老後の資産

[「自分の資産・貯蓄に満足」4割強、高齢者ほどより満足に](http://www.garbagenews.net/archives/2003877.html)
という記事を読んで思ったのだが、
高齢者だからといって自分の資産に満足しているわけではないと思う。
ただ、もう後10年か20年しか生きられないというのに金儲けや出世なんかで無駄に時間を費やしたくないだけだろう。

40歳くらいまでなら、自分の将来に不安があるし、
自分がどこまでやれるか試してみたい気もあり、
また体も動くから、
貯金も資産もこれで十分という気持ちにはなれない。

しかし50歳くらいで体を壊したりしていつ死ぬかもしれんと思えば、
あくせく仕事をするのがばからしくなる。
今日寝て明日の朝は目を覚まさないかと思うと、仕事なんてどうでも良い気になる。

というか定年後も、老後の金は足りているはずなのに、
パートタイムのような形で仕事を続けたり、名誉職みたいな形で仕事にしがみついてる人がいるが、
ああいうのの気がしれない。
たぶん自分が職場で必要とされていると思いたいのだろう。
あるいはただの名誉職なのに偉くなった気分になれるのだろう。
不思議としかいいようがない。
だいたいそういう連中ほど典型的老害で社会の邪魔であって、
さっさといなくなったほうがいいやつばかりだ。
城山三郎『毎日が日曜日』ってのがそれだわな。ただの仕事中毒。

私なら、死ぬまで働かなくて良い金がたまったらすぐ退職すると思うし、
今の仕事はそれまで給料をもらい続けるためにやってるし、
しかもそれでも私が働かないよりは働いた方が少しは社会のためだろうと思うからやってる。

しかしまあ自分で小説売ってみるとわかるが、世の中は営業しないとものは売れない仕組みになっている。
営業さえすれば「風たちぬ」のようなつまらん小説も売れるわけだ。
あほかと思う。
「半沢直樹」とかはまあ、それとは少し違うタイプかもしれんが、
しかし一度当たると原作の小説が馬鹿みたいに売れる。

銀行マンが町工場の技術までちゃんと勉強して融資をするとか言う話が何か美談のように書かれているらしいが、
そんなのは当たり前なんじゃないの。
逆に、私などは、営業なんてのは技術もわからんしアートもわからんし、
ああいう連中がなんのためにあんなにたくさんいるのか不思議で仕方なかった。
つまり、技術やアートがわからん連中が仕方なくたくさん群れて、
わざわざ窮屈なスーツきてネクタイ締めて、
そうやってむりやり社会の多数派を形成して、
アーティストやエンジニアを搾取することによって、
金儲けをしているのだくらいにしか思えなかったのだ、
50近くになるまで。

だからアーティストやエンジニアは文系の連中に搾取されないように、
フリーランスのセンスを持つべきだ、営業を営業職に極力任せず自分でやるようにすべきだ。
自然とそういう発想になるわな。

だがまあ今は営業の連中がいる意味というのがなんとなくおぼろげにわかる。
世の中には金持ちがいてその資産を運用して増やす必要がある。
だから一点豪華で投資する。
それにはいまだにマスメディアが都合が良い、ただそれだけだ。
未だロングテールの時代は来ていない。
営業とかマス広告なしで、クリエイターから消費者へ直接モノが渡るようには、全然なってない。
人間社会は未だに成熟してない。
マスメディアなんてしょせんヒトラーの群集心理と同じだ。
21世紀にもなって大衆の購買動機なんて戦前のナチスドイツと何も違わない。

営業が技術もわからんしアートもわからんというのは今もそう思うし、
キュレーターとかジャーナリストとか評論家なんかというのはまだ金融屋よりは目がきくのかもしれんが、
それでもやっぱり大したことはないと思う。
キュレーターでもない営業職がどうしてものの良い悪いを判断するんだ。
わからん。
キュレーターも結局は営業に走るしな。
ちょっと目利きができる営業、くらい。
ていうか営業のセンスのないキュレーターとかプランナーとかいないわな。淘汰されてしまうから。
キュレーションというのも結局はなんか価値のある作品や作家を発見し発掘し、世の中に広めるというのではなく、
ある特定の作品をいかに売るかというテクニックだしな。
要するに営業。

某中華料理屋にがっかり

某中華料理屋で食事をしたのだが、
まあ、値段相応というか、見かけだけというか。
やっぱ中華料理屋というのは横浜中華街の路地裏で中国人夫婦がやってる狭くてこ汚い店とか、
逆にほんとうの超高級店くらいでないと、
料金に見合わないのではないか。
ていうか日本は中国に近いせいでうまい中華料理なら割と簡単に食べられるのに、
日本の、おそらく大手外食チェーンが経営していると思われる、
べつにうまくもなく安くもない店に行く必要はないと思う。

しかも、今時、餃子の王将ですら全席禁煙なのに、
昨日いったところは分煙はされているがかなり遠くの席から煙がただよってくる。
空調の空気の流れを工夫しさえすれば、こういうことは防げるはずだ。
しかしそれほどの配慮も、経営者にはないということだろう。

完全に失敗だった。

年をとると北大路魯山人がいうように舌がおごってくる。
長年かけて獲得した知識や経験によるものが大きい。
たぶん料理よりは酒のほうがその傾向は強いだろうと思う。

私が二十歳くらいのころは餃子の王将となか卯の牛丼と富士そばが好きだった。
今でも好きなのだが、
そういうわかりやすいものの味覚はあまり変化ない。ぶれない
(逆に牛丼やカツ丼や餃子のうまいまずいを言い出したら病気の一種だろう。もちろんまずい餃子というものはあるわけだが)。

そしてコストパフォーマンス的にここらを基準に考える。
ここらは値段が安いだけにそれより高いパフォーマンスを出すのはほとんど困難である。
まれに立ち飲み屋のもつ煮込みとか安いのにすごくうまいことがある。
立ち飲み屋のあなどれんのは唯一ここにある。
あるいはたまたま偶然安い値段でサービスしてくれたとかに巡り会うことがある。
個人経営店の妙味といえる。
これらより高い満足感を得られることは99.9%あり得ない。

多少高いがそれにみあうだけうまいとか、
めちゃくちゃ高いが一生一度くらいの珍しい体験だというのは納得できるが、
高いわりに大したことなければ、それはまずいということになる。
あとはサービス。
店員が慇懃無礼で内装が豪華な割に食事が大したことなく煙草臭ければかなり腹が立つ。

レバンテ

京葉線のホームは東京駅と有楽町駅のちょうど中間くらいにあって、
真上に東京国際フォーラムが建っている。
つまりかつての都庁の地下にある。
東京駅まで戻るのもかったるいし、そのまま地上に出て、
近場でなんかちょっと食事しようと思って入った[レバンテ](http://www.okr-j.co.jp/)
という店だが、実は昭和22年からある店で、
都庁再開発のために国際フォーラムの中に移ったらしい。
きちんと分煙されていて、
料理も酒もまあまあで、何よりながめがよい。
気持ちの良い店だった。
京葉線から地上に出てすぐに見つけたにしては良い店だったと思う。

食事

この年まで立ち飲み屋とか居酒屋とか焼き肉屋ばかり開拓してきたので、
いざ食事をしようとしてもどこも知らない。
もしかしたら自分に合った料亭とかあるのかもしれんが、まったくしらん。
しらんものはしらん。

シチリア

ノルマン人がシチリアを征服したときにシチリアはすでにアラブ人とギリシャ人による海運立国であり、同じ海洋民族でもありかつ傭兵でもあったノルマン人がその支配者として乗っかった形になったのだと思われる。
ノルマン人の数はおそらくそんなに多くはなく、
太守や提督という仕事はだいたいがアラブ人、ギリシャ人などの豪族。
現地人もほとんどはアラブ人とギリシャ人。
なんのことはない、ギリシャ人やフェニキア人が地中海を支配していたころと住民には大差がないのだ。

言われているように、ローマ教皇がノルマン人に命じて南イタリアやシチリアを征服させたのではなかったのではないか。
ノルマン人が自然と現地のギリシャ人やアラブ人と抗争しつつも宥和していって、
その支配者となった、というあたりが真実ではないか。
イスラム教国が急にキリスト教国に切り替わった、
というようなドラスティックなものではなかったはずだ。
どうようにそれは第一次十字軍で成立したイェルサレム王国やアンティオキア公国などでも同じだったはずだ。
のちのイベリア半島のレコンキスタも、実は徐々にイスラムからキリスト教に切り替わっただけではないのか。
オスマン帝国でもキリスト教徒とイスラム教徒が混在していた。
ヨーロッパ側からの史観では、そういう構図が見えにくい。

南イタリアはともかくとして、シチリアは、
ノルマン人が征服したが実質アラブ人の国であったと見ても不思議ではなく、
キリスト教国から見ると実際そのように見えただろう。
だから、神聖ローマ皇帝による十字軍が派遣されたりもした。

産業は、もっぱら海運、それから聖地巡礼などの観光業だっただろう。
聖地巡礼という風習がキリスト教にあったとは思えない。
もともとはイスラムの風習であって、
イスラムをまねてヨーロッパのキリスト教国がやるようになって、
海運にはアラブ人やノルマン人、ギリシャ人が得意であって、
特にノルマン人の勢力が地中海で伸張した結果、第一次十字軍という結果になった、
と考えるのが自然だ。
当時の地中海は今考えるよりはるかにアラブ人の勢力が強い。
アラブ人を統治できなくてはシチリアを統治することはできない。

イスラムがキリスト教徒の子供を捕まえてきて奴隷にした。
しかしイスラムでは奴隷は大切に扱われるから、
ムスリムとして育てて政治家や戦士にもなる。
それがマムルークである。

マムルークの逆もあったはずである。つまり、
もともとアラブ人であったが子供の頃にキリスト教徒に育てられて、
のちに戦士になったり、政治家になったりした者が。
マムルークほど有名ではない。
改宗者、などと呼ばれることもあるようだ。
しかし、マムルークと同じくらいにたくさんいたはずだ。
アデレードやロジェールの部下にはそういう連中がたくさんいたはず。
なぜ彼らがノルマン人に従ったのか、ということには注意しなくてはならない。

しばらく昼の三時とか四時くらいから、遅くても五時六時飲み始めるみたいな生活をしていたのだが、
仕事が後ろに移ってきたせいで、飲みに行くにも八時九時となってきた。
そんでいつもの飲み屋をのぞくともうたくさん客がいて、はいりにくい。
あけたばかりのすいてる店のほうが好きなんで、木曜金曜のごちゃごちゃ混んでる店の遅い時間帯とかもう、
自分には合わない気がする。

外で酒を飲んでいても嫌なことばかりなので、もう酒飲むのやめようかなと思うくらいだ。
なんか全然違う良い飲み方があるのかもしれんが、よくわからん。

だんだん良くわからなくなってくる。わかってきたのかもしれないが。

まあ、ふつうの作家も、自分の作品全部が良いできばえだとは思ってないだろうけど、
しばらく時間をおいてみると、
できのよしあしが感じられてくるようになる。

将軍放浪記、将軍家の仲人、エウメネス、巨鐘を撞く者、この四つは、まあおすすめできる。
おもしろいと感じるかどうかは人によると思うが。
基本的に将軍放浪記の流れでできている。

安藤レイと紫峰軒は現代もので、これも好みはわかれるかしれんが、普通に読めると思う。

アルプスの少女デーテ、川越素描、司書夢譚は、
たぶん読みにくい。長編、なんだよね。読んで読めなくはないと思うが。
読みにくくてもおもしろいところだけ拾って読める人にはいいかもしれん。

墨西綺譚は習作なんで、これはもうどうにもしがたい。このまま読んでもらうしかない。

西行秘伝と、古今和歌集の真相は、まあ、悪くはないが、
ここのブログと同じでうだうだだらだら書いている箇所があって、
それもまあ味だと思って読んでもらえればいいんだが、
たぶん読みにくいと思う。
うまい書き方を見つけられてないから書き換えなきゃならないと思うが、
どう書き換えてよいかもわからない状態。
ブログ以上、小説(論説)未満な状態、というか。

スース、遼子、超ヒモ理論に関しては、
こいつらはまあ最初から色モノとして書いたものなので、
自分の中でもどう評価して良いのかわからん。
ここらをどう伸ばしていくかも現時点で決めかねている。
なんか第三者の意見とか参考にしたほうがよいかもしれん。

なんか一度全部出版停止にしたい気にもなるが、
無料キャンペーンでもしない限り売れないし、
ということは読まれもしないわけだから、
しばらく放置ということで良いと思う。
エウメネスと将軍放浪記がたまに忘れた頃に売れるんだが、それも今までどおりで良いと思う。
しばらく頭を冷やしたい気分だ。

TPP

家が農家とかいう人の話聞いてると、特に米なんてのは、一年のうちほんのわずかしか働かないのな。
だいたい夏至くらいに田植えして、秋分くらいに収穫するわけだから、四ヶ月ってところで、
あとは特に何もすることがない。
最近は特に機械化されているからかかる手間なんてあんまりない。
二毛作で大麦とか育てても安すぎて労働力の割にもうかんない。

そうするとまあ、普通に考えて一年の大半は普通のサラリーマンやってて、
稲作の忙しいときだけ農業やる。
有給休暇が年に一ヶ月分くらいありゃたぶんなんとかなっちゃうレベル。
ていうかそういう兼業農家さん御用達の職種があってもおかしくないレベル。
で、農家っていっても、先祖伝来の土地、先祖代々の仕事だから仕方なくやってるだけで、別に儲かりもしないし、
これからさき高度経済成長の時みたいに二束三文の土地が高騰して地主でうはうはという時代がまたくるとは思えないし。

たぶん農業で比較的儲かるのは都市近郊でハウスで一年中野菜とか花とか栽培するくらいだと思う。
ハウスだといろいろ出費や投資が必要だから、
ある程度の値段で買い取ってくれる大口のお得意様がないと、
単に市場に卸してたんじゃあ不安定でしょうがないだろうな。
手間もかかってたいへんだと思うね。

つかまあ、こんだけ世の中サラリーマン社会になってるのに、漁業や農業だけ自営業がメインってのがもう、
時代遅れ。
農協とか漁協とかも、日本が社会主義国家にむかうなら意味あるかもしれんが、
別に株式会社でいいじゃんと思う。

そんでTPPとかやると北海道の自営農家なんてほぼ全滅するんじゃないか。
そこはそれイオン様とかが大規模農業とかやればいいんじゃないか。
かつて個人経営の商店街が大規模店の出店でばりばりつぶされた。シャッター街になった。
それとおんなじことが農業でも起きないのがそもそも虚構。
そもそもの欺瞞。

てかまあそんなこと考えるとロシアとかあんなにでかい無駄な土地もっててよく回していけるなとかおもうわな。
北海道ですら過疎るのにな。

つかまあ米とか小麦とか穀物はもう守っても仕方ない。
守らなくても国産のブランド米は競争力あって、ある程度生き残る。
小麦はもう無理だろ。
TPPの一番大きいのは自動車と小麦。
小麦を自由化すればパンとか、ラーメンなんかの麺類が今とくらべてただ同然に安くなる。
生活費がそうとう浮くから、贅沢せず、金がなくとも、
物価がもともと安い田舎でしょんぼり暮らしてればなんとか食っていけるようになる。
悪いことじゃない。

たぶんほんとうの順番は農協解体→農業完全自由化→TPP参加なんだろうが、
TPP先にやっちゃって農業を事実上いったんつぶさなきゃならない。
上策、中策、下策とあれば、一番まずい下策だが政治というのはそうしたものだろう。
個人商店街もハードランディングで消えていったのだからね。

琴線

shogun

幸仁親王関係。
図に書いてみるとすごくめんどくさい。
図は必要。
ていうか図無しでは読者わからんと思う。絶対に。
ていうか、徳川家と天皇家がこんなにややこしく入り組んでるとは、
普通の人は思いもよらんだろうね。
いやいや普通じゃない人も普通知らんよねこれは。
これでもだいぶはしょってるからね。
家綱、綱吉、家宣、家継とか書き込んでないしね。
書きようがないよね。

図でみてわかると思うがもし長仁親王が即位して、
かつ家綱が長仁を後任に指名してたら天皇が徳川幕府の征夷大将軍になっちゃってた。
これはすごいことなんだけど。
いや普通天皇が自分自身に将軍宣下はせんと思うが。
でもすごいことになってたかもしれんのですよ。
後水尾院と徳川家綱にやる気があったら江戸中期に公武合体がなってた。
しかし後水尾院には、その気がまったくなかった。
家綱には少しあった。
それがあなた、宣伝しますが、将軍家の仲人のメインテーマなんですが、
たぶん説明してもなかなかわからんと思うなあ。

風邪がなかなか治らない。
だいたいいつも一週間くらいかかる。
鼻からはいってのどにきて肺にまでくる。
菌がだんだん奥に攻めてくるかんじ。
それが一通りすまないと治らない。仕方ない。

2011.5.11 の超ヒモ理論を引っ張り出して読んでみる。
まあ、いまとあんま違わないがいろいろ書き足したりいじってあったりする。

まんがで必ず買うのは鈴木みそと久住昌之だが、
久住昌之の方は原作者だから絵柄はちがうわな。
「ずぼらめし」や「孤独のグルメ」が有名だが(それも買ったが)、
昔の「だんどりくん」とか「豪快さん」とかが好き。

ドラマになった「孤独のグルメ」は何かがちょっと違う。
違和感ありまくる。

「深夜食堂」はテレビドラマになってもまあまあ良かった。
あれはごく珍しい例で、私はあまりテレビドラマが好きじゃない。
あの作者は三遊亭圓生が好きなんだよ。
そこが少し琴線に触れる。趣味が近い。
だがあまりくどい人情話されると読んでられないし、
連載が長引くほどそれが陳腐になっていく。
今はもう読んでない。

将軍家の仲人はあれはけっこう圓生の「八五郎出世」(「妾馬」とも)と言う話をネタとして使ってある。
「お鶴の方様お部屋様」「ご男子ご出生」なんてのはそのまんまだ。
為永春水も少しまじってるかな。

鈴木みそと久住昌之に共通するのはあの独特のリアリティだわな。
昭和の空気感というか。
あざとさがない。
女子高生とか妹とかBLとかミステリーとかメンタルやんでる感じとか。
あざとい設定の小説は、あーこいつ、最初の設定があざとい、
と思うともう読めない。

たとえば、精神病の美人の女子高生の話があるとする。
こういうのが困る。
精神病患者と医者の話を淡々と書いてくれるのであれば、たぶん読める。
しかし、なぜ女子高生なのか。
しかも、なぜ美人なのか。
必然性があれば読める。
だが、ただ単に、客寄せのためにヒロインを女子高生にし、さらに美人であることにしている。
つまり、精神病患者という劇薬と、美人女子高生というあざといネタを、
特に必然性もなく混ぜ合わせているように思えるのである。
つまりそれがテレビドラマの仕立て方というものであり、
三文ライターのものの書き方というものではないか。
それが人工旨味調味料的な味わいにして、
それがリアリズムを欠落させ、しらけさせてしまうのだ。
あーなんか同じようなネタが「ぶらよろ」にもあったかもしれん。
別に美人じゃなかったな。ふつうの若い女だったような気がする。
それならまあ許せる。

逆に、そういう仕掛け無しに(もちろん仕掛けはあるんだが)ぐいぐい引き込んでくれるものが、
鈴木みそと久住昌之にはあるわけよ。
もちろん緻密に計算されている。
それをわかった上で私も読んでる。
計算に乗っかるのが楽しい。
きちんと仕込みをしてくれているし素材も新鮮で心地よい。
ぜんぜんあざとくない。
たとえて言えば、おまかせで握ってもらえる板前さんみたい。
信頼してる。

でも二人とも必ずしも有名ではない。
有名かも知れないがメジャーではない。
我が道をいく感じ。
たぶん私の琴線には触れても、大多数の人の琴線にはかすらない。

計算に乗っかるのが心地よいとか、
琴線に触れて気持ちいいとかいう作家に巡り会わない限り私は読まない。
乱読とかあり得ん。
気持ちにこなけりゃ自分に合ってないからと読まないだけ。

安藤レイは知り合いがアンドロイドのノベルゲー作ってたので、
自分でもアンドロイドものが書きたくなって書いたのだけど、
世間一般のアンドロイドのイメージをできるだけ裏切るように書いた。
アンドロイドってのは日本の場合、松本零士がそうとう影響を与えている。
セクサロイドとかね。
そんでまあそういうものを期待してたら裏切られると思う。

超ヒモ理論もそう。
twitter みてると、だいたいタイトルに反応してる。
たぶん中身読むとイメージと違うと思う。
実は非常にまじめな青春ものなので、クズでダメなどろどろしたヒモのイメージで読み始めると裏切られると思う。

エロティシズムはあるがエロはない、という言い方でわかってもらえるだろうか。
わからんだろうな。
ていうかまあ、私の小説が琴線に触れるひとというのはある一定数いると思うが、
多くはない。
それ以外の人たちにはがっかりしてもらうしかない。
たくさんの人に読んでもらい多少は話題になってもらわないと、
同じ固有振動数を持つ人の目に触れないから仕方なく多少ネタに走っているが、
そのネタで楽しんではもらえないと思う。

でまあ、将軍家の仲人をだいぶ書き換えたので一度無料キャンペーンする。
ついでに西行秘伝も。
私の歴史小説は、「光圀伝」みたいなもんでは決してないです。
冒頭から違うなと思った。
新撰組でも坂本龍馬でもないです。
そうだなあ。子母沢寛みたいなのはいいんだが、
いまどきの幕末維新ものはどれも好きになれん。

山本一力、風野真知雄とかは嫌いじゃない。
読まないけど。

山本周五郎はすきだけど吉川英治はきらい。

やっぱそこが琴線というか固有周波数なんだよなあ、きっと。
内容どうこう言うのはやめておく。

つまり私の小説は見た目と実際の固有振動数が違う、そういう設計なんです。
軽いと思ったら重かったり、
重いと思ったら軽かったりすると思う。
見た目と中身が違うと売る人は困るだろうね。
ま、私の場合売る人と書く人は同じなんだがね。

勅撰集の成立

白河天皇の時代に、後拾遺集と金葉集という二つの和歌集が出たこと、かつ、白河天皇の時代に、古今集、後撰集、拾遺集が整備されたことは大きな意味があった。
これらの、白河天皇の時代の事業によって、
初めて勅撰集というものが定期的に刊行されることになったからである。

伊勢神宮が定期的に建て替えられるようになったのも、
最初からそのように決まっていたからではなく、
何かの理由で反復されることになったのだと思う。

古今集・後撰集・拾遺集のあと、後拾遺集まで長いブランクがあった、
などと書いている人は、
要するに、勅撰集というものは、定期的に作られるものだという固定観念で言っている。
また、三代集というものが、後世言う意味での勅撰集と同質のものであり、
かつ、勅撰集というものが古今集ですでに完成されたものだと思っているのである。
その幻想を産んだのは白河天皇のせいでもある。
彼が、或いは彼の時代の歌人たちが、古今集までさかのぼり、
古今集を理想形とした、勅撰集という形式を確立したのだ。

もしかすると、古今集・後撰集・拾遺集という三部構成になったのも、
後拾遺集が出たあとかもしれない。
どこまでが古今集で、どこまでが後撰集で、どこからが拾遺集なのか。
もとの古今集というのはもっと短くて、
四部構成や五部構成になっていたかもしれない。
その可能性は否定できない。

ともかく、白河天皇の、というより白河院の時代に、
勅撰集とはこうしたものである。
その初めは古今集でその内容はこうである、
その次とその次はここまでである、
そして後拾遺集はこんなんだから、次は誰かが作ろうや、
ということになり、金葉集を作ることになったが、
これがまたすったもんだした。
後拾遺集が案外きれいにまとまったもんだから、
金葉集はどうしようかというので、いろいろ試行錯誤することになる。
難産だったというのと、選者にセンスがなかったのと、両方だろう。

白河院はたぶん途中であきれてあきらめた。
二奏本ができた段階でもう飽きていて、
三奏本を持ってきたときには、あっそうみたいな感じで受け取っただけだった。
嘉納とかありえんと思う。
白河院の執念であんなに時間をかけたのではないはず。

こうして金葉集が不完全燃焼な形で終わってしまったので、
次の世代の人、
つまり崇徳上皇だが、
彼が詞花集を作る。
詞花集によってやっとある一定の形で、継続して勅撰集が作られていく、
という合意が形成されたと思う。
詞花集はコンパクトによくまとまっていて、
ゆえにその次の千載集までくると、割と作りやすかっただろうと思う。

よく似た有名な議論がある。
さっきの伊勢神宮の話もそうだが、
神武天皇から雄略天皇の手前まで、天皇は実在しないとか、
さかのぼって捏造されたのだというもの。
実在したかしなかったかなんてことは今更わかりようもない。

古今集から後拾遺集までの勅撰集の成立に関しては、
しかしほとんど誰もが疑っていない。
定説にあるごとくあったとする。
俊成の古来風体抄についてもほとんど誰も疑わない。
あのような完全な形の歌論がいきなりできた、
そう信じているらしい。
そうではない。
捏造でもなければいきなり完成したのでもない。
どうしてそう両極端に考えようとするのか。
最初に原初的なものが生まれ、不完全なものが次第に完成されていったのに決まっているではないか。
しかし人間はどうしてもそういう過渡的で曖昧な状態というのを認識しにくい。
あったかなかったかの二元論で片付けてしまいがちなのだ。
そして後世の人が必ず最初からきちんと完成されてましたとさかのぼって説明しようとする。
よせばいいのに適当に証拠を捏造する。
そしてもっと後世の人がそれは実は捏造でしたといいだす。
実は何もなかったんだ、と言い出す。
どっちもどっちだ。
時代が古かろうと新しかろうと、どうしてもそんなふうにゼロか一かという議論をしたがるのだ。

議論とはそうしたものなのだろう。
創造説とはそうしたものだ。
あるとき急に世界は作られた。
或いは大昔から今のとおりに存在した。
神が作った。
開祖様が決めた。
温泉は弘法大師が見つけた。いや、役行者がみつけた。

そんなわけはない。
進化論というものが受け入れられたのはごく最近になってからだ。
状況証拠の積み重ねによってはじめて、
人間の思考や直感に基づかず、
おそらくこのへんであったろうということが、
結論づけられるようになってきたのだ。

安本美典だって神武天皇が実在したと主張しているわけではない。
神武天皇以後の天皇がみな実在していたとして、
その頃の在位期間の平均は十年くらいだと仮定できるから、
神武天皇が即位したのはこのくらいの時だっただろうと言っているだけである。
で神話の通りに天孫というのが続いたのなら天照大神はこのくらいの時代にいたことになるだろう。そう言っているだけだ。
そういう状況証拠的、統計学的なアプローチしかできない。
或いは考古学的な事実を積み重ねていくしかない。
それでいいのである。

和歌や歌論はそういう議論に比べるとはるかに遅れている。
戦前の佐佐木信綱でだいたい終わっている。
戦後だと丸谷才一と大野晋くらい。
ほとんど議論されないから話が全然古いままで止まってる。