二条為世の歌

たくさんあるのでとりあえず新千載集から為世の歌。

明けやすき空に残りて夏の夜は入ること知らぬ月のかげかな

夏は月が入るより先に夜が明けてしまう。

あくがるるものと知りてや秋の夜の月は心をまづさそふらむ

恨み侘び夕べは野辺にこゑたてて来ぬつまこひに鹿ぞ鳴くなる

音たててこずゑを払ふ山風もけさよりはげし冬や来ぬらむ

ひさかたの空に積もると見えゆるかなこ高き峰の松の白雪

白波も寄せつるかたにかへるなり人をなにはのあしと思ふな

白波でも心を寄せる方に帰るのだから人を悪く思うな、と。まあ縁語などがそこそこ面白い。

言ひ初めて心変はらばなかなかに契らぬ先ぞこひしかるへき

したもえの我が身よりこそ立てずとも富士のけぶりのたく人は知れ

うーむ。

うつつにはまた越えも見ず思ひ寝の夢路ばかりの逢坂の関

おのづからいつはりならで来るものと思ひ定むる夕暮れもがな

うーむ。

同じ江の葦分けを舟押し返しさのみはいかが憂きにこがれむ

長き夜もひとり起きゐてまどろまぬ老いの友とは月を見るかな

いく夜かは見果てぬ夢のさめぬらむ松の戸叩く峰の嵐に

月かげの夜さすほかはみなと江に行くかたもなきあまの捨て舟

さかのやま照る日のかげの暮れしより同じ心の山に迷ひき

確かに平坦、確かに平凡。幽玄とか有情とか言えばそうかも。題詠なんだろう。これが二条派なんだな。なんか、ドリルを解いてるみたいだよな。頓阿、契沖、宣長に通じる。

定家の前衛的なところとか西行や和泉式部の情熱的なところとかは京極為兼に行き、定家や西行の無情感とかわびさびは二条為世に受け継がれた。こってりと情緒的な京極派は仏教、とくに禅宗が流行った中世の雰囲気には合わずに衰退した。文芸の担い手に僧侶が多かったことも、京極派には災いしただろう。そういう芸術家肌のこってり情緒的な公家文化を担っていけるような余力のある公家というものも、もはや存在しなかった。武士にも愛好されることがなかった。狩野派の絵や茶道のように家元の言う通りに作法を学べば万人にも嗜むことができる、それが二条派。陶芸や書道のように希少性(カリスマ性や芸術性)を要求されるのが京極派。前者をデザインと言えば後者はアートだ。あるいは、前衛的実験的なデザインがアートであり、逆に定型化し普遍化したアートがデザインといえようか。そんなところだろうか。

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