[英訳は1885年](http://www.e-rara.ch/sikjm/content/titleinfo/5320749)。 訳者は Louise Brooks。 出版社は Couples, Upham, and Company, The Old Corner Bookstore, 283 Washington Street, Boston. 巻末の広告の価格がドルで書かれているので、間違いなく、 イギリスではなくてアメリカのボストンだ。 こちらは前編と続編両方の合冊になっている。 これがおそらく最初の英訳。 そしてハイディを世界的に有名にした本なのだろう。
> From the pleasant village of Mayenfeld a path leads through green fields, richly covered with trees, to the foot of the mountain, which from this side overhangs the valley with grave and solemn aspect.
冒頭だけだが、ドイツ語原文と比べてみると、そのまま自然に訳されていることがわかる。
> Vom freundlichen Dorfe Maienfeld führt ein Fußweg durch grüne, baumreiche Fluren bis zum Fuße der Höhen, die von dieser Seite groß und ernst auf das Tal herniederschauen.
> 直訳すれば「地上の小さな寝床に憩え(zur Ruh ein Bettlein in der Erd)」
Paul Gerhardt の[Nun ruhen alle Wälder](https://de.wikipedia.org/wiki/Nun_ruhen_alle_W%C3%A4lder) に見える句だが、
> Nun geht, ihr matten Glieder, geht hin und legt euch nieder, der Betten ihr begehrt. Es kommen Stund und Zeiten, da man euch wird bereiten / zur Ruh ein Bettlein in der Erd.
「bereiten zu 物」で「物を用意する」、の意味。 だから、できるかぎり直訳すると「地上に用意された休息の寝床」となるか。 だから本文中の「直訳すれば」は余計か。 man euch の euch は再帰代名詞だと思うが、特に訳さなくてよいか。
p. 220
> Freude die Fülleあふれる喜びと > Und selige Stille 至福の静けさ > Darf ich erwarten 私は待っている > Im himmlischen Garten, 天国の園で > Dahin sind meine Gedanken gericht’. 私の考えが裁かれるのを
Darf ich erwarten は「私は待っていてもよかろうか?」のように推量疑問、もしくは 「私は待っていたい」のように願望として訳すべきだろう。
Dahin sind meine Gedanken gericht’ は「そこへ(dahin)私の思いは向けられている(sind gerichtet)」と訳すべきだった。
p. 287
> アルトゥールとリス
Squirrel は「リス」ではなくて女の子の名前である。 無理にドイツ語読みすれば「シュクヴィレル」とでもなろうか。 Arthur も「アートゥア」などと記した方が良いかも知れない。
p. 288
> 1890 Cornelli wird erzogen
「コルネリは育てられる」 これとその前の
> 1889 Was aus ihr geworden ist
「彼女は何になったか」 は別の年に出た別の本。 「彼女は何になったか」は 1887年の
> Was soll denn aus ihr werden?
「彼女はどうなるべきか」の続編 (Fortsetzung)。
これら三つの本の説明がごっちゃになっている。
その他
表紙に書かれている
Frühe Erzählungen von Johanna Spyri, die Verfasserin des «Heidi»
だが、これは(出版社に頼まれて)「ヨハンナ・シュピリ初期作品集」というタイトルを私が独訳したものであり、それ以上の意味はない。 原著名は Verirrt und Gefunden (1872) ですが、のちに Aus dem Leben (1900) と改題・微妙に改訂されて再出版されている。
Verirrt und Gefunden と Aus dem Leben の違いは、 次のテキスト(ただし Ein Blatt auf Vronys Grab のみ)の差分を取るなどして確かめてみてください。
* [Ein Blatt auf Vronys Grab 1883](http://tanaka0903.net/libroj/Vrony_1883.txt) * [Ein Blatt auf Vronys Grab 1900](http://tanaka0903.net/libroj/Vrony_1900.txt)
思うに、ゲーテに Aus meinem Leben, Dichtung und Wahrheit という自伝があり、 またヨハンナによって書かれた夫の伝記 Aus dem Leben eines Advocaten (ある弁護士の人生から)があることから、 ヨハンナ自身によってその死の直前に Aus dem Leben と改題されたこの書名には、これが自伝の代わりであることがほのめかされていると思われる。
参考
* Johanna Spyri geb. Heusser projekt gutenberg DE * Johanna Spyri projekt gutenberg * [e-rara Johanna Spyri 文献](/?p=18475) * [堅信礼の贈り物](/?p=18643) * [「ハイディ」邦訳疑惑](/?p=17598) * [シュピリ ヨハンナ](/?p=14107) * [デーテの言い訳](/?p=17566) * [フローニ他](/?p=18305) * [Heidis Lehr- und Wanderjahre](/?p=17564) * [ラガーツ温泉](/?p=8919) * [ラガーツ温泉2](/?p=8928) * [ひたすらハイジを観る。](/?p=1113) * [Johanna Spyri](/?p=17402) * [アルムおじさん一家の謎](/?p=10140) * [Geißenpeter](/?p=9782) * [unten と oben](/?p=8940) * [アルムの小屋のトイレの謎](/?p=1115)
「ハイディ」は処女作「フローニ」を土台として構築されたメルヒェンであると考えてほぼ間違いなかろうと私は今も考えている。その考えは2014年以降、他の初期作品も訳し終えてみて変わってない。 「ハイディ」はヨハンナの他の子供向け作品と比べると宗教色が濃厚である。 初期作品よりはずっと薄められているが、例えば1878年に出た Am Silser- und am Gardasee 《小さなバイオリンひき》(ジルス湖とガルダ湖のほとりで)、Wie Wiseli’s Weg gefunden wird 《ヴィーゼリの幸福》(ヴィーゼリの道はどうやって見つかるか)などの作品が完全な童話として構成されている(ただし主人公は片親だったり孤児だったり、家が貧乏だったりして不幸な子供のことが多い)のに対して、ハイディには暗い死の影が落ちている。 それはやはり、生涯童話作家になりきれなかったヨハンナが、フローニを下敷きにハイディを書いたからだと思われるのだ。 「ハイディ」を書いた動機は、ハイディという少女を描きたかったというよりも、フローニを不幸に死なせてしまったアルムおじさんの魂を救済するため、またフローニという不幸な娘の霊を慰めるために、ハイディという、ある意味聖なる少女をアルムおじさんのもとに遣わしたいという衝動であったのに違いない(というより、書いているうちどうしてもそっちのほうに話がひっぱられていった)。 つまりフローニの夫を悔い改めさせることによってフローニの物語を完結させたかったのだと思えるのである。ここでハイディは牧師役でもあるし、天使役でもある。 フローニを弔うという意味でやはりハイディはフローニの続編とみなしてよいと思うのだ。 ヨハンナは単に宗教的な作品を書きたかったのではない。おそらくは実在のモデルに基づくフローニという人を哀れんだゆえに宗教的になってしまった。 しかしフローニの話から書き始めるともう話が複雑でかつ暗くなってしまって児童文学にはならない。ハイディを児童文学として書きたかったヨハンナは、その代わりに、ハイディの母アーデルハイトや父トビアス、そしてアルムおじさんについてのなにやら思わせぶりな噂話をデーテに語らせている。 そして読む人が読めばわかるような仕掛けがしてあるのではなかろうか。 ハイディの続編、クララが山に来て立つという部分は明らかに当初の執筆動機から逸脱している。しかしながらクララが立たないことにはハイディは成り立たないことになってしまった。 ハイディが世界に通じる一個の仮想物語(メルヒェン)になり得たのは、そうしたいという出版社の意図と助言があったからだろう。ヨハンナ自身の意志もあったかもしれないが。
Vom freundlichen Dorfe Maienfeld führt ein Fußweg durch grüne, baumreiche Fluren bis zum Fuße der Höhen, die von dieser Seite groß und ernst auf das Tal herniederschauen.
The little old town of Mayenfeld is charmingly situated. From it a footpath leads through green, well-wooded stretches to the foot of the heights which look down imposingly upon the valley.