佐渡が天領だというのは、すごく違和感がある。ただ単に徳川将軍家が佐渡島の金山を開発するために直轄領にしただけであるのに、だ。
しかし、Wikipediaなど読むと、徳川幕府の所領が明治初期に一時的に天皇の直轄領(御料)に組み入れられたために天領と言われるようになったということで、江戸時代にはそのような呼び方はされなかったというので、なるほどと思った。それにしても、廃藩置県とともに天皇直轄領、天領なるものも消滅したに違いなく、それにも関わらず、天領佐渡なる言い方が残っているのはいかがなものかという気がする。
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