亦不知其所終 田中久三 aka 田中紀峰のサイト。

経国集

09.13.2013 · Posted in 漢詩

経国集 はここで読むことができるが、立派な漢文の序文がついている。 やはり、この流れで行くと、古今集の序も最初は漢文だったのではないかと思われてくる。

どうかんがえても淳和天皇の勅撰じゃないだろ。 嵯峨上皇の命令だと思うよな、普通。

滋野貞主が選んだと書いてあるのだが、 ウィキペディアには、 良岑安世、菅原清公らが編纂とあるのはどういうわけだ。

春宮學士從五位下臣滋野朝臣貞主等奉敕撰

ここで東宮というのは嵯峨天皇の皇子で、 淳和天皇の皇太子に建てられていた、 のちの仁明天皇だわな。

勅撰というものが明らかに意識されたのも、漢詩集のほうだわな。 和歌集の方は、勅撰という意識が確立されるまでにだいぶ時間がかかった。

良岑安世は僧正遍昭の父で素性法師の祖父だから、 もとはこの家系は漢学の家だったのかもしれんね。

当時の平安京というのは、 完全に人工的な未来都市として作られて、 原始神道的匂いのする和歌は嫌われてて、 そもそも新都平安京には和歌を詠むような住人もいなくて、 それで自然に廃れたんだろうな。

奈良の仏教というとなんか密教的な、山岳信仰的な匂いがあるよね。 そういうのも一切捨てられてしまって、 完全に中国式の宗教儀礼に入れ替わったということじゃないかな。

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