亦不知其所終 田中久三 aka 田中紀峰のサイト。

Archive for the ‘読書’ Category

04.05.2018 · Posted in 読書

カズオ・イシグロの作品はたいていの場合、主人公が過去を追想するモノローグという形で進展していく。記憶の断片が拾い上げられる順番は、時系列とか、重要さの順番とか、特に決まってなく、ほとんどランダムな順番に取り上げられる。 もちろん小説なので、読者に理解できない順番にはなっていない。一応最初から順番に読んでいけば理解できるのだが、わりといらいらさせられる。そうではなく、途中から読み始めてはなおさらわからないから、しかたなく書かれた順番に読むしかない。 確かに他の作家にはあまりみられない独特のスタイルではあると思う。

カズオ・イシグロ作品というのはつまりモザイク画のようなもので、モノローグが延々と続く過程でタイルが一枚ずつ、ほとんどランダムに貼られていき、最後に全体が見えて落ちがつくというものだ。彼の作品を続けて読む人というのはつまりこのスタイルが気に入って読むのだろうが、私の場合、もうすでに飽きてきている。

「日の名残り」をDVDで見ているが、たぶんこんな具合に延々と老執事の話が続くのだろうと思うと、見る気が失せる。要するにハイディに出てくるセバスチャンとロッテンマイヤー女史がどうしたこうしたという話であって、こういう映像を好きな人はいるかもしれんが、正直私には興味がもてない。

ざっとネットを調べてみると、カズオ・イシグロの妻はごく普通の女性のようだ。 彼が若くして出世していく過程で、サラ・ヘミングスのような女に絡まれるようになり、そういう女性たちをモデルにしたのだろうと思われる。

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夜想曲集

04.04.2018 · Posted in 読書

「老歌手」 「降っても晴れても」 「モールバンヒルズ」 「夜想曲」 「チェリスト」。

「老歌手」に出てくるリンディ・ガードナーは「夜想曲」にも出てくるので、この二つは続き物とみてよい。 まだリンディと、「チェリスト」に出てくるエロイーズ・マコーニックのキャラは微妙にかぶっており、 エロイーズは謎めいているがリンディはわかりやすいキャラなので、エロイーズを理解するたすけになるかもしれない。 で、明らかに、『わたしたちが孤児だったころ』に出てくるサラ・ヘミングスとリンディは同じキャラであり、 「降っても晴れても」に出てくるエミリも似たような性格だから、 サラ、リンディ、エロイーズ、エミリに共通するヒロインのプロトタイプというものが、カズオ・イシグロの中にあるのはほぼ間違いないと思う。 つまり、出世欲が強くて、有名人と結婚することに異様なこだわりを持つ女。 『わたしを離さないで』に出てくるルースもわりとそういうタイプ。 で、こういう女を主役にするってのは、 カズオ・イシグロの原体験に基づいている、つまり、彼が昔好きだった実在の女性を反映しているのだと仮定できなくもないのだが、 実はイギリスやアメリカの小説ではありがちなことであり、そういうセレブに憧れるアサハカな女というのはざらにいるのに違いなく、またあちらではそういう女を描けば小説は売れるものなのかもしれず、カズオ・イシグロの発明というわけではないのかもしれない。 日本と違ってむこうはもっとウーマンリブとか女性の人権とか女性の社会進出というものが盛んなのに違いなく、 日本みたいに一途で控えめな女というのはむしろ社会的にはタブーで、 そんな女性を描こうとすると時代錯誤が女性差別みたいに見られてしまうのかもしれない。 実際、結婚して離婚する夫婦が出てくるハリウッド映画はいくらでもある。離婚ということがネタになりやすいのだろう。しかし日本ではいまだに、シンデレラストーリーみたいに、結婚してめでたしめでたしみたいな話か、さもなくばボーイミーツガールみたいな話しか受けない。中年もしくは老夫婦が主役で夫婦生活がうまくいってないとか離婚するとかそんな話、日本ではまず受けない。あほみたいに、いつもいつも、若い作家が書いた、いまどきの若者に受けそうな作品ばかりが取り上げられる。いや、日本でも山田詠美あたりがこつこつ書いてるのかもしれんが、話題にはならんわな。

「老歌手」はまあ普通に面白くちゃんとオチもあるので、読んでみると良い。 「チェリスト」は、主人公は単に観察者として出てくるだけで、自称チェリストの大家エロイーズと、ちゃんと音楽家としての教育を受けたティボールが意気投合しちゃうって話なんだけど、カズオ・イシグロはネタばらしせずにこの小説を終わらせてしまう。 ティボールはエロイーズの教授を受けてより優れた演奏家になったのか、それとも才能を潰されてしまったのか。 エロイーズは、チェロを演奏することはできないが優れた指導家であったのか。 どちらとも解釈できるように書かれている。 でまあ、もとミュージシャン志望であったカズオ・イシグロとしては、優れた音楽家なんてものは結局誰にもわからん。 プロデュースする人の力次第かもしれない、本人の営業の力かもしれない、運とか人間関係によるものかもしれんと言いたいわけで、 『わたしたちが孤児だったころ』もある意味そういうことが言いたかったと言えなくもない。 『わたしを離さないで』で臓器提供猶予のために一生懸命絵を描くが無駄骨ですげーがっかりした、みたいな話も同じかもしれない。

思うに、バッドエンドのほうに落としたいときには、カズオ・イシグロは最後でネタばらしして、読者をぎゃふんと言わせる。 ハッピーエンドにもっていきたいときには、わざと結末を書かずに、バッドエンドもあり得るみたいな余韻を残したがる、のではなかろうか。

「モールバンヒルズ」も、何が言いたいか不明だが、ミュージシャンが才能を認められる確実な方法はなく、才能があるかないかを確かめる方法もないってことがいいたいだけなのかもしれない。

「夜想曲」は長いだけのドタバタコメディで一番長いんだが、一番どうでも良い感じだった。

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わたしを離さないで

04.04.2018 · Posted in 読書

『わたしたちが孤児だったころ』は、イギリスの社交界や、上海や、探偵、日中戦争などの割と食いつきやすいネタがちりばめられていて、 また独特の間の引っ張り方で、それなりに読み進められたのだが、 この『わたしを離さないで』は、そういう飾りや仕掛けを全部取っ払ってしまっていて、 だが俺のファンなら最後までついてこれるはずだ、みたいなマゾヒスティックな文章で、 ある程度固定ファンをつかんだあとにしか書き得ない実験作品みたいなもんで、 極めて読むのが苦痛だった。 それであらすじはあちこちのサイトを見てもうわかっていて、既に映画化されていたからそのDVDを借りてきて見て、だいたいのストーリーは把握した。 映画だけではわかりにくかったところは最後のマダムと先生の話にまとめてネタばらしされている。 この仕掛けも、『わたしたちが孤児だったころ』でフィリップ伯父さんがまとめてネタばらしするのとよく似ているといえる。

それでまあ、カズオ・イシグロが必ずしも科学に詳しくないだろうってことと、今みたいに IPS細胞がどうしたこうしたなんて騒がれるよりもずいぶん前に書かれたせいで、SFとしては出来が良いほうとは言えないのは仕方ないと思う。 1950年代、まだ科学や医学が十分に発達してなかったころは、ロボトミー手術とか、強制不妊手術などというものが普通に行われていたわけだ。そんな時代にクローン人間を作ることで癌が完治し平均寿命が100才超えるなんていう医療技術が確立されていたとしたら、クローン人間の人格なんてものは無視されて、どんどん技術だけが先走りしていた可能性はある。もっと早い、優生学や人種差別が当たり前だった時代にシフトさせれば、もっとあり得る話だ。だから、カズオ・イシグロの妄想は必ずしも何も根拠がないわけではない。 というか、この話はそもそも、大英帝国時代、当たり前に人種差別が行われていたころのヒューマニズムや人権運動をモデルにしたものだと思う。 『わたしたちが孤児だったころ』に描かれている大英帝国時代にあった、反アヘン運動というものも、やはりおなじような動機で取り上げたものだろう。一方で人種差別し、搾取しながら、他方で人道を説くことの欺瞞をテーマに取り上げる、というのはいかにもイギリス的だ。

それで、最初の頃はクローン人間はひどい育てられ方をしていたので、クローン人間をもう少し人道的に育てようという運動が起きて、クローン人間にも魂があることを証明しようとして、絵を描かせたりした(これは大英帝国が植民地で現地の「野蛮人」に施した啓蒙活動に似たものかしれない)。しかし一方で、現代人よりも優秀な人間を人工的に作り出せるという研究が発覚して(モーニングデール・スキャンダル)、クローン人間の人権運動というものもとばっちりを受けて頓挫してしまう。

植民地の土人たちを人道的に扱おうという運動は頓挫する。より理想主義者が現れたり、反動的な人たちや、現実主義者も現れたりする。『わたしたちが孤児だったころ』はまさしくそういう観点で書かれており、それをクローン人間の人権に置き換えればそのままそっくり『わたしを離さないで』ができあがるしくみになっている、といえる。まさにイギリスである。

でまあ、私も『妻が僕を選んだ理由』みたいなものを書いたりして、つまりこれは、科学技術が今後発達していくと、生身の人間というものはどんどん役立たずになり、サイボーグとか人工知能とかが比較優位になっていき、現生人類よりもすぐれた新しい種が作られる可能性もあり(自然に進化することはあり得ないが)、そうした場合に古い種、つまり現代人は、原種の遺伝子を確保しておくために「ジオコミューン」のような原始共同体(つまり、ホモ・サピエンスが種分化によって生まれた当初と近い環境)に隔離保護される時代がくるんじゃないかとかそんな話なんだけど、Yuval Noah Harai の Sapiens とか Homo Deus も同じテーマを扱ってるんだけど、『わたしを離さないで』もまあだいたい似たような小説であると考えて良いと思う。

でまあ、SFの宿命というべきか、2005年当時ならばまあそれなりの作品であったかもしれないが、2018年の今これを、カズオ・イシグロの代表作だとか、読んでおくべき作品だとかいうのは違うと思う。どちらかと言えば失敗作になると思う。彼はそもそもこんなものを書くべきではなかった。「who, in novels of great emotional force, has uncovered the abyss beneath our illusory sense of connection with the world」というノーベル文学賞の受賞理由に一番ふさわしい作品のように一見みえるが、そういう作品とは言えないと思う。

『わたしたちが孤児だったころ』を読んだあとならば、『わたしを離さないで』でこういうゲスいオチをもってくるというのは、十分予測可能だ。『わたしを離さないで』が面白くてわかりやすいなんてちっとも思わない。

『わたしを離さないで』が映画化され、日本でもテレビドラマ化されたのは、これがほかの作品より面白かったからというよりは、制作費が安くすむからであったろうと思う。 『わたしたちが孤児だったころ』のほうがずっと派手で映像にすれば面白くなるはずだが、そのためには1930年代のロンドン社交界とか上海などのセットが必要になり、CGもばんばん使わなきゃならない。 『わたしを離さないで』なら現代のイギリスに適当なロケ地があれば作れてしまう。 イギリスであることにすらこだわらなければ、ちょっとした学校と病院さえあればドラマ化できてしまう。まあ単にそれだけの意味だわね。

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わたしたちが孤児だったころ

04.02.2018 · Posted in 読書

カズオ・イシグロの『わたしたちが孤児だったころ』をやっと、途中斜め読みしたが、一応読み終えた。

最初は、日中戦争のことが書きたいのかなと思った。アヘン戦争以来の、イギリスによる中国支配のこととか、日本との戦争のことが書きたいのかなと。 でも何か主要なテーマが一つあってそのことを中心にいろんなエピソードが絡み合っているのかとおもったが、 そうともいえない。 中心的な主題を持つことを拒絶しているような感じがある。これがポストモダンとかポスト構造主義というものだろうか? さまざまなエピソードがただたんに相互に絡まり合って長編小説という体裁を作り出している。 だから、イシグロが構築した世界の中をだらだらと散歩させられているような気分になり、そういう読書体験をしたい人にはちょうどよいのだろうし、そういう読者が英語圏には、あるいはイギリスという国には、ある一定数いるのだろうと思われるし、そういう人むけに書かれたものなのだろうと、推測する。

面白いと言えば面白い。そう、わざと、最後まで、はしょらず読み進めさせるのに必要な最低限の面白さを小出しにするようにして、話は進んでいく。 筆力を持った作家にしかできないじらしのテクニック、と言えば言えるだろう。 意外なオチというものは用意してあるのだが、いわゆるミステリー小説へのアンチテーゼのような形で、読者の目の前に持ち上げておいてたたき落としているような不愉快な感じすらある。 クリストファーとサラの恋愛物かと思わせておいて全然そうはならない。 たとえばロンドンの二階建てバスに二人で乗る話。それはただ記憶の断片として配置してあるだけだ。石庭の石のように。 クリストファーとアキラの友情ものかと思わせておいてそうもならない。 アキラの家の使用人が人間や動物の手首から蜘蛛を作っているというアキラの思い込み。なるほど、アキラという子供の描写にはちょうどよいのかもしれないが、本筋とは何の関係もない。 読者がこういうものを読みたいと思っている、その期待をすべて裏切っているところがおもしろがられているのだろうか。 すでに巨匠となった作者のちょっとしたいたずらのようなものだろうか。 これを読んでなんだかはぐらかされた気分になる人は多いのではないか。だがそうは思わず純粋に楽しめる人もいるのだろう。

思うに、今の時代は、これはラノベ、これはミステリー、これはホラー、これは時代小説、などと、ジャンルが細分化されていて、それぞれにファンがいて、他のジャンルの小説は普通は読まない。 そしてそのレビューというのも、ミステリーとしてよくできてるとかミステリーのていをなしてないとか、ミステリーとホラーがまぜこぜになっているとか、そういうものが多い。 ラノベだとこれは異世界転生物とハーレムものを合わせたものですね、なんて言っている。そういう読み方して楽しいのか?と思う。 小説をそういうふうに消費するのはつまらんからジャンルをとっぱらった自由な新しい小説を読んでみたいとなると、カズオ・イシグロのようなものになるのだろう。 しかし私には、ジャンルを否定しただけで、なんだか何でもない、小説ですらない何かを読まされているような気がしてくる。 私の場合、やはりジャンルにはこだわりたくないのだ。読者に自分の小説をカテゴライズされるのはいやだ。しかし小説を書くのであればきっちりテーマがあってちゃんと起承転結があるものを書きたい。それで面白いと思われたいのだ。

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花月草紙

02.21.2018 · Posted in 読書

花月草紙 p.191

松平定信は朱子学者であり、国学に批判的などと言うが、国学を批判したとされるこの花月草紙などは明らかに国学者が書くたぐいの和文の随筆であって、源氏物語をほめたりもしている。 どちらかといえば、国学者として国学を論じているのであって、朱子学者の立場で国学を批判しているのではない。

藤氏のさかりになりて、君をなみしし勢ひを憚らず書いて、源氏の君を大臣の列に加へ給ひて、藤氏を押し鎮めしことも、夕霧を大学寮に入れ給ひしも、皆、かからんかしと思ふことをよそごとにして書けるぞ尊き。げにまたなき物語なりけり。されば見るごとに奥意の深きをおぼゆ。

とまあ、こんな具合に『源氏』を絶賛しているのだから、定信は国学者というしかない。 ところが、

ただ仏の道にのみ入りて、誠の道に暗ければ、冷泉の帝、光君の御子なりしことをはじめて、しろしめしたるところの書き様、道知らぬよりして、誤れりけり。ここのみぞ女童べなんどの見ても、道踏み違ふべくやと危くぞ覚ゆる。薄雲・朧月夜なんどの人の道に背けるは、童べも知りぬべければ、迷ふべしとは思はれずなん。仏のことをばやんごとなく尊き限り書けれど、よゐの僧のようなき事さし出でて言ふさま、三所にまで書きたるは、またをかし。此の物語を、ただにあはれを尽くしたるものにて、させることわり著したるものにはあらずと、もとをりの言ひたるはをかし。されどもはしばし、心はこめて書いたるには疑ひなし。

この「夜居の僧の用なき事さし出でて言ふ様」というのは、「薄雲」の巻で、冷泉帝の母桐壺が光源氏と密通して冷泉帝が生まれたのだということを、夜居僧都が冷泉帝にばらしてしまったことを言う。夜居僧都というのは宿直で侍っている僧侶という意味で、光源氏と桐壺の秘め事を実際に目撃したらしい。 「三所」というのはおそらく、「薄雲」の第一段から第三段に渡って、というくらいの意味か。

紫式部は、僧侶を高貴だとか、尊いとも思っていないと思う。少なくともこの夜居僧都に関しては、かなり批判めいた書き方をしているのではなかろうか。 ここで「をかし」といっているのはニュアンスとしては現代語の「おかしい」「変だ」という意味だろう。 その次いきなり本居宣長の「源氏物語はただ単に、あはれを尽くしたもので、格別何かの道理を説いたものではない」という意見も「をかし」と批判している。 定信は源氏物語を愛好していたが、ところどころ、女子供が読んで誤解するところがあるのがよろしくないと言っている。 また紫式部は仏教ばかりありがたがって、誠の道、つまりここでは朱子学を、知らないと言って批判する。 つまり、定信の源氏物語理解は宣長よりはよほど浅かったということではなかろうか。

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12.28.2017 · Posted in kindle

アレクサンドロスがクレイトスを殺害する場面、簡単に描けるかと思っていたが、なかなか難しい。 一番の難所かもしれない。

アレクサンドロスのザグロス山脈越えは、まあわりとどうでも良い。 森谷公俊著『アレクサンドロス大王東征路の謎を解く』を読んだのだが、 結構高齢になってから、科研費もらってザグロス山脈の現地調査したというのはすごいが、 実際どのルートを通ったかというのは大した問題とは思えない。 別にどのルートでも結果に大差ないように思える。 アリオバルザネスというペルシャの将軍との戦い、いわゆるパールサ門の戦いだが、これも大したものだったとは思えない。

だが、アレクサンドロスがクレイトスを殺す。 簡単なようでこれがなかなか書けない。 ただ酒に酔って勢いで殺したのではない。 アレクサンドロスという人がどんな人だったのかを正確に把握してないと書きようがない。

森谷公俊氏はアレクサンドロス研究に関しては日本の第一人者と言える人だろう。 だが私は彼といくつかの点で見解が異なる。 アレクサンドロスのバビュロン入城や、パールサプラ略奪に関しては、私はギリシャ人がペルシャ人に報復したのではなく、 バビュロニア人がペルシャ人に報復したのであり、アレクサンドロスはバビュロニア人に加担、あるいは譲歩したのだ。 パールサ侵攻はバビュロン入城の交換条件のようなものであったろうと思う。 バビュロニア人だけでなく、アッシリア人も、スーサのエラム人も、ペルシャに恨みを抱いていた。 パールサプラを焼かねばならぬと考えたのはマケドニア人というよりは、それらの諸民族であったはずだ。 パールサ侵攻はそれゆえにアレクサンドロスが自ら望んで行ったものではないと思う。 パールサはアレクサンドロスにとって寄り道にすぎない。 パールサに長居したのも、ペルシャ高原を冬に移動するのは困難だったというだけのことだろう。

マケドニアやトラキアやオレスティス、エペイロスには山が多く、山羊や羊を飼う遊牧民が多く住んでいたはずだ。 ディオドロスの逸話は面白い。ザグロス山脈を越えたときに現地の羊飼いに道案内を頼んだ。 身軽な羊飼いにしか通れない山道を通ったというのは、つまり、マケドニア兵はもともとそういう山岳地帯に慣れていたということだろう。 だからイリュリアやゲタイなどトラキアの奥地に住む原住民とも互角に戦えたのだ。 アレクサンドロスにとって、ペルシャ王と戦うよりも、ザグロス山脈に住む山賊と戦うほうが面白かったかもしれない。

スーサも書こうと思ってなかなか書けない。スーサはいかなる町であったのか。 スーサについてはドイツ語のウィキペディアの記述がやや詳しい。スーサには城壁がなかった。 ダレイオス大王の王宮があり、城下町(Künstlerviertel)があっただけだ。 ペルシャに征服される前には当然スーサにも城壁はあったのだろう。

あと書かなきゃならないことは、 パールサ侵攻、ダレイオス三世の死、ベッソス捕獲、バクトリア征服。 このあたりでクレイトスは殺害される。 バクトリアでラオクスナカ、アマストリー、アパマなどのペルシャ王女らを確保する。 それから第一巻に書いたガンダーラ、インダス川、ゲドロシアへ続き、スーサに帰ってきて、ハルパロスらと一悶着あって、結婚式を挙げる。 スーサの合同結婚式より後のことを書く気は今のところない。

アレクサンドロスはなぜバビュロンを王都に定めたのだろう? 当たり前のようだが全然当たり前じゃない。 別にバビュロンにいたかったわけではあるまい。 たまたまバビュロンでアレクサンドロスが死んだので、バビュロンが王都であることになったのではないのか。

まともかく、第五巻までで書くのをやめてしまっても別に大して支障はない。 とはいえ、完結させた方が読者にとっては便利かもしれない。

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歌詠みの死滅

12.17.2017 · Posted in 和歌

和歌を詠み始めの頃は、やまとことばだけで、五七五七七に詠むのがとても難しいと感じる。 だけどその習慣を10年、20年と続けていくうちに、自然に歌が詠めるようになる。

今私はシラフのときにはほとんど歌を詠まないが、なぜか酒に酔って知性や理性というブレーキが利かなくなると歌を詠む人になってしまった。 そして詠んだ歌を忘れて翌朝、ツイッターか何かに書き込んだのをみて、 こんな歌自分で詠んだんだなと驚く。

私たちは考えてしゃべるのではない。 歌もそうだと思う。 自然に詠めるまで訓練することが大事なのだ。 そこまでいけば歌など勝手に詠めるのだ。 昔のうまい歌詠みたちもみんなそうだった。 うまい歌を詠もうと思って詠むのではない。 歌というものはほとんど無意識に詠まなくては良い歌にはならない。 良い歌を詠もうと巧んではならない。 そんな歌はたいてい出来損ないだ。

もちろん酔っ払って下手な歌を詠むこともある。 あとからみて陳腐だなあと思うことも多い。 しかしシラフのときには決して詠めない、詠まないような歌を詠んでいて我ながら驚くこともある。

そして、いろんな人たちのブログやSNSなど見てて、 やまとことばだけで、五七五七七に、きちんとした和歌を詠んでいる人が、 私以外にはもはや一人もいないのではないかという気がしてならない。 まだきちんと平仄あわせした七言絶句などの漢詩を作る人のほうが多いように思う。

きちんと和歌を詠む人、桂園派の生き残りは柳田国男くらいまでだった。 今の人たちは昔の人たちのように和歌を詠むことなんてできないとはなから諦めている。 佐佐木信綱あたりがそう決めてしまった。 佐佐木信綱ですら詠めないのだから私たちも詠めるはずがないと思い込んでしまった。 諦めるから詠めないのだ。 一つの伝統が尽きようとしている。死に絶えようしている。 このままではほんとうに日本人は和歌を詠めなくなってしまう。 実に恐ろしい。

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12.10.2017 · Posted in kindle

『エウメネス』を最初書いたときは、アリアッノスの『アナバシス』しか読んでなかった。 その中の名場面を切り抜いて一本にして、それ以外を書く気はなかった。

連載ものにしたのは、続編が読みたいというレビューが書き込まれていたためでもあるし、 また、『エウメネス』が良く売れるので、一から書いてみようかという気になったのだ。

それで、アレクサンドロスの東征の開始からイッソスの戦いまでを書いてみようとして、これは一本では書き切れないってことがわかって、 二本にわけた。 もともと出してたやつを『エウメネス1 ゲドロシア紀行』とし、 つづいて『エウメネス2 グラニコス川の戦い』、『エウメネス3 イッソスの戦い』としたのだった。

『エウメネス4』と『エウメネス5』では、それまでと違って、 アレクサンドロスの金魚の糞みたいな位置づけだったエウメネスを単独行動させてみた。 わざとアレクサンドロスを登場させず、アレクサンドロスの三人称視点としてのエウメネスを独立させて、 一人称視点のエウメネスを書くことにしたわけだ。 ついでにカッサンドロスやセレウコスなどの若者も登場させてみた。

『エウメネス』シリーズはすべて一人称視点で書かれているのだが、 一箇所だけ、イッソスの戦いでダレイオス三世が敗走するところだけ、 ダレイオスの一人称視点で書いてある。 というか、エウメネスでもダレイオスでもない三人称視点のような書き方になっている。 これは反則技というか、文章の稚拙さともいうべきものなわけなんだけど、 個々の箇所はエウメネスの回顧録のような形で読んでもらえればと思う。 イッソスの戦いの後でエウメネスが知り得た事実を総合したらダレイオスの心理とはこんなふうなものだった。 それをエウメネスが語った、ということにしてほしい。 ところどころ、「今から思えば」とエウメネスが言う箇所がある。 この作品全体が、アレクサンドロス大王がバビュロンで死んだ直後くらいにエウメネスが王を追想して語ったものなのだが、 没入感を出すために、多くは現在形で語られているのだと了解してもらえるとありがたい。

古代ギリシャのことを書きながら、いつの間にか、結局現代社会のこと、私自身の思想のことを書いているのだけれども、 それは私が書いているフィクションなのだから仕方あるまい。 なんなら他の人はほかのように書けばよいだけだ。

あとは、パールサの戦い、ハグマターナ、バークトリシュの戦いを描くのみとなった。 たぶんこれらは『エウメネス6』『エウメネス7』という形で書くことになるはずだ。 そして時系列的に言えば『エウメネス1』に戻る。

最後はゲドロシアを抜けてスーサに至るまでのアレクサンドロスの帰還を描いて『エウメネス8』としたいと思っている。 『エウメネス8』の主役はカラノスというバラモン僧になる予定だ。 この人はもともと出てこないので、『エウメネス1』に追記した。 『エウメネス1』だけで完結するには要らないキャラだが、 『エウメネス2』から『エウメネス7』まで来て『エウメネス1』に戻って、『エウメネス8』で完結するためには、必要なキャラだと考えている。 アレクサンドロスが死ぬところやその後のディアドコイ戦争を書く気はない。

アレクサンドロスとは何だったのか。 彼にはエパメイノンダス、フィリッポス2世という先達がいた。 ペルシャ帝国が瓦解しかけ、そのコスモポリタニズムを新興のマケドニア王国が引き継いだ。 さらに彼の個人的資質、特殊能力としてはダイモニアというものを仮定している。 ダイモニアはソクラテスが言っていたことで、アリストテレスもエウダイモニアなどと言っている。 ダイモニアは守護神とか守護霊のようなものであるし、バラモン教的に言えば阿頼耶識とでもなろうか。 無意識的自我とでもいえばよかろうか。

『エウメネス5』ではたくさんの神が出て来た。 ダゴン、イシュタル、ナブー、マルドゥク。 占星術、七曜にも多く言及した。 ユダヤ教にもちょっと触れた。 『エウメネス3』ではフェニキア人やエジプト人の神の話も出た。 ペルシャ人の神アフラマヅダは当然出てくるし、 ギリシャ人の神はディオニュソスを初めとしてこれまたたくさん出てくる。

これだけたくさん神様を出したのは単に私の趣味だからでもあるが、 私は、アレクサンドロスがパールサプラを焼いたのは、アレクサンドロス自身が意図したのではなく、 バビュロニア人とペルシャ人の間の宗教的な対立があったからだと思うからだ。 もちろんギリシャ人も、ギリシャに侵攻したクセルクセス王には恨みがあった。 そのクセルクセスが完成させたパールサプラを略奪し焼いたのはギリシャ人自身の復讐であったかもしれないが、 しかし、バビュロンに入城したアレクサンドロスが為政者として市民らに最初に期待されたのは、 ペルシャ人への報復だったと思うのである。 つまりバビュロンへの無血入城には、パールサ征服という交換条件があったのではないか。

ディオドロスの『歴史叢書』も最近になって目を通している。 概要はアリアッノスと、ウィキペディア英語版など読めば十分なのだが、 ディオドロスにしか書いてないディテールなどが割と作品に風味を加えてくれるので、 できるだけ拾いたいと思う。 他にもクセノフォン、トゥキュディデス、アテナイオスなども読んでいる。 森谷公俊氏の本も読み始めた。 しかしプルタルコスを参考にするつもりはない。

まともかく『エウメネス』シリーズは完成させなくてはならない。 そのため『エウメネス1』はだいぶ加筆修正した。 『エウメネス2』にはアンフィポリスの戦いを加筆した。 完成させるまでには、いやもしかすると完成させたあとも、加筆や修正は続くんじゃないかと思う。

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10.08.2017 · Posted in 読書

某大学院の某講座を聞いてみたのだが、 国文学入門に本居宣長の『うひやまぶみ』をまず読んでみたまえなどと言っている。 どうも「国学」と「国文学」の違いもよくおわかりではないらしいし、 本居宣長がなぜ吉田兼好を批判したかについても、きちんとした説明ができてない。

本居宣長は好き嫌いが激しい人だ。そして宣長が吉田兼好を好きなはずがない。 宣長は子供の頃仏教にのめり込んで僧侶になろうとも考えていたらしい。 吉田兼好的な方向へ行きかけた。 しかし、和歌に目覚め、堀景山を通じて契沖を知るに及んで、仏教的・儒教的なものを憎み始めた。 そんなことは宣長を少し知っていれば簡単に説明できることだ。 いきなり『うひやまぶみ』を読んでも宣長という人は絶対わからない。

大学の学問がこんな程度では、私が書いたものを読める人がほとんどいないのはしょうがないという気がしてきた。

『うひやまぶみ』は確かに本居宣長が門人に請われて初学者のために書いたものだが、 あれを読んで国学、あるいは国文学がわかる人がいるはずがない。 むしろ、国学というものがわかったような気分になるだけで、極めて害悪だ。 宣長の書いたもののなかで比較的初心者にもわかりやすいのは『玉勝間』あたりだろうか。 あれは短い随筆を集めたようなものなので、『徒然草』に近い。

宣長という人は常に誤解、誤読されてきた人であり、 彼を辛うじて読み解き得たのは、小林秀雄くらいだった。 しかるに小林秀雄は例によって極めて悪文であり、また彼の書いたものを誤読せずに読むのは困難だ。 小林秀雄のファンである白洲夫人もまた、まるで読めていないのだ。 そして大学の講義などというものはせいぜい白洲正子レベルであるから、宣長はおろか、小林秀雄ですら、ほとんどの人は理解しているまい。 筒井康隆も小林秀雄を相当に畏怖しており、特に小林秀雄の『本居宣長』がわからないと感じているように思える。

中根道幸氏は宣長を善く読み解き得た人であった。 そして小林秀雄は宣長の本質が歌人であることを正確に見抜いた、おそらく唯一の人であった。

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ギリシャ語の長母音

10.07.2017 · Posted in 読書

http://clsoc.jp/QA/2014/20140515.html

ηやωが長母音なのは明らかだとして、α、ι、υ、ε、οの長母音は無いのかということだが、 εとοの長母音はそれぞれη、ωなので無いと。

α、ι、υなどは他方言を調べてηやωがなまったものであるとみなされるときに、長母音であろうと、近世以降のイギリスの学者が判断して辞書にそう書いている、ということらしい。 また、『オデュッセイア』などの韻文の原典などから長母音であることが推測できるのであるという。 或いは Ναυσικάα などと綴られている場合があって、「ナウシカー」と伸ばすのであることが判明する。

いちいち方言研究までしてられないのでオックスフォード様に従うしかないのだが、 つか、長いか短いかはっきりしないときは、短いままにしていてもかまわんのではないかと思う。

ところで、Ἰφιγένεια だが、これは ιφιοσ(強い)と γενοσ (生まれた)の合成であろうことがわかるのである。 つまり「強く生まれた」という意味の、女性の名前だ。 ιφιοσ の頭の ι は曲アクセントで発音されるものらしく、音程が上がって下がるのだが、これも長母音であることを意味しているように思われる。 もとは複合母音であったのかもしれない。

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