若かりしころに学びしたのしさも よはひとともに消えはてむとす
いつよりか なりはひをかく いとひけむ たのしかりける ほどもありしを
世をはなれ歌のみ詠みて暮らさまし むかし学びしことも忘れて
若かりしころに学びしたのしさも よはひとともに消えはてむとす
いつよりか なりはひをかく いとひけむ たのしかりける ほどもありしを
世をはなれ歌のみ詠みて暮らさまし むかし学びしことも忘れて
思うに、完全に個人の感想レベルだが、
スペインのワインがうまいのは、普段現地で飲んで消費しているのと同じものを輸出にも回しているからだろう。
ブラジルはブラジル人が好きだからコーヒーを栽培したのではない。
今はブラジル人も好きなのかしれんが、
少なくとも最初のうちは、外国資本を投入するためのプランテーションとしてコーヒー栽培が始まった。
チリも同じなんじゃないか。
現地のチリ人がチリワインを毎日消費しているとは想像できない。
あのやたらと濃い、フルボディのピノノワールなんか飲んでると特にそう思う。
安いワインを大量生産して外貨を獲得するか、
海外資本が搾取しているか、そのどちらかではないのか。
毎日、日常的に、たくさんの人にのまれているワインのほうがうまいワインに違いない。
スペイン、それもバルセロナ地方なんてのは、まさにそんなところではなかろうか。
カリフォルニアワインはアメリカ人の好みなんだろうが、何の癖もなくて、
つまらない。
フランス人だってわざわざ国産の高くてこむつかしいワインを飲んでるはずはないと思う。
輸入物のほうが安ければそっちを飲むのじゃないか。
ワインのうまい店の見分け方だが、
ハウスワイン、グラスワインにもいちいち銘柄を書いているところはうまい。
ハウスワインに複数の銘柄があって選べるところはまず間違いなくうまい。
オーナーがワインを飲み慣れていて自信をもって勧めている証拠だ。
イタリア、スペインなどのワインがまんべんなくそろっているところはうまい。
フランスワインは高いから採算とれるにはかなり値段を高く設定しなきゃいけないはずだ。
そういうのを一つか二つ、
ラインナップに加えてるならともかく、フランスワインメインでそろえているところはたぶん良くない。
コストパフォーマンス的にはありえない。
ドイツワインとかはまずありえない。
それに対してハウスワイン、グラスワインとしか書いてないところはたいていまずい。
たぶん銘柄が一定してないのだろう。
へたすりゃ混ぜてるかもしれない。
オーナーもワインには関心ないのだ。
日本酒ならどんな安酒でも銘柄くらいは教えてくれる。
それさえしない店のワインがうまいわけはないわな。
ブドウの品種ごとに味が違うってことはわかった。
同じ品種だとほとんど違いがないような気がする。
最近コレステロール値があがり、血圧も上がったのは、体重が増えたせいだろうと思う。
要するに食べ過ぎなのだ。
痩せなくてはならない。
マンガのコマ割りと、動画の絵コンテは違う。
絵コンテは一見四コマ漫画みたいのがずーっと続いているようにみえるわけだが、
同一のカメラでここからここまで連続して撮る、という情報が含まれてなくてはならない。
これをカットと言っている。
カットを集めたのがシーン。
同じ場所同じ時間にカメラを据えて撮った一連の絵がシーン。
アニメだと実写ほどシーンの縛りがないのでシーンを分けないこともあるようだ。
カメラは一つのカットで同じ位置同じ向きに静止しているとは限らず、移動したり、パンしたりする
(細かいことを言えばズームしたりピントを合わせたりそのほかいろんなエフェクトをかけたりするし、
編集でカットをトランジションしたりもするわな)。
マンガのコマ割りにも似たような視線移動の手法はあるかもしれんが、
パンやドリーと言ったものとは別にコマ割りできる。
シナリオだと時系列にセリフとト書きが並ぶ。
まあ私の場合、
ネームを描いてからマンガを描くわけでもないし、
コンテを描いてからCG作ったり映像編集するわけでもないのだが、
マンガや動画は普段から見慣れているわけで、
コマ割りとかカットとかシーンという概念はすでに多くの事例から知ってるわけで、
知らず知らずそれを使って自分も動画や漫画を作っているし、
アニメや映画を見ているときもそれがもともとどんなコンテだったかを想像できなくもないわけだ。
だが、小説の場合はどうか。
自分はどういうふうに小説を書いているのかと言われると、非常にこまる。
うまく説明できない。
頭の中に映像を思い浮かべてそれをそのまま文章にする人もいるかもしれない。
情景描写、特に書き出しの部分などでは、私もそうしているかもしれない。
前景があって中景があって遠景があって、人や建物がどういうふうに配置しているか、とか。
会話のシーンなら、特に言葉では書き表してないが、
たぶん映画にするならこんなふうに交互に役者の顔を切り替えるだろうなとか。
マンガや映画の原作を書く人はたいていそういう書き方をしているのだろう。
しかし小説は必ずしも映像表現ではない。
私の場合なまじ映像表現はやっているから、映像では決して表現できないことを小説では表現してみたい、
などと考えることもある。
逆に、映画にするならこの場面はこんな具合に映像表現してほしいなと考えながら書いたりもする。
小説は簡単に映像に翻訳できない部分と、映像的な部分が自由に混在しているから面白いのだと思うし、
だから自分がどのように小説を書いているのかと言われてもうまく説明できないのだと思う。
普通人は目の前の光景をぼんやりとみている。
気になるものがあれば注視するし、
考え事を始めると周囲の景色も音も消えて完全に観念や記憶の世界に入り込む。
そしてまた何かのきっかけで現実に戻る。
会話があれば演劇にも芝居にもなるが、
小説にはしばしばモノローグすらない。
言語ですらないこともある。
そういう意味では小説のあらわす世界は非常に広いし、定型というものはこれだとさだめにくい。
五感をすべて盛り込むと良い小説になるということもある。
だいたいは視覚を文章化するものだ。
そこに聴覚や味覚や触覚、嗅覚などをまぜるとそれっぽくなる。
確かにそうだ。
だが人間の精神活動はそれだけではない。
感情と理性。
飛躍のある発想と理詰めの推論もぜんぜん違う。
ある人は、あらすじをまず書くかもしれない。
目次案のようなものを書くかもしれない。
私はそれもあまりしない。
だらだら書いていて、いくつかのパーツができてきて、
それを並べ替えたり捨てたり書き足したりする。
やはり何か一つの書き方というものがない。
定型が決まっていれば量産もできるのかもしれないが、
逆に、定型が決まってしまうと書きたくなくなるのかもしれない。
暗中模索しているのが楽しいのだ。
プロットを決めてえいやと書くこともある。
数か月後に新人賞の〆切がある、という場合などにそういう書き方をしたことがある。
というかむしろ最初決めたプロット通りにだいたい書けるようになってきた。
でも、最初のプロットと全然違うほうが面白いこともあると思う。
特に、昔書いた断片を数年後に読み返して、それらの断片をつなぎ合わせると面白い話になることが多い、
と思い始めている。
それはある種、フィクションを偽装した私小説であるかもしれん。
とにかくなんか書き溜めておくと良いのかもしれん。
ありきたりだが、起承転結は、つけるようにしている。
落語にオチがあるようなもので、やはりあったほうがいい。
伏線とかどんでん返しも好きだ。
逆に起承転結もなくオチもない話を読むとそんなのはブログに書いとけと思う。
つまり人に最後まで読ませるためにはそのくらいの仕掛けをしこんでおけということ。
逆にうまいオチがつけられなくて長い間放置していて、急にオチをおもいついて一本にすることもある。
雰囲気とか空気感のためにストーリーと直接関係ないネタを振るのも好きだ。
伏線と見せかけて何の意味もない小ネタとか。
ゲームでいうとシークレットみたいなものか(違うか)。
とにかくざらついたノイズの多いものにしたいといつも思う。
ストーリーに関係ある大筋と伏線だけの話はつまらん。
そういうのはディズニーがやればいい。
私の場合いろんな小説を読んで飽きてしまい、
誰も書かない小説を自分で読んでみたいから書いているところがある。
自分で書いてみてしばらくして読み返すとつまらないので書き直したりする。
定型というのとは違うかもしれんが何かの文学理論で書かれたものはあまり好きではないし、
自分でもやらんと思う。
前衛・実験的な文芸も好きではない。
実験も前衛もある種の定型であって、そこから出てくるものにあまり意外性がないように思う。
自分がどう書くかということに、他人がそれをどう読むかという要素をつけたすと、
もうわけがわからなくなる。
とりあえず自分は自分の書きたいように書くしかない。
他人が読んで読みやすい文章というのは、まあ、ノベライズのようなものだろう。
マンガや映画やドラマのようなものをそのまま小説にしたもの。
マンガや映画やドラマの原作として書いた小説。
そういう小説は、テレビドラマを見させられているようで苦痛だ。
私はドラマが嫌いだからだ。
ドラマはそういう意図で作られてもいる。
ラノベやファンタジーなんかだといきなりキャラ設定や世界観の説明から入るのがある。
てっとりばやくて良いといえば言えるのかもしれない。それが現代風なのだろう。
逆に延々と自然描写が続いてじらすのがある。
意味があるならともかくただの文芸趣味ならやめてほしいし、
それならまだいきなりキャラ設定書かれたほうがましだと思うこともある。
一つ言えることは、何度も書いたことだが、
私が物語の書き方を直接学んだのは「日本外史」だということで、
特に初期の作品にはその傾向が強い。
だんだんそこから離れてきていると思う。
どっちのほうへ離れてきているのかと言われても自分でもよくわからん。
世の中やらせと仕込みが多いってことが良くわかった。
嘘のドキュメンタリーのほうが面白がられるし、取材も楽で、商売にしやすいから、
プロほど、一度そのパターンを覚えてしまうと、つぎつぎに捏造してしまう。
たまたまヒットしてもいつかはスランプに陥る。
給料は毎月もらわなきゃならない。
すると楽をする。ずるをする。ずるしてだましても金になるとわかるとさらにずるをする。
たいていは読むに値しない作品ばかりだ。
つまらないから読まれないとは限らない。
しかし読まれないことには始まらない。
Greetings.
I’m contacting you on behalf of famous hiring agency. You were highly
recommended by your friends and we already had you in our files long
ago. We have a very respectable job. I know this position will fit you
just fine. We work with large clients. The rate of pay will start from
$11,000 per month + percent from every deal.
Locations for regional job creation: Japan
Labour schedule is flexible. The main goal is to fulfil the working
plan. Don’t miss your opportunity to become a master of your life.
If you are not satisfied with your current income, please email to me by
all means. All details will be available by this email:
xxxxxxxxxxx@yahoo.co.jp
Thank you.
ディズニーチャンネルなど見ていると、
どうしても、なぜジブリはディズニーになれなかったのだろうと考えてしまう。
「もののけ姫」や「千と千尋」を出してた、一番体力のある頃に、
もう少し経営を多角化しておけばよかった。
ディズニーみたいにCGも使い、ゲームも作り、実写も作り、
ジブリチャンネルみたいなものも始めていればよかった。
しかしそうしなかったのは、宮崎駿や高畑勲というワンマンがいたからだろう。
ジブリは「もののけ姫」や「千と千尋」でCGを使いこなしてみせたのにそれを棄てた。
文芸的な、手描きセルアニメにこだわることによって、
ディズニーや他のアニメ制作会社と差別化を図ったつもりだろうが、
自分で自分を縛ってしまったのだ。
CGが使えなければ当然ゲームも作れない。
ゲームというものに対する反感や憎悪を感じる。
子供はぎりぎりアニメはみても良いがゲームは悪だ、そう思っているのに違いない。
だからジブリ美術館のような方向へと走っていった。
時代に逆行して手描きセルアニメばかりやってれば制作コストは増大し、
古典芸能に、伝統芸能みたいになっていくしかない。
そういう文芸部門は残しつつ、新しい部署や新しい人材を育てていけばよかったのだ。
宮崎駿や高畑勲が引退するのを待つまでもなく。
しかし日本の企業は、そういうトップダウンの経営判断が苦手だ。
鈴木敏夫ですらそれができなかった。
日本のゲーム会社がみな過去の成功体験にとらわれて世界企業に育たなかったようなものだ。
ドワンゴはそんなよどんだ日本社会の救世主のようにも見える。
しかしジブリはすでにだいぶ体力を失った。
宮崎駿は老いて、彼以外にはとくにめだった監督がいない。
監督というよりか、原作と脚本が地味すぎる。
一般受けするはずがない。
なぜここまでこじらせなくてはならなかったのか、というのが結果論ではある。
ぎりぎりまで「マーニー」に期待していたのかもしれない。
「マーニー」がこけたせいでやっとジブリのメンバーもあきらめがついて、撤退できたのかもしれない。
まさか監督を一子相伝しようとしたのか(特に血縁という意味ではなく)。
なぜそこまでしてジブリを一色に染めたいのだろう。
なぜそんなにしてまで孤立主義・純血主義なんだろう。
ジブリという会社で作品を作ることとジブリという会社を経営することとは別なはずだ。
[和歌の詠み方に関するメモ](http://trushnote.exblog.jp/23085500/)
というものを読んだ。
なるほど確かによくまとめてある。
だが一方で、これでは結局現代人が歌を詠もうと思って詠めるようにはならんと思う。
頭でっかちになるだけで、今の時代を生きる自分が、どのような歌を詠めばよいのかという指針にならない。
これはどちらかと言えば和歌の詠み方というよりは和歌の鑑賞の仕方というべきだろう。
実際に和歌を詠まない人が古典的な和歌を鑑賞するにあたり、
知っておくべき歌論というのにすぎない。
歌論を知った上で歌人は実際に自分の歌を詠まねばならぬ。
戦後和歌はあまりにも変わってしまった。
現代短歌と古典的な和歌は別物といってよいほど違う。
まず、自分は、現代短歌を詠みたいのか。それとも古典的な和歌を詠みたいのか。
その選択をしなくてはならない。
現代短歌にも良いものはある。
たとえば俵万智を評価しないわけにはいかない。
私も俵万智には大いに影響されたが、しかし、結局はそこから離れた。
現代短歌を詠みたい人は詠めば良い。
で、古典文法に則った古典的和歌を詠みたいのだと覚悟を決めたとしたら、
アララギ派(万葉調)が好きなのか、
それとも桂園派(古今調)が好きなのか、
どちらかを選択しなくてはならない。
和歌とはまず第一にやまと歌である。
古典的な大和言葉で詠むものがやまと歌である。
五七五七七の定型詩を和歌ということはできない。
それは必要条件に過ぎない。
古い言葉を用いて新しい心を詠むのがやまと歌である。
敷島の道である。
和歌を詠むということは、歌道というものは、国学の一部である。
国学を学ぶ気がないのなら最初から和歌など詠まない方がよい。
国学の要素がほとんど完全に欠落しているのが現代短歌である
(左翼は国学が嫌いだ)。
国学を尊重していてもアララギ派には古今調がよくわかってない正岡子規みたいなやつが多いので要注意だ。
では古ければ古いほどよいのかとか、中世や近世の言葉がよいのかというと、
そのどちらもよくない。
古典的な大和言葉が一番充実し厚みがあるのは源氏物語が成立した時代である。
古今と新古今の間だが、どちらかと言えば古今に近い。
韻文も散文もこの源氏物語の時代が一番用例が多く、完成度が高い。
用例が多い、つまり、サンプリング数が多い、ということは非常に重要である。
言語というものは曖昧だが、用例が多ければ、正しい用法を確定できる。
奈良調以前の言語ではそれが難しい。
あまり古すぎる言葉を無造作に使うのは危ない。
我々は古典語の基準をこの平安朝中期に求めるべきである、と私は思う。
この時代にも奈良時代の言葉遣いが残存している。
そのある種のものは不協和音になるので、使わないほうがよい。
奈良時代と平安時代ではすでに母音や子音などが変化しているので、
文法的にも無理のある言葉(特に助詞や助動詞)が少なくない。
私が万葉調を敬遠するのはまず第一にこの平安朝の言葉遣いとの不整合にある。
奈良朝の言葉と平安朝の言葉を完全に分離して操れる人だけが、
つまり、奈良朝の和歌を完全に再現できる人だけが万葉調で歌を詠む資格がある。
しかし万葉調を好む人というのは往々にして見境無くいろんな時代の言葉を混ぜ合わせ、
それだけでは飽き足らず、自分で勝手に新しい言葉を造ったりする。
そのだらしなさ、無節操さが気持ち悪いのだ。
新しい言葉を造ることは凡人には無理である。
なぜ無理かがわからぬから凡人なのだ。
たとえば、助動詞は、
なんでもかんでも「り」を使うのではなく、
状況に応じて「ぬ」「つ」「たり」を使い分けるべきであり、
それが平安朝の大和言葉というものだ。
平安朝の助詞や助動詞をうまく使いこなすということは極めて重要だ。
俳句にはそれがない。というのは、俳句は体言の配列によってできていて、
用言の組み合わせに無頓着だからだ。
正岡子規もそこがよくわかってない。
なんでもかんでも「り」を使うのは例えば文語訳の聖書などがそうだ。
もし「ぬ」「つ」などをうまく使いこなしていたらもっと王朝文学のような訳になっていただろう。
釈教歌などでは古くから漢語も容認されていた。
外来語は絶対和歌に使ってはならない、とは言わない。
しかし普通は使わない。
純血主義というのとも少し違う。
平安朝の口語との相性が悪いからだとしか言いようがない。
では平安朝の言葉を用いて五七五七七の定型で詠めば和歌かと言えばこれも違う。
春夏秋冬花鳥風月を詠めば和歌かと言えばそれも違う。
[情と詞と体](/?p=15694)に書いた通りなので繰り返さないが、
今まで歌に詠まれたことのないような心情を敢えて古い詞で言い表すのが和歌である、
と私は思う。
古い心を古い言葉で歌ったり、
新しい心を新しい言葉で歌うのは和歌ではない(それを現代短歌だと言ってもよい)。
たとえば新しい心を現代語で歌うには私は都々逸が比較的適していると考えている。
平安朝に日常的に使われていた言語に対するリスペクトがなければ和歌は詠めぬ。
赤染衛門の歌が非常に役に立つ。
当時の俗語を使って、極めて俗物的な歌を詠んだのが赤染衛門であるが、
彼女の歌にはまれにたまたま風雅な歌が混じっていた。
ただの偶然だろう。
浪速のおばちゃんでもたまにどきっとするようなうまいことを言うことがあるようなものだ。
少し時代が下るが、俊成や定家は言葉を巧まずにうまい歌を詠む人だった。
参考になる。
現代語で現代の心を詠んだってそれは普通だ。
あえて古語で現代の心を詠むからそれは和歌となるのだ。
そのためには当時の言葉で自然に歌を詠んだ人たちの詠み方にひたすらなじむのがよい。
それが風体というものだ。
ひたすら赤染衛門や西行や俊成の歌を学ぶ。
そのうちふと巧まずにそういう歌が詠めれば完成である。
歌を詠もうと思うと歌は詠めない。
まず何かに心が動かねばならない。
つまりは写生だ。
実体験、実景に基づかない歌はすなわち自分の頭の中から出てきたものであり、
限られた狭い世界から無理矢理こしらえたものであり、たいていつまらない。
外の世界の方がずっと情報量が多くて意外性があり、新しい発見があり、
新しい可能性がある。
心が動いたらそれをなんとかして歌という形に整えてみる。
それが詠歌というものだ。
鎌倉時代や室町時代ともなると、すでに、
みな大和言葉を自然に話すことも、和歌を自然に詠むこともできなくなっていた。
すでに大和言葉は古典語になっていたからだ。
このころの和歌を見るとどれも詠み手の苦心がにじんでいる。
だからこそ、たとえば江戸時代に巧みに古語で歌を詠む人はさすがにひと味違う。
上田秋成などは実に巧みだった。
要するに、国学者でなくては歌は詠めないのであり、
ただ学問好きなのではなく感動することのできる心と表現力がなくては歌は詠めぬ。
本物の国学者だけがその苦心のあとを残さず、
まるで平安時代の庶民が現代にタイムスリップしたかのような自然な和歌が詠めるのである。
日常語から離れて古典語で歌を詠むのは難しい。
美しいと自分が思ってないことを美しいと歌に詠むのは歌では無い。
そんなものはすぐにばれる。
感動の少ない人、というより、感動というものを誤解している人には歌は詠めぬ。
美しいと思ったことをそのまま言葉に表すのではなく、
定型の古典語に翻訳してみるのが和歌だ。
「或る」を「と或る」と書く表現がはやっていて、特に、
ラノベのタイトルに唐突に用いられるのがよく見受けられる。
なぜ「ある」と書けばよいところをわざわざ「とある」と書くのかという疑問がわいてくるのだが、
文法的に間違っているとも言い難い。
この違和感をどう説明すればよいか。
調べてみると、太平記に
「とある辻堂に宮を隠し置いて」というのが初出らしい。
も少し調べてみると、「とあれかくあれ」「とまれかくまれ」のような形はもっと古くて、
それが「ともかく」「とかく」のような形で定着する。
「ともかく」の「と」と「とある」の「と」は同じ由来なのだ。
そしてこのような「と」の使い方は万葉集の時代までさかのぼる。
つまりは由緒正しい古語なのである。
「とある日」は不確定の日であろう。
「かくある日」「かかる日」は特定の日であろう。
「とあれかくあれ」ならばそれら全部をひっくるめてすべての場合という意味になる。
「或る」はもともと漢文訓読に由来するという。
この「或る」が「とある」と混同されて広く使われるようになったのかもしれない。
そもそも「或」は「とある」と訓読すべきであったかもしれぬ。
「とある科学」とか「とある魔術」のような言い方が重宝されているのはなぜか。
新しいニュアンスが追加されているのは間違いない。
[『山月記』の会話記号](http://ameblo.jp/muridai80/entry-11901836130.html)。
確かに中島敦は句読点やカギ括弧の使い方にかなりのゆらぎがある人で、
私としてはそれに好感を持っている。
言語として意味が通るかぎり作家は出版社や新聞社の慣習や、文部省の指導要領などから自由に、
文章を書くべきである。
作家は型にはめられるべきではなく、また自ら型にはまるべきではない。
> 「おはよう」と言った。
と
> 「おはよう。」と言った。
には若干のニュアンスの違いがある。
それを誤記だと決めつけられるのは困る。
この例ではわかりにくいかもしれないが、私はカギ括弧の終わりの「。」は原則省かない主義であり、
しかし、「。」を意図的にはぶく場合もあるのだ。
記法が統一してないとか誤記だとか言われても困る(もちろんうっかり間違うこともある)。
間接話法だからカギ括弧はいらず、直接話法だからつけなくてはならない、とかそんなことはどうでもよろしい。
> 次の朝いまだ暗いうちに出発しようとしたところ、駅吏が言うことに、これから先の道に人食い虎が出るゆえ、旅人は白昼でなければ、通れない。今はまだ朝が早いから、今少し待たれたがよろしいでしょうと。
カギ括弧を付けたほうが落ち着きがよいのはわかる。
特に「通れない。」で一旦切れているから、全体をカギ括弧でくくったほうが会話の切れ目がわかって親切だ、
という理屈がわからぬでもない。
せめて「通れない、」にしてくれというのも、理屈はわかる。
しかしだ。もし私がいちいちそういうことまで編集者に口出しされたら、そのうちぶち切れるかもしれん。
中には有用な、傾聴に値する、自分では気付かなかった、ありがたく従わせてもらうような指摘もあるだろう。
しかし最終的に、自分の書きたいように書いて発表できなければ意味はない。
小説というものは、往々にしてわざとわからぬように書くものである。
わかるように書くのであればシナリオのト書きのように書くのがよい。
だれが話したかわかるからだが、
しかし、
よく読めば誰の発言かがわかるのが小説というものだ。
よく読んでも誰の発言だかわからないこともあるが、それはその他大勢の脇役が不規則発言をしたと考えてもらいたい。
わからないのにはそれぞれそれなりの意味がある。
たとえば私の書いたものの例でいうと、「エウドキア」の冒頭、
> ある穏やかに晴れた朝、エウドキアは庭先の丸石に腰を下ろし、目の前に広がる故郷の海の砂浜でブルトゥスが波にじゃれているのをぼんやりとながめていた。
としたが、これは何度も何度も書き換えてこの形に落ち着いたのであり、
私としてはこう書かざるを得なかった。
ここではエウドキアが何者かはわからぬ。
もちろん「エウドキア」というタイトルの話だから主人公だということはわかる。
副題やあらすじもつけているからエウドキアが将来ローマの皇帝になることも読者は知っていよう。
だが、ブルトゥスが何者かはわからぬ。
波にじゃれているのだから子供か飼い犬か何かだろうとは予測がつくが、
実際ブルトゥスが何かというのは、ずっと後になってみないとわからない「仕掛け」になっているのだ。
多くのものはこの段階ではぼんやりと、ラフに描かれていて、
次第に細密に描きこまれていくのだ。
それが小説というものだろう。
私の場合は特に、歴史小説の冒頭は、
現代小説のように書くようにしている。
しばらく読んでいくうちに歴史的な小道具を出してきて、
現代ではありえない、過去の、ある場所の出来事であることがわかるようにしている。
なぜかというにあたまっから過去の歴史の話であると思って読んでほしくないからだ。
今自分の身の上におこったことのように感じてほしい。
つまり当時の空気の中に読者を連れ込み没入させたいからだ。
また作者自らも当時の空気の中に浸ってみたいのだ。
源氏物語のように句読点もカギ括弧もなかった時代の文章に、
適当に句読点やカギ括弧やふりがなを付けるのは良いだろう。
しかし近代の小説をいちいちいじくり回すのはやめたほうが良いのじゃないか。
我々が普段目にしている夏目漱石の小説も、おそらく、
新聞に連載されるときに新聞社の都合で手直しされ、
教科書に掲載されるときに出版社の都合で手直しされたものであって、
夏目漱石そのままの文章では無い。
そうやってだれかの不作為の意図によって文章は改編され均質化されていく。
決して良いことではない。
昔の人が書いた油絵を俺ならこう描くと手直ししているようなものであって、
絵画では決して許されないことだ。
文章だから心理的にも技術的にも割と簡単にできてしまう。
H・G・ウェルズのタイムマシンというSFでは未来の人は働く必要がなくて、
ずっと子供のまま成長せず、遊んで生殖活動だけしていると描かれている。
人類は文明が発展して労働から解放されつつあるのは確かだが、
同時に労働を奪われつつもある。
みなが労働しなくて遊んで暮らせれば良いが、
実際には労働しなければ貧困におちいり遊び暮らすどころではない。
同じ事は産業革命の頃にもあった。
人類が労働から解放されて貴族のように遊んで暮らせるようになるのはいつのころか。
そんな時代が未来にくるのだろうか。
ディストピア?
たまたま郡山に行っていたのだが、郡山と言えば安積(あさか)である。
> 安積山かげさへみゆる山の井の浅き心をわが思はなくに
極めて古い歌である。
> 安積香山 影副所見 山井之 淺心乎 吾念莫國
> 右歌傳云 葛城王遣于陸奥國之時國司祗承緩怠異甚 於時王意不悦怒色顕面 雖設飲饌不肯宴樂 於是有前采女 風流娘子 左手捧觴右手持水撃之王膝而詠此歌 尓乃王意解悦樂飲終日
この葛城王とは橘諸兄のことであるという。
聖武天皇の時代。
ほかにも、古今集に
> みちのくの安積の沼の花かつみ かつみる人に 恋ひやわたらむ
とあるが、これもおそらくかなり古い歌である。
芭蕉の奥の細道で有名。
伊勢物語の
> みちのくの信夫もぢずりたれゆゑに乱れそめにしわれならなくに
これも相当な古歌であろう。
安積が郡山とすれば、信夫(しのぶ)は福島である。
> みちのくの 安達太良真弓 弦はけて 弾かばか人の 我をことなさむ
> みちのくの 安達太良真弓 はじき置きて 反らしめきなば 弦はかめかも
弦は「つら」と言ったらしい。「はく」は弓に弦を「付ける」。
「反る」は「せる」。
安達も信夫も安積もほとんど同じところ。
これらの歌がリアルタイムで現地で詠まれたとすると、
聖武天皇から桓武天皇の頃までであろう。
白河の関の外ではあるが、坂上田村麻呂は多賀城まで征服したのだから、
安積や信夫はすでに前線基地というよりはそれより後方の兵站基地であったろう。
このみちのく征伐に常陸や下野の関東武士が動員されたのは当然あり得ることである。
将軍クラスは大和の人たちであり、和歌くらいは詠めたのに違いない。
上記の歌は本来はえぞみちのくという外征先から大和にもたらされた音信のようなものであっただろう。
光孝天皇によって平安朝に和歌が復活した以後には単に歌枕となってしまい、
実景を詠む人はいなくなってしまった。
いたとしても頼朝くらいだが、
頼朝は自分で白河の関を越えてはいない。
西行は信夫佐藤氏であろうとされている。
佐藤は藤原氏である。
関東や陸奥の藤原氏はみな藤原秀郷の子孫を称するが、
秀郷は下野の人である。
下野を拠点とした藤原氏が朝廷の外征に従って、
白河の関を越えて安達、安積、信夫と勢力を広げていった、
と考えられる。
西行は二度も京都からみちのくに下っているのだが、単なる郷愁であったのか。
それとも何かの仕事か。
二度目は東大寺の大仏が焼けたので平泉に大仏を再建するための金を勧請に行ったのだという。
しかしこのころ安達・安積・信夫は奥州藤原氏の支配であって、
頼朝とは白河の関で対峙し、京都とつながり、義経を匿っていた。
頼朝は藤原氏によって背後をうかがわれていたのである。
結局頼朝と京都は和解し、孤立した奥州は頼朝に討たれてしまう。
西行は奥州藤原氏に連なる人なのだが、
頼朝はよく彼を通したと思う。
西行は明らかに頼朝の敵である。
西行が京都・頼朝連合側の間諜だった可能性もあるかもしれん。
> 美み知ち乃の久く能の 安あ太だ多た良ら末ま由ゆ美み 波は自じ伎き於お伎き弖て 西せ良ら思し
馬め伎き那な婆ば 都つ良ら波は可か馬め可か毛も
弓の弦をはずしてそらしっぱなしにしておくと弦が付けられなくなるよ、
あまりほったらかしておくと、元の仲に戻れないよ、という意味。
安達太良真弓は非常に強い弓であったとされる。
「めかも」は反実仮想だわな。