亦不知其所終 田中久三 aka 田中紀峰のサイト。

Archive for 7月, 2013

女系

07.31.2013 · Posted in 雑感

えっと、あまり口出しするつもりはないのだけど、 いろんなところですでに書いていることを要約すると、 継体天皇とか天武天皇とか天智天皇の頃の皇統というのは、 あまりに古すぎて、今の男系・女系の議論には絡めるべきではないと思う。 古くて不確実すぎて参考にならない。 天武天皇以後の議論をすべきだと思う。

で、藤原氏は天皇家の外祖父になることができたから、権力を握ったのだけど、 もし天皇家が女系でもよいとなれば、 女性天皇の夫が藤原氏でその子供がすぐに天皇に即位できることになる。 藤原氏でもなくてもいいんだが、すごい野心家の男がいて、 勝手に天皇を内親王に譲位させて自分がその天皇と結婚して、 数ヶ月後には子供が生まれて、ただちにその子供に譲位させれば、あっという間に天皇家を乗っ取ってしまうことができる。

ところが、天皇が男系であれば、 平清盛みたいに自分の娘を入内させて、 息子が生まれたら譲位させて、とかいう面倒な手順を踏まなくてはならず、 清盛が死んだときにはまだ天皇は幼少で、結局平氏一門による権力の継承はできなかった。

同じことは、天皇家と徳川家の関係にもいえる。 つまり、天皇家と武家の関係、 言い換えると王家と庶民の関係は、男系によって守られてきたのであり、 守られたというよりは、一定の距離を保ちつつ進展してきたのであって、 もし女系でもよいとなれば、皇統というものはもっと混乱しただろう。 南北朝ですらあんなに混乱したのだから、 万世一系とか悠長に構えている場合ではない。

頼朝と北条氏の関係を見てもわかるように外戚が力を持ちすぎるのは良くない。 中国の歴史でもそう。 天皇家が今日まで存続していた大きな理由は男系だったからかもしれない。

それでまあ今は女性天皇と野心のある男性が結婚して権力を握るなんてことはできようもないから、 女系でもいいんじゃないのかという議論ならまだわかるが、 男系というものの歴史的な意味というのをわかった上での議論ならまだ良いが、 天武天皇と天智天皇がどうのこうのとか言ってるレベルではとても議論が尽くされたとは思えない。

それから、王家と王家の婚姻というのもかなり問題があって、 東アジアには天皇家以外今は王家はなくなってしまったが、欧州にはまだたくさんいる。 王国はなくなっても王家は存続している。 欧州の王家が女系もありというのは、スペイン継承戦争とかなんとかかんとか見るとよい。 それなりにリスクがある。 イギリス王の継承順位とかみるととてつもなくたいへんなことになっていて、 オーストリアのハプスブルク家の子孫がイギリス王に返り咲いてもおかしくない。 そういう可能性まで含めて議論しているのか。 まったくあり得ない話ではないが、イギリス王子が天皇家の内親王と結婚して、 その内親王が即位すれば、イギリス王家にも天皇家の継承順位が回ってくるのである。

現在のイギリス王室はウィンザー朝だが、 天皇が日本国の君主だとして(欧州的な表現をすれば、日本という国の相続権を持つとして)、ウィンザー家がイングランド王と天皇を兼ねれば、 日本とイギリスは同君連合、もしくは日本は大英帝国の一邦(オーストラリアやニュージーランドがイギリス王を国家元首とするように)、 になってしまう、可能性もある。 男系であればそういう問題は回避される。 というか、王位継承順位に男子優先というのはイギリス王家にもあるので、 単純に欧州は女系もありね、とは言えない。

現時点では議論が不十分だ。

戦後の混乱期に皇籍離脱した宮家を復活させることで男系が維持できるのであれば、 この問題はもう少し未来に持ち越して「継続審議」とするべきではないかと思う。

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新聞

07.30.2013 · Posted in 雑感

新聞って、 私が高校生の頃からすごく偏ってた印象があるんだが、 高校教師とかもだいたい同じ辺りにいて、 日教組とかで、 そうすると周りの文学少年とかの立ち位置もだいたいそのへんなんだが、 まあ、昔はそういう読者が多いから新聞もそういうマーケティングをしてたんだと、 今はそう思う。 新聞が大衆をひっぱっていってたというよりかは。 両方かな。

で、一度そういう路線で突っ走っちゃうと、 よーし、俺んとこはあそこよりもっと左にいくぞーとかよくわからん競争になる。 うちはもっと謝罪しますよとか。 うちは土下座しますよとか。 死んでお詫びしますとか。 一億総懺悔とか。

新聞勧誘するときも、 うちはあそことかあそこよりずっといっちゃってますから、とかいうと、 極端が好きなひとというのは割といるから、ていうか宣伝しやすいし買う側もわかりやすいから、 じゃあとりましょうと。

うちはあそこよりももっとマイナスイオン出しますよー、とかと同じで。

そういうことを何十年も続けてしまうと、 読者がどんどん離れていっても編集部の人間は戻って来れない。 もともとマーケティングで始めたものがアイデンティティになっちゃって、 修正がきかない。 地方新聞ほどその傾向が強いと思う。 コミュニティが小さいから、注意してくれる人もいなきゃ、注意されても聞きやしない。

大手なんかだと案外日和見して、いやうちは昔から右でしたとか言い出す。

ていうかまあいろんな理由で仕方なく新聞読むのやめちゃって、 産経しか読む新聞がなくなって、未だに産経読んでる。

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特務内親王遼子

07.29.2013 · Posted in 小説

特務内親王遼子 PDF無料版

kdp始めて半年ばかりが経って、 小説を11個も出してみると、 だいたいの傾向がわかってくる。

『エウメネス』はなぜかほっといても勝手に売れる(そんなたくさんではないが)。 これはまあわかるんだが、 それ以外のも何かの無料キャンペーンのついでにぽつぽつ売れたりする。 どうもカスタマーレビュー読んで買ってみる気になるらしいと思われる。 『エウメネス』みたいのをもう少し書いて、 そのうち当たるのが出ると良いのだけど。 まあ、量は必要ってことなのかもしれん。

カスタマーレビューは、長いものにはつきにくい。 明らかにつきにくい。 無料キャンペーンで配布しても、たぶん最後まで読まずにほっとかれてしまう。 カスタマーレビューというものは一気に完読してその勢いで書くものではなかろうか。

長編が読まれていないというわけでは無いと思う。 長編を読み終わったころにはカスタマーレビューを書こうという衝動がもはや失われているのだと思う。

それでまあ、私としては、短編の、さっと読めるようなやつを、いくつか無料で出版して、 気に入った人がついでに他の小説も買ってくれる、 という、いわば「ブラよろ式」の戦略をとればよいのではなかろうかと思うのだが、 kdp は基本的に無料出版を認めていない。

「ブラよろ」はいわゆるプライスマッチというやつで、 他のサイトで無料で売られていればkdpでも同じ値引きをして無料になる、という仕組みだが、 じゃあパブーかどこかのサイトで無料公開していればkdpでも自動的に無料になるかというと、 そういうわけでもなさそうだ。 胴元の amazon としてはそりゃただ無料で配布はしたくない。 youtube だと収益化しなくても動画をアップすることができるし、 非公開にもできる。 パブーだって無料にしたり有料にしたり非公開にしたりできる。 kdp ではそういう自由度はない。

じゃまあ昔のようにまたパブーで公開しようかとも思うのだが、 パブーのHTMLとかepubのクオリティがあまり好きではない。 実を言えば、kindleのクオリティもそれほど好きなわけではない。 そんでまあ、kdp がベストだが、 自分のサイトでPDFで無料配布しようと思い立つ。 『特務内親王遼子』だが、 これはもう、 さらっと読めてラノベ風のイラストも入れて無料でいくらでも転載、再配布できる(もちろん著作権放棄したつもりはない)、 これ読んでもらって面白いと思ってもらってkindle本も買ってみようかなと思ってもらえればそれでOK。 内容も、オリジナルっちゃオリジナルなんだが、 これまでに書いたもののおいしいところだけつまみ食いしたようなものであり、 『西行秘伝』 みたいに一から渾身の力こめて書いたもんじゃない。

これをkdpで出せないもう一つの理由は、 商用利用が禁じられているソフトで3DCG作ってるから。 つまりイラストの問題。 んで、じゃイラストを商用利用可能なソフトで作ればそれでいいかというと、 悪くはないが値段を付けて売らなきゃならんから、販促にはあまり役に立たないと思うのよね。

非常に困っている。

kdpの著者紹介ページから直接リンクはれるといいのだが、 プレインテキストしか書けないんだわ。

とりあえず宣伝代わりにいくつか旧作を無料キャンペーンしておいた。 無料キャンペーンの継続期間をもっと延ばしてくれれば実質無料配布にできるんだがねー。 いろいろ制約あるわな。 よく考えてあるというべきか。

あと、最低価格の99円にするか、 印税70%の最低価格250円にするか、ってことにはあまり意味はないように思う。 250円を99円にしたからと言って買う人がいるだろうか。 面白ければどちらも大差ないと思うのだが。

kdpやってると自然とビジネスモデルとはー、なんて考え方になるよね。 五年前にはまったく考えもしなかった、そんなこと。

あと、『特務内親王遼子』は、わざと時代考証とかむちゃくちゃにしてあるんだけど、 それはまあ近代東アジアものやら軍事物をそのまんま書くといろいろ差し障りがあるから、 これはまったくのフィクションで登場人物や団体は実在のものと関係ありませんよというジェスチャーなわけです。 そんなこと言われなくてもわかるか。 ファンタジーだと思って読んでもらえればいい。 あと、短編なんで、伏線とか登場人物の裏設定とか全部書き切ってない。 それはそれということで。

結論としては、 「だから日本じゃ漫画かラノベしか売れないんだってば」というありきたりの話になる。

マンガかラノベならレスポンスが返ってきやすい。すぐ返ってくる。 レスポンスが返ると連鎖反応が起きやすい。 結果、売れることもあるかもしれん。 しかしその反応は発作的なものにすぎないと思うが。

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rubytterが死んでた

07.29.2013 · Posted in 雑感

ふと、ohomiuta が 6月12日で止まっているのを発見して、 調べてみたら rubytter が Rubytter::APIError とかいうエラーを出している。 OAuth認証には対応しているんだが、なんか不具合があるようだ。 tokinokane_bot は 6月10日頃までに rubytter を使わずに一から作り直したものだったので、 たまたま大丈夫だったようだ。

めんどくさいな。 直すか。 そのうち直そう。

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有権者の意識

07.22.2013 · Posted in 雑感

選挙ネタ に関しては昔書いたことと今思うことは何も変わってないから、繰り返さないが、

山本太郎とかワタミについてもどうかなとは思うんだが、撰ばれたのは仕方ない。

ようは支持者が多い。

あと東京は定員多いから、実質小選挙区ではなく中選挙区になっている。 そうすると昔ながらの左翼がわきやすい。 繰り返さないといっておきながらなんだが、 小選挙区でかつ政権が短い周期で振動しないのがよい、 というのが私の考えだ。 政策というのは、民意を反映して政治システムが作り出すものだと思うから、 いちいちこういう候補者がいるから落としたいとか当選させたいとか言っても無駄じゃないの。

ワタミだって客が入っているからもうかっているわけで、 儲かってるということは、あんまり声は聞こえてこないが支持する人がいるということだろう。

私はだいたい個人経営の居酒屋にしかいかない。 チェーンだと、養老の滝か天狗にいくくらいだ。 ワタミにも行ったことあるが若者が群れている。彼らもまた有権者なわけだが。 もしかしたら中年もいたかもしれん。よく覚えてない。

でまあ、某アパレル小売りの社長とワタミの社長とどのくらい違うのだろうかと思うが、 どっちも価格破壊でワンマンなのは同じなのに、 某アパレルのほうは安いからと喜んで利用するくせに、 ワタミのほうはさんざんにこき下ろす、というのは、自己矛盾してると思うんですけど、 そういう認識がないのが有権者というものなのだろうなと思った。

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平忠盛

07.16.2013 · Posted in 歴史

鳥羽院は、和歌だけでなく、芸能全般に興味がなかったっぽいな。

待賢門院は、芸者そのものであったから、鳥羽天皇は困っただろう。

白河院の寵妃・祇園女御に鮮鳥を献上し、父に続いてこの女御に仕えた。

平正盛、忠盛が親子で祇園女御に仕えたと。

鳥羽天皇に入内した藤原璋子(待賢門院)の政所別当となる。

璋子は祇園女御の養女で、しかも清盛は祇園女御の妹の子、とある。

祇園女御の妹、といっても、遊女であれば、実の妹ではないかもしれない。 祇園女御に仕えつつ、その妹分の女を妾にもった、というような意味か。

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待賢門院・藤原璋子

07.15.2013 · Posted in 歴史

待賢門院・藤原璋子だが、この人はかなりおかしい。

父・藤原公実が七歳の時に亡くなって、 白河天皇と祇園女御の養女になる。 なぜ? なぜ公家の娘が天皇と愛妾の養子にならねばならぬ。

母は左中弁・藤原隆方の女で堀河・鳥羽両代の乳母・光子。 どうも白河院と光子の関係があやしい。 璋子は白河院と光子の子ではないのか。

だが、待賢門院を鳥羽天皇に入内させると、二人は兄妹どうしの結婚となる。 いくらなんでもそんなことはしないだろう、親として。 とすれば、 璋子は公実と祇園女御の間の子だったのではなかろうか、と思えてくる。 1107年、公実が死んだあと公実の愛人だった祇園女御を白河院がひきとった、と。

長治2年(1105年)、祇園社の南東に堂を建立して、丈六阿弥陀仏を安置し金銀珠玉で飾り立てるなど「天下美麗過差」の様は人々の耳目を驚かせたという(『中右記』)

うーん。 公実が死ぬまえから、白河院の愛人だったっぽくもあるな、祇園女御。 まあ、どちらでもよい。 丈六は一丈六尺、約4.85メートルというからかなりでかい阿弥陀如来像だわな。 どこからそんな金が。 パトロンがいたわけだが、それは誰であったか。

待賢門院のサロンにはたくさん女流歌人がいる。 女流歌人と言えば聞こえはいいが、父は公家でも母が不詳。 つまりは公家の妾、おそらくは祇園の遊女。

待賢門院と鳥羽天皇の子が上西門院。 彼女は母親のサロンをそのまま引き継いだ。 やはり女流歌人が多い。

後白河天皇が今様狂いなのは、まず間違いなく母・待賢門院の影響だろう。 後白河天皇が特別変異なのではない。 崇徳院も待賢門院の子だが、早い時期に天皇に即位して母と別居したから、影響が少ないのだろうと思う。 後白河は部屋住みのまま待賢門院の影響を受け続けた。 スーパー英才教育を受けた。 待賢門院もまた七歳から祇園女御の元でスーパー英才教育を受けた。

鳥羽天皇は父・白河院と違い、割とかたぶつだったと思う。 高陽院も美福門院もたぶんかたぶつだったと思う。 父親も公家、母親も公家、息子も娘も公家、というようなちゃんとした家庭に生まれ育った連中を好んだと思う。 というより、そういう摂関家の連中に好かれた人なのだと思う、鳥羽院は。 白河院は、もっと自由人で遊び人だった。遊ぶときは尊卑を問わず的な。

待賢門院と美福門院はまったく両極端の女性であった、と思う。

鳥羽天皇は、父白河院のような、うわっついた、ちゃらちゃらした宮廷が嫌いだったのだろう。 だれが父親でだれが母親かもわからんような世界。きもちわるい。 だから、全とっかえしたかった。 それで美福門院の子・近衛天皇をかわいがった。 のではなかろうか。

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保元新政

07.13.2013 · Posted in 歴史

姝子内親王

7月2日、鳥羽法皇が崩御する。直後に起こった保元の乱で崇徳上皇は配流となり、後白河帝・守仁親王の体制が確立した。信西が政治の主導権を握り、保元新制・記録所の設置・内裏再建などの国政改革を推進する。

とある。 保元の乱の後、信西が、荘園整理、内裏再建などの政策を行ったことになっているのだが、 これは守仁親王が即位して二条天皇となり、後白河院の院政を停止して、親政を開始してから、 本格的に行われるようになったものだと思っていたのだが、 鳥羽院崩御後、 ただちに動き出したということは、 白河・鳥羽院政時代の政治を否定しようという動きが、公卿の中であった、という証拠なのではなかろうか。

また、

保元2年(1157年)正月23日、姝子内親王は准三宮となり、10月8日、再建された大内裏に後白河帝・守仁親王・忻子・統子内親王とともに移った。

とあるが、この大内裏というのは、のちに二条天皇が内裏とした土御門東洞院殿のことなのではなかろうか。

土御門東洞院殿は藤原泰子の所領であったが、1156年に死んだあと、 藤原邦綱の邸宅となった、とあり、時系列的にうまく説明ができるのである。 藤原邦綱の娘は六条院の乳母となったとあり、 ということは二条天皇が同居していた可能性が高い。

つまり、信西と藤原邦綱は、里内裏とか荘園などに基づく白河院や鳥羽院の中世的院政を否定して、 律令的な天皇親政を目指そうとしたということであり、 それは後三条天皇時代の政治に回帰しようとしたことを意味しよう。

信西は1159年の平治の乱で失脚したが、 保元新政は二条天皇の閣僚となって継承されることになったのだろう。

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西行秘伝

07.12.2013 · Posted in 歴史

『西行秘伝』そろそろ無料キャンペーンでもやろうかと思うのだが、 なかなかfixしない。 調べてみるといろんなことがわかってきて、 筋書きもどんどん変わってしまう。

二条天皇の養母・美福門院が1160年に死んだとき、二条天皇はまだ満で17歳だったから、 美福門院の娘、八条院暲子内親王が准母となって世話をした。 というよりか、二条天皇は美福門院の八条邸で元服し、そのままここを御所として、 美福門院が死んでからも八条邸に住み続けたから、そこの持ち主である八条院が二条天皇の保護者となった、ということだ。

八条院は今の京都駅南口辺りにあったようだ。

清盛の西八条第はそのすぐ近くにある。

鬼が住むと言われた羅城門は九条にある。すぐ近くだったはずだ。

ここらがどのくらい洛内であったのかが謎だ。

白河院から鳥羽院へ相続された所領のほとんどは美福門院が相続してしまい、それを八条院がまるごと相続した。 八条院領の興りであるが、 これはつまり、白河院に始まり美福門院が完成させた、国家の私物化、その象徴のようなものだろう。

日本社会が複雑になってくると天皇が公卿や武家からなる官僚組織を操縦することがむずかしくなる。 舵を切ろうとしても舵が重すぎて動かない。 後三条天皇の頃までは力尽くで舵取りをしようとしていたが、 白河院の代であきらめた。 藤原氏は肥大化していたが、官僚組織は社会構造に比べて相対的に非力化し、腐敗もしていった。 それを補完したのが武家だ。 寺社勢力はようやく国家の桎梏になりつつあった。

白河院は国家というものを貴族らとともに山分けして、 その中で一番大きな取り分をとった。 だから、白河院は平安王朝時代で一番最後に一番権力を持ち得たのだろう。

以後、日本は国家元首と官僚組織が中央集権的に統治する国ではなくなり、 地方の領主に徴税や軍役などのほとんどすべての行政が委任された。 天皇は相続・寄進によって得られる財産で生きていく存在となった。

全国的な警察・治安組織がないからどうしても幕府のようなものが必要になる。 そんな感じか。

二条天皇は八条院の6歳年下に過ぎない。 准母になった年24歳。 あんまり母という感じではないな。 高松院姝子内親王は八条院の同母妹で、二条天皇の中宮。二歳年上。 二条天皇は、まあだから、八条院にがしっと取り囲まれてしまったわけだな。

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kindleランキング

07.01.2013 · Posted in kindle

半年ばかりkindleを観察してきたわけだが。

人は皆自分に足りないものを補おうとする。しかもできるだけ楽に。 だから、風俗嬢の話と、我が輩は猫であるが、同列に売れるのだ。 その辺りのテクニックが分かっていれば売れる本が書けるのかもしれん。

実際に読者に足りてないものを供給しても仕方ない。 読者が自分に「足りてない」と今まさに思っているものを供給しなくてはならない。

たとえばそれは知性であったり教養であったりする。 しばしばそれらが読書に求められる。 知性や教養を身につければ他人より優位に立てると思っているからだ。 知識欲によるものとは違うだろう。

お金の稼ぎ方、のようなものもやはり読書に求められるものだが、 やはり理由は同じ。

平凡な日常を送っている人々には非日常が求められる。 バイオレンスとセックス。ヒーロー。挫折と勝利、など。

それにしても、おかしな連中がわらわら出版しだしたのは誰かがそそのかしたせいか。 まあ自分もそのおかしな連中の一人なわけだが。

自分の書いたものの中で、ほんとうに読む価値があるのは、 『将軍放浪記』『将軍家の仲人』『巨鐘を撞く者』あたりではなかろうか、と思っている。 『エウメネス』が一番売れているが、これも悪くないんだけど、 少し短いんだよね。 ただまあ『将軍放浪記』『将軍家の仲人』『巨鐘を撞く者』を読んで分かる人というのはすごく少ないから、 私がこういうのを書いたということに気付かない可能性が大きい。 木炭にはいきなり火が付かないから着火剤を使うようなもんで、 木炭みたいのとは別に着火剤みたいな読みやすくてわかりやすい小説をいくらか書く必要がある。 そんなことは世の中の作家連中はみんなわかっていて、 自分やりたいことととは別に売れるための作品をまずは書く。作る。 夏目漱石で言えば『坊ちゃん』や『我が輩は猫である』『三四郎』なんかがそうだろう。

自然とそういうものが書ければいいんだろうが、 私には計算しないと書けないと思う。 なんかうまい方法はないかね。

いろいろ計算してると何も書けなくなってしまうんだよね。 逆に、なんも計算せずにたくさん書いてみて、そのうちどれか当たるかに賭けるとか。

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