆい。

本人が描きたかったということもあるんだろうけど、描けば必ず売れるという計算もあっただろうと思う。安彦良和のオリジナル漫画なんてマニアック過ぎて誰も読まないからね。

国を救った数学少女

まあまあ面白い。 特に出だしのノンベコの話は面白いが、突然スウェーデン人の話に切り替わり、交互にストーリーが進展していく。まあそれも最初のうちは我慢して読んでいたが、だんだんに話が拡散して行く。鄧小平やブレジネフやカーターが出てくるあたりで飽きる。なんだ何でもアリのどたばたものかと。それが面白いと思える人には良いのかしれんが。私としては南アフリカ共和国の話で完結しててネルソン・マンデラが大統領になるあたりで終わってれば(そしてそういう歴史的経緯がきちんと描かれていれば)良かった。いろんなことつまみ食いなんかしたくなかった。

著者はスウェーデン人のようだがスウェーデンの話が特につまらない。中国人とかその他もろもろの話も一応最後で伏線回収されるのだが、いろんなことを書きすぎて、だんだんにネタバレしてきて、西洋人視点の支離滅裂なごたくが並べてあるだけに見えてくる。西洋人は帝国主義やら植民地支配やら人種差別を今は反省していると必死に言いつくろっているようで、逆にそれが嫌みに感じる。

まあともかく悪い本ではない。世の中の本がどれもこれくらい面白ければ退屈しのぎに困ることはないのにと思う。「火星の人」もそれなりに楽しめたし。こういうエンタメ系の小説で面白いのが、日本の作品にはまるでない。まるで思いつかない。

カーリルで検索してみても、所蔵館の多さにしても何にしても、比較的最近の本であるせいもあるのか、貸し出し中ばかりですべてにおいてすごい。

The Girl Who Saved the King of Sweden は普通に訳せば「スウェーデン王を救った少女」となるはずだが「国を救った数学少女」と訳したのはどうだろうか。どちらにしてもあまり話の内容を反映してないが、余計わからなくしているように思える。

ついでだが、「サハラ」という映画が少し面白かった。これまたタイトルからはまったく予想の付かない内容だった。雰囲気は「国を救った数学少女」に似ている。こういうのが流行っているのだろうか。いや、そんなはずはないが。

小林秀雄『本居宣長』

小林秀雄『本居宣長』をまたしても読むことにした。今度は徹底的に読むつもりだ。以前に書いたもの。「本居宣長」連載、小林秀雄 源氏物語、池田雅延氏 小林秀雄を語る。

小林秀雄は1902年生まれ。『本居宣長』は 1904年創刊の月刊の文芸雑誌『新潮』に、1965年から1976年まで、小林秀雄が63歳から74歳まで、64回連載された。隔月くらいの掲載だったのだろうか。これらに1977年、最終章を加筆し、50回にまとめて同年単行本として出版。小林秀雄 78歳。およそ10万部が売れた。さらにその後も『本居宣長補記』の連載を78歳(1980年)まで継続。1983年、小林秀雄没、80歳。ほとんど死ぬまで書き続けた、最晩年の長大作、と言って良い。効なり名を遂げ何を書いても許されるようになった大批評家が、晩年、やや耄碌した頃に書き綴ったよくわからないエッセイだと片付けることもできなくはない。というよりそういう評判の方がずっと多いと思う。また、小林秀雄という人は、戦前も戦後もまったく主義主張を変えなかった人であり、「反省しない人」とか「反省できない人」などとも言われた。その小林秀雄が、若い頃はフランス文芸の翻訳、或いはヨーロッパ芸術の評論などをやっていたが、晩年になって日本固有の「国学」に回帰しちゃった残念な人、というようにもとらえられよう。そういうもろもろが小林秀雄のファンの大半には気に入らないものと思われる。

64回+最終章がどのようにして50回になったかだが、たぶん何回か分をまとめたものがあるという程度のことで、知ったところでどうということはないかもしれない。64回分を1/3くらいに縮めて49回にしたわけだが、もともとがどれほど冗長な文章であったか、雑誌連載をリアルタイムで読んだ人(たとえば白洲正子など)が、それをどれほど退屈な思いで読んだだろうか、ご愁傷様、という気にもなる。

* 1 序章。折口信夫との問答。宣長の墓探訪。遺言書。自画像。14
* 2 遺言書続き、墓参、法事等。辞世の歌。「宣長の思想構造という抽象的怪物との悪闘」6
* 3 宣長の出自。少年時代。松坂の生家、生い立ち、家業。京都遊学。12
* 4 大平『恩頼図』。宣長が影響を受けた学者ら。京都時代の師・堀景山。12
* 5 儒学との関わり。孔子。10
* 6 契沖。13
* 7 契沖。水戸光圀。万葉代匠記。12
* 8 中江藤樹。15
* 9 伊藤仁斎。13
* 10 荻生徂徠。11
* 11 儒学まとめ。荒木田久老による宣長(の取り巻き)批判。12
* 12 あしわけ小舟。宣長の学問は真淵に入門する前にすでに方向性が決まっていたということ。7
* 13 もののあはれ。源氏。15
* 14 同上。17
* 15 同上。17
* 16 同上。12
* 17 源氏。契沖。秋成。真淵。17
* 18 源氏。15
* 19 真淵と契沖。真淵の万葉考、枕詞考、古事記研究をしたいと言って万葉研究を勧められる 16
* 20 宣長と真淵の書簡のやりとり、和歌添削。真淵の破門状。16
* 21 宣長と真淵の対立。16
* 22 万葉調批判。15
* 23 歌とは。語釈は緊要にあらず。15
* 24 源氏の読み方。9
* 25 大和魂 13
* 26 篤胤 12
* 27 業平、土佐日記。言霊、大和心、手弱女ぶり。15
* 28 古事記の文体。18
* 29 津田左右吉による宣長批判。14
* 30 古事記。主に序文。19
* 31 新井白石による古事記評価。14
* 32 荻生徂徠の影響。22
* 33 徂徠。直毘霊。漢意。15
* 34 雑記?10
* 35 雑記?13
* 36 和歌の本義。10
* 37 まごころ 13
* 38 雅の趣、迦微(カミ)。9
* 39 迦微 12
* 40 上田秋成との論争(日の神論争)。14
* 41 続き。13
* 42 続き。8
* 43 熊沢蕃山批判など。学者らしく、もっともらしく処理することの拒絶。「あやしさ」へのこだわり。14
* 44 晩年の真淵。10
* 45 荷田在満、田安宗武、真淵。古事記解釈。14
* 46 続き?13
* 47 続き?14
* 48 続き?「あやしさ」の処理。12
* 49 秋成との論争、再び。15
* 50 終章(1977年10月)24
* 江藤淳との対談(1977年12月)28
* 補記1 (1979年1-2月)
* 1 ソクラテスは神話を信じるかいなか。12
* 2 雑記 21
* 3 真暦考 21
* 補記2 (1980年2-6月)
* 1 13
* 2 17
* 3 16
* 4 19

最初の3章はある程度話の流れがあり、途中にも少し整理して書いているところもあるが、全体に調べたり思いついたりしたことをその順番に記していて、必ずしも一つのテーマで一つの章ができているのではない。特に補記などは、ソクラテスの話と真暦考には一応の流れがあるが、他は後から思いついたことを付け足した雑記になってしまっている。補記を執筆したときにはすでに相当高齢になっているので、論旨もものすごく錯綜しているように思われる。ただまあそれはそれとして辛抱して読んでみるかと思っている。

28回目以降は古事記の話題が中心になり、明らかにどうでも良いような神道教義の解釈うんぬんという話になり、29回目の「津田左右吉「記紀研究」の紹介など」からどうも明らかにテンションが下がりまくり、後はもうどうでも良い感じ。

という感想をかつて書いたわけだが、上田秋成との論争はそれなりに面白いし、神道教義の解釈うんぬんとか古事記伝についての話は以前感じてたほど多くはないなと思った。というより後半へ行くにつれて、雑記感がどんどん強くなっていく。前に言及し忘れていたことをつけたし付け足ししているのが見え見えであり、本来なら全部一度整理し直さなくちゃならないところをそのまま時系列につないであるようだ。だから、誰かが整理してあげるとよいのだろうが、誰がそんな仕事をわざわざ引き受けるだろうか。源氏物語についての箇所も一つにまとめてきちんと筋立てて論じれば面白いと思う。国文学の学生なんかがそういうのを論文にすれば良いと思うが、まあ、誰も注目してはくれないだろうな。

中江藤樹、伊藤仁斎、荻生徂徠なんかはいかにも余計だと思うけど、私もいろいろ調べていくうちに、白洲正子やら柳田国男やら佐佐木信綱のことも一応書いておきたくなるから、それは仕方のないことかもしれない。

文学部唯野教授4

p. 31

批評は小説を切りきざんで分析したりしちゃいけない。まずどっぷりと思う存分、詩的体験に身を浸しなさい。味わいなさい

『されば、緒の言は、その然云フ本の意を考へんよりは、古人の用ひたる所を、よく考へて、云々の言は、云々の意に、用ひたりといふことを、よく明らめ知るを、要とすべし』。原文密着主義。これはまあ宣長さんの言ったことだけど、小林秀雄の主張でもあるの。

p. 62

ヴィトゲンシュタインってひとは哲学でさえ、すべてのものを正確にあるがままの形で抛ったらかしにしておくものだと言ってるから、文学批評に対してもそう要求したんだろうね。この人もちょい本居宣長だね。

どうも筒井康隆は本居宣長を誤解しているのではないか。というところに昔も読んでて引っかかってたらしい 文学部唯野教授、文学部唯野教授2。それで調べてみたが、上の引用は『うひやまぶみ』からであった。

<ツ>語釈は緊要にあらず、語釈とは、もろもろの言の、然云フ本の意を考へて、釈(トク)をいふ、たとへば天(アメ)といふはいかなること、地(ツチ)といふはいかなることと、釈(ト)くたぐひ也、こは学者の、たれもまづしらまほしがることなれども、これにさのみ深く心をもちふべきにはあらず、こは大かたよき考へは出来がたきものにて、まづはいかなることとも、しりがたきわざなるが、しひてしらでも、事かくことなく、しりてもさのみ益なし、されば諸の言は、その然云フ本の意を考ヘんよりは、古人の用ひたる所をよく考へて、云々(シカシカ)の言は、云々の意に用ひたりといふことを、よく明らめ知るを、要とすべし、言の用ひたる意をしらでは、其所の文意聞えがたく、又みづから物を書クにも、言の用ひやうたがふこと也、然るを今の世古学の輩、ひたすら然云フ本の意をしらんことをのみ心がけて、用る意をば、なほざりにする故に、書をも解し誤り、みづからの歌文も、言の意用ひざまたがひて、あらぬ ひがこと多きぞかし、

ネットを検索して見ると誰もこの誤植(1990年2月20日第2刷)に気付いてない。

緒の言

ではない。これは

諸(もろもろ)の言(ことば)

でなくては意味が通じない。「緒言」だと「前書き」という意味しかない。

今の歴史的仮名遣いでは「用ひる」ではなくて「用ゐる」でなくてはならないが、宣長は生涯「用ひる」だと思っていたようだ(というのは『うひやまぶみ』は晩年に書かれたものだから)。

宣長は、古文書に出てくる単語の語義とか語源は何かなどということをいちいち考えても意味が無い。学者はみなそれを知ろうと思うが(学者の、誰もまづ知らまほしがることなれども)、そんなことをいくら考えてみてもムダだ(さのみ深く心を用ふべきにはあらず)、いくら考えようが大して良い思いつきなど出てこないし(大かたよき考へは出来がたきものにて、まづはいかなることとも、知りがたきわざなるが)、わざわざ知る必要もなく(強ひて知らでも、事欠くことなく)、たとえわかったとしても大したことはない(知りてもさのみ益なし)、その代わりそういう単語が、昔の人たちがどういう文脈でどんな場面で使われているかという事例を調べなさい。用例を良く調査しなければ(言の用ひたる意を知らでは)、意味も誤解するし、間違った使い方をするのだ、と言っている。これはつまり古文辞学的なアプローチをせよと言っているだけである。儒者であれば荻生徂徠、国学者ならば契沖が、江戸初期からやっているがもともとは明代の中国で生まれた方法だ。

『文学部唯野教授』の第7講「記号論」のソシュールの話と瓜二つなわけで、

「ネコ」が「ヤギ」でも「タコ」でも「ハコ」でもない「ネコ」だからです。混同されやすい他の言語(ラング)と混同されない限り、どんな発音やアクセントでも「ネコ」は猫なの。

猫がどんなものかを(子供に)教えるには犬や豚や鼠などとの差異を教えなきゃならないの。

これを「原文密着主義」というのはどうだろう。宣長は「語釈は緊要にあらず(語義そのものは重大な問題ではない)」と言ってるに過ぎないではないか。少なくとも「切りきざんで分析したりしちゃいけない」「まずどっぷりと思う存分、詩的体験に身を浸しなさい。味わいなさい」「すべてのものを正確にあるがままの形で抛ったらかしにしておく」なんてことは言ってない。小林秀雄はそういうことを言いそうだが、彼は宣長については正確に理解していると思うし、そういうつもりで引用したんじゃないと思うんだ。なんとなくだが筒井康隆は国文学について何か屈折した心情があるように思う。

「お女中お女中」唯野が声をかける。「いかが召された」「はいあの持病の癪が」「国文科の学生らしい」唯野は蟇目とうなずきあう。

とか

密告ったのは誰だ。マスコミに出る機会の少い国文学科の誰かであろう。

文学部唯野教授3

『文学部唯野教授』を読み返してみようと思ったのは、 『短編小説講義』を読んでみて、すごくわかりやすかったからだ。 やはり筒井康隆という人は他の人に比べるとはるかに深く良く理解しており、 またわかりやすく説明できる人だなと思った。 『文学部唯野教授』は面白いは面白いのだが、大学での講義形式になっている文芸理論、 というより文芸批評理論、というより哲学談義が何言ってるかよくわからなくて、 その部分はめんどくさくて退屈で飛ばして読んでいた。

同じ文学と言っても、文芸と哲学。 不思議なことに、日本には哲学が好きな人が多くて文芸はあまり書く人がいない。 つまり、ハイデッガーとかサルトルとかを書くのが好きな人のほうが、 ゲーテやハイネなんかを書く人よりずっと多い。 私はずっと哲学には苦手意識というか、あんなもの何になるんだという気持ちが強かった。

『文学部唯野教授』と『短編小説講義』は同じ時期に平行して構想され執筆されたものであり、 内容も似通っている。 だから『短編小説講義』を読んでから『唯野教授』を読むと、 『唯野教授』だけではよくわからなかったところがわかったり、 あるいは共通する言い回しが出て来てより深く理解できたりする。

たとえば『短編小説講義』でマーク・トゥエインの『頭突き羊の物語』が、 「話の横滑り」のギャグでできていると書かれているが、 この「横滑り」という言葉が『唯野教授』にも何度も出てくる。 だから「横滑り」という言葉が出てくるたびにああ、 あのマーク・トゥエインの羊の話を念頭にこの言葉を使ってるんだなって思えるのだ。

唯野教授の講義だが、これはハイデッガーの話が分かれば後は大して難しくないってことが今回わかった。 ハイデッガーが難しいっていうのはつまり彼の言っていることが単なる同義語反復、 つまりトートロジーに見えるからだ。 たとえば「目の前に現実に存在しているものが現存在であり実存である」、 「現存在の存在規定は、我々が世界内存在と名づける存在体制をもとに、アプリオリに看取され、了解されなくてはならない」 などという言い方であり、 だからそれが何だ、そんなものが哲学ならば哲学なんて何の役に立つのだ、と思って、 それ以上ハイデッガーを読もうとも、哲学というものを理解しようとも思えなくなってしまう。

ハイデッガーだけを読んでいればどうしてもそうなるのだが、 ハイデッガーの師匠のフッサールという人と対比させてみると、 ハイデッガーの言っていることは良くわかる。 フッサールという人はそんなふざけた、トートロジー的なことは言ってない。 ただ、デカルトが言うような「意識」は存在しない。 自分が意識していると意識するような意識なんてものすら不要である。 確かなものは何もないのだから「判断中止」しろという。 判断中止してしまえば何もわからないはずなのだが、 フッサールはそこから「純粋意識」とか「超越論的主観性」とか「先験的主観」なんてものがあるなんてことを言い出す。 「判断中止」までは理解できるがそこから先が宗教になってしまってる。 ハイデッガーはそれはいかんよと言いたいわけだ。 人間の存在とはただ自然と対話することとか、いずれ死ぬという時間の中にいる存在だと言ってるだけ。 自分の死を直視しましょう、常に自分を未来に投げ込みましょう、 そして人間という存在は決して完成しない、などと言っている。

で、『文学部唯野教授』はフッサールの回までをめんどくさがらずに読んで、 フッサールの次のハイデッガーの回を丁寧に読めばそんなに難しいことは言ってない。 ハイデッガーを越えれば後は楽だ。 しかし飛ばし読みしてるとなんだかよくわからないということになる。 ともかくもハイデッガーについての筒井康隆の説明は非常にわかりやすい。

そんでまあ現代文芸批評はポスト構造主義とかいうところまで来たと言っているわけだが、 私が見るに、 文学も文芸批評も、近代科学の影響をうけて、 印象批評や、 宗教や哲学やイデオロギーから自由になろうとし、科学になろうとした。 いや、文学や哲学は、科学よりもさらに根源的な学問でなければならない。 つまり科学的技法というものに嫉妬して、科学を模倣し科学を超えようとした。 科学的に分析できる、 科学以上に厳密に根源的に分析しなくてはならないと考えた。 しかしその悪戦苦闘のすえ、文芸は、小説というものは著者がいて読者がいて、 その関係で美的価値が生まれるものであり、 科学的には解釈できないから科学ではない、というのが結論、というか、 筒井康隆がたどりついた独自の文芸理論なんだと思う。

文学は批評家がわざわざ脱構築してやる必要はなくて、なぜかというと文学は初めっから自分をディスコンストラクトしているからだし、それどこかディスコンストラクションのやりかたについて自分でぶちまけたりもしてるからなんだそうです。

文学はそもそも構築されていないから脱構築する必要すらない。 文学は科学的に分析できる、自然科学になれる、 自然科学を超えるなにか根源的な学問たり得る、 っていうのが最終目標だってことがそもそも間違っていたというのが結論であり、 まあ至極当然なポストモダン的な帰着だわな。 自然科学やら数学だって、何か根源的な学問たりえるわけではない。

たいていの現代思想の本はそういう結論で締めくくっている。 哲学とか科学とか宗教というものが何か究極の解決策であるかもしれないという考え方自体が、 大いなる錯覚だった。 わからんものはわからん。

でもまあこれって宣長がとっくの昔に言ってることと同じだと思う。 「文学とは何の役にも立たないものだ」「文学は文学であって、その他の宗教や政治や道徳で判断してもダメだ」ってことでしょう。

小林秀雄の芸

白洲正子「花にもの思う春」p.64

小林秀雄には「飴のやうにのびた時間」「一枚の木の葉も、月を隠すに足りる様なものか」といった、一言でずばりと真髄を貫く言葉があり、愛読者はみな空で覚えたものなのに、
「本居宣長」にはそんなものは一つもない。「批評をすることなど、考えてもいない」、ある学者は「今度の作品にはまるで発見がない」、また別の学者は「あんなものは作文に過ぎない」とけなしたというのである。

白洲正子は小林秀雄にむかって、「本居宣長」は以前の作品とは違っている、読んでいるあいだは面白いけれども、読み終わると全部忘れてしまう、何が書いてあるのか一つも思い出せないのが不思議である、などと言ったらしい。それにこたえて小林秀雄は「そういうふうに読んでくれればいいんだよ。それが芸というものだ」と。

私もまったく「本居宣長」と、それ以前の小林秀雄の著作とは違うと思っていた。ただし白洲正子や小林秀雄の愛読者や学者らとは正反対の意味でだ。「本居宣長」は小林秀雄が書いたものの中では私には一番わかりやすく、ぐんぐん頭に入ってくる。それ以前のものと同じ著者とは思えないくらいだ。私に言わせれば、「飴のやうにのびた時間」なんてのは何の意味もない、理解不能な言語にすぎない。世阿弥を評して「美しい花がある、花の美しさがあるのではない」というのもわかるようでわからない、というより批評でも何でもない、ただの言葉遊びのように思える。

「本居宣長」で小林秀雄は歌人宣長を発見している。宣長は自分を歌人だと思っているし、小林秀雄もそこに気付いたのだが、普通の人は宣長が歌人だとは思わないし、小林秀雄にいくら丁寧に説明されても理解できないのだ。

世間では国学者は神道家かなんかだと思っている。宣長がたくさん歌を詠んだことは知識として知っていても、また歌とはなにかについて何度も繰り返し繰り返し彼が書いていても、そのことが重要だとは思えない。宣長はへたくそなくせにたくさん歌を詠んだものだ、契沖に似てる、くらいのことしか感じない。

国学者とはまず第一に歌学者であり、歌人でなくてはならない。小林秀雄は明らかにそのことに気づいていた。後半、グダグダ書いた「古事記伝」の箇所は宣長の神道家としての説明であって、私にはここは退屈だ。たぶんここでは小林秀雄は昔の小林秀雄に戻ってしまったのだ。

小林秀雄は読者が自分の書いたものを理解しているとはまったく思ってなかった。そんなことは期待してなかった。めんどくさいので説明する気がなかったというべきか。たぶん説明すればするほど理解してもらえないとでも思ってたか。もっと詳しく丁寧に説明するには原稿料が足りないと考えたか。

ともかく「本居宣長」以外の小林秀雄の著作が私にはちんぷんかんぷんな理由を白洲正子に教えてもらった気がした。

日本に学者はいなかった

丸谷才一「文学のレッスン」のp152に「日本に学者はいなかった」という章がある。非常に困惑する章題なのだが、本文を読んでみると、「近代日本文学では学問が軽蔑されていた」、とか、「小林秀雄は明治憲法で中村光夫は現行憲法だ」などと書いている。

小林秀雄は気持ちの良い歯切れの良い文体だがしかし何を言っているのかさっぱりわからない。

中村光夫の文章にはそういう爽快さがないけれど内容を伝達する能力は高い。

で、世の中の人は小林秀雄みたいな人を優れた批評家だと思い込んでしまったので、批評は訳がわからなくてよい、みたいな話になっている。訳がわかる評論とは論文であって評論ではない、そういうものは学者が書けば済む話だ、というわけだ。

いやまあ言いたいことはわかる。小林秀雄は朦朧体みたいなもので、至る所かすんでいる。でもときどきすごく論理的でほかのどの論文よりも明晰で説得力があるところがある。そういう意味ではフロイトに似ている。でも論文じゃないんだな。そこが天才的なところだわな、他人にはまねできない、学者にはそういう仕事はできない、という意味で。小室直樹もそれに近いかもしれんね。小室直樹は(一応)学者だけどね。

「日本に学者がいなかった」なんてどこにも書いてない。困った表題だ。

一緡の青蚨

一緡(いちびん、もしくは、ひとさし)の青蚨(せいふ)、と読む。穴の開いた銅銭に通して百銭、または千文単位で結ぶひもが緡。青蚨とは銭のこと。一緡の青蚨とはつまり、ひとまとめにした銅貨のことを言う、らしい。銭緡(ぜにさし)、銅貨一緡、青蚨半緡などとも。

青蚨は青鳧とも書く。蚨は水棲の虫で蝉に似るという。鳧はケリという鳥。

青蚨がなぜ銅銭なのか。よくわからない。

南方有虫名敦禺、一名則蜀、又名青蚨,形似蝉而稍大,味辛美,可食。

南方に敦禺(とんぐう)、あるいは則蜀(そくしょく)、または青蚨(せいふ)という名の虫がいる。形は蝉に似ているがやや大きい。辛いが美味で、食べられる。

生子必依草叶,大如蚕子。

卵は必ず草の葉に付き、育つと蚕のようになる。

取其子,母即飛来,不以遠近。

その幼虫を取ると、母は遠近にかかわらずすぐに飛んでくる。

雖潜取其子,母必知処。

こっそりその子を取っても、母は必ずどこかわかる。

以母血塗銭八十一文,以子血塗銭八十一文,毎市物,或先用母銭,或先用子銭,皆復飛帰,輪転無已,名曰「青蚨還銭」。

母の血で八十一文の銭に塗り、子の血で八十一文の銭に塗る。市場で売り買いするとき、母の銭から先に使っても、子の銭から先に使っても、皆まだ再び返ってきて、繰り返し終わることがない。そこで「青蚨還銭」という名がついた。

由此,古之銅銭常以「青蚨」或「蚨钱」代指。

そこで「淮南子・万華術」では、昔の銅銭を代わりに「青蚨」或いは「蚨銭」という。

らしいですよ。なぜ81文で束にするのだろう。9×9=81というつもりだろうか。

子母銭ともいうらしい。「青蚨術」。ま、要するに、ただの銅銭ではなくて、一つづりになった銅銭の束、ということであろう。

捜神記というものに書かれているらしい。