和歌の詠み方

[和歌の詠み方に関するメモ](http://trushnote.exblog.jp/23085500/)
というものを読んだ。
なるほど確かによくまとめてある。
だが一方で、これでは結局現代人が歌を詠もうと思って詠めるようにはならんと思う。
頭でっかちになるだけで、今の時代を生きる自分が、どのような歌を詠めばよいのかという指針にならない。
これはどちらかと言えば和歌の詠み方というよりは和歌の鑑賞の仕方というべきだろう。
実際に和歌を詠まない人が古典的な和歌を鑑賞するにあたり、
知っておくべき歌論というのにすぎない。
歌論を知った上で歌人は実際に自分の歌を詠まねばならぬ。

戦後和歌はあまりにも変わってしまった。
現代短歌と古典的な和歌は別物といってよいほど違う。
まず、自分は、現代短歌を詠みたいのか。それとも古典的な和歌を詠みたいのか。
その選択をしなくてはならない。
現代短歌にも良いものはある。
たとえば俵万智を評価しないわけにはいかない。
私も俵万智には大いに影響されたが、しかし、結局はそこから離れた。
現代短歌を詠みたい人は詠めば良い。

で、古典文法に則った古典的和歌を詠みたいのだと覚悟を決めたとしたら、
アララギ派(万葉調)が好きなのか、
それとも桂園派(古今調)が好きなのか、
どちらかを選択しなくてはならない。

和歌とはまず第一にやまと歌である。
古典的な大和言葉で詠むものがやまと歌である。
五七五七七の定型詩を和歌ということはできない。
それは必要条件に過ぎない。
古い言葉を用いて新しい心を詠むのがやまと歌である。
敷島の道である。
和歌を詠むということは、歌道というものは、国学の一部である。
国学を学ぶ気がないのなら最初から和歌など詠まない方がよい。
国学の要素がほとんど完全に欠落しているのが現代短歌である
(左翼は国学が嫌いだ)。
国学を尊重していてもアララギ派には古今調がよくわかってない正岡子規みたいなやつが多いので要注意だ。

では古ければ古いほどよいのかとか、中世や近世の言葉がよいのかというと、
そのどちらもよくない。
古典的な大和言葉が一番充実し厚みがあるのは源氏物語が成立した時代である。
古今と新古今の間だが、どちらかと言えば古今に近い。
韻文も散文もこの源氏物語の時代が一番用例が多く、完成度が高い。
用例が多い、つまり、サンプリング数が多い、ということは非常に重要である。
言語というものは曖昧だが、用例が多ければ、正しい用法を確定できる。
奈良調以前の言語ではそれが難しい。
あまり古すぎる言葉を無造作に使うのは危ない。

我々は古典語の基準をこの平安朝中期に求めるべきである、と私は思う。
この時代にも奈良時代の言葉遣いが残存している。
そのある種のものは不協和音になるので、使わないほうがよい。
奈良時代と平安時代ではすでに母音や子音などが変化しているので、
文法的にも無理のある言葉(特に助詞や助動詞)が少なくない。

私が万葉調を敬遠するのはまず第一にこの平安朝の言葉遣いとの不整合にある。
奈良朝の言葉と平安朝の言葉を完全に分離して操れる人だけが、
つまり、奈良朝の和歌を完全に再現できる人だけが万葉調で歌を詠む資格がある。
しかし万葉調を好む人というのは往々にして見境無くいろんな時代の言葉を混ぜ合わせ、
それだけでは飽き足らず、自分で勝手に新しい言葉を造ったりする。
そのだらしなさ、無節操さが気持ち悪いのだ。
新しい言葉を造ることは凡人には無理である。
なぜ無理かがわからぬから凡人なのだ。

たとえば、助動詞は、
なんでもかんでも「り」を使うのではなく、
状況に応じて「ぬ」「つ」「たり」を使い分けるべきであり、
それが平安朝の大和言葉というものだ。
平安朝の助詞や助動詞をうまく使いこなすということは極めて重要だ。
俳句にはそれがない。というのは、俳句は体言の配列によってできていて、
用言の組み合わせに無頓着だからだ。
正岡子規もそこがよくわかってない。
なんでもかんでも「り」を使うのは例えば文語訳の聖書などがそうだ。
もし「ぬ」「つ」などをうまく使いこなしていたらもっと王朝文学のような訳になっていただろう。

釈教歌などでは古くから漢語も容認されていた。
外来語は絶対和歌に使ってはならない、とは言わない。
しかし普通は使わない。
純血主義というのとも少し違う。
平安朝の口語との相性が悪いからだとしか言いようがない。

では平安朝の言葉を用いて五七五七七の定型で詠めば和歌かと言えばこれも違う。
春夏秋冬花鳥風月を詠めば和歌かと言えばそれも違う。
[情と詞と体](/?p=15694)に書いた通りなので繰り返さないが、
今まで歌に詠まれたことのないような心情を敢えて古い詞で言い表すのが和歌である、
と私は思う。
古い心を古い言葉で歌ったり、
新しい心を新しい言葉で歌うのは和歌ではない(それを現代短歌だと言ってもよい)。
たとえば新しい心を現代語で歌うには私は都々逸が比較的適していると考えている。

平安朝に日常的に使われていた言語に対するリスペクトがなければ和歌は詠めぬ。
赤染衛門の歌が非常に役に立つ。
当時の俗語を使って、極めて俗物的な歌を詠んだのが赤染衛門であるが、
彼女の歌にはまれにたまたま風雅な歌が混じっていた。
ただの偶然だろう。
浪速のおばちゃんでもたまにどきっとするようなうまいことを言うことがあるようなものだ。
少し時代が下るが、俊成や定家は言葉を巧まずにうまい歌を詠む人だった。
参考になる。

現代語で現代の心を詠んだってそれは普通だ。
あえて古語で現代の心を詠むからそれは和歌となるのだ。
そのためには当時の言葉で自然に歌を詠んだ人たちの詠み方にひたすらなじむのがよい。
それが風体というものだ。
ひたすら赤染衛門や西行や俊成の歌を学ぶ。
そのうちふと巧まずにそういう歌が詠めれば完成である。

歌を詠もうと思うと歌は詠めない。
まず何かに心が動かねばならない。
つまりは写生だ。
実体験、実景に基づかない歌はすなわち自分の頭の中から出てきたものであり、
限られた狭い世界から無理矢理こしらえたものであり、たいていつまらない。
外の世界の方がずっと情報量が多くて意外性があり、新しい発見があり、
新しい可能性がある。
心が動いたらそれをなんとかして歌という形に整えてみる。
それが詠歌というものだ。

鎌倉時代や室町時代ともなると、すでに、
みな大和言葉を自然に話すことも、和歌を自然に詠むこともできなくなっていた。
すでに大和言葉は古典語になっていたからだ。
このころの和歌を見るとどれも詠み手の苦心がにじんでいる。
だからこそ、たとえば江戸時代に巧みに古語で歌を詠む人はさすがにひと味違う。
上田秋成などは実に巧みだった。
要するに、国学者でなくては歌は詠めないのであり、
ただ学問好きなのではなく感動することのできる心と表現力がなくては歌は詠めぬ。
本物の国学者だけがその苦心のあとを残さず、
まるで平安時代の庶民が現代にタイムスリップしたかのような自然な和歌が詠めるのである。

日常語から離れて古典語で歌を詠むのは難しい。
美しいと自分が思ってないことを美しいと歌に詠むのは歌では無い。
そんなものはすぐにばれる。
感動の少ない人、というより、感動というものを誤解している人には歌は詠めぬ。
美しいと思ったことをそのまま言葉に表すのではなく、
定型の古典語に翻訳してみるのが和歌だ。

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