蜀山人

蜀山人全集を読み始めたのだが、
全五巻あり、そのどこかに狂歌がまとめて載っているわけでもない。
連歌もあれば漢詩もある。
当然のことではあるが和歌について論じている文もある。

杏園詩集の巻頭

日出扶桑海気重
青天白雪秀芙蓉
誰知五嶽三山外
別有東方不二峰

要するに日本は海に浮かぶ良い国だ、
中国人は三山五嶽より外の世界は知らないだろうが、
東方の日本には富士山がある、というような意味。
「三山五嶽」は中国の名山で、
蓬萊・瀛洲・方丈の三山と、泰山・衡山・華山・恆山・和嵩山の五嶽であるという。
「五嶽三山」としたのは平仄あわせのためであろう。

押韻平仄ともにきちんとしている。
こういう詩を作るからにはまじめな人だと思う。
まあ普通の御家人だわな。旗本ではない。
武家で役人だから、当たり前といえば当たり前なように漢文が多い。

「めでた百首夷歌」というのがある。
蜀山人も「狂歌」とは言わず「夷歌」と言っているところが興味深い。
ただし「狂歌百人一首」とか「狂詩」などと言っているものもある。
「夷歌」はもとは「あづまうた」と訓んだのではなかろうか。

> 鎌倉の 海より出でし 初がつお みな武蔵野の はらにこそ入れ

蜀山百首の中の一つ。

> 武蔵野は 月の入るべき 山もなし 草より出でて 草にこそ入れ

を思わせる。
「武蔵野の原」という慣用句もある。「原」に月が入るのと、「腹」に鰹が入るのをかけているわけだ。
かなりひねった歌だ。

> 世の中は 我より先に 用のある 人のあしあと 橋の上の霜

> 今さらに 何を惜しまん 神武より 二千年来 暮れてゆく年

同じく蜀山百首。

> あなうなぎ いづくの山の いもとせを さかれてのちに 身をこがすとは

> 世の中に たえて女の なかりせば 男の心 のどけからまし

うーん。

> 富士のねの 表は駿河 裏は甲斐 前は北面 のちは西行

西行が出家する前は北面の武士だったことを知らないとわからないしゃれだわな。

> いたづらに すぐる月日も おもしろし 花見てばかり 暮らされぬ世は

> 寝て待てど 暮らせどさらに 何事も なきこそ人の 果報なりけれ

> 世の中は いつも月夜に 米の飯 さてまた申し 金のほしさよ

これは「それにつけても金のほしさよ」の原型だろうか。

> 呉竹の 世の人なみに 松立てて やぶれ障子を はるはきにけり

> 世の中は なにか常なる 飛鳥山 きのふの花は けふさくらん坊

> 遠乗りの 馬二三匹 隅田川 疲れたりとも 花につなぐな

> 黒髪も いつか素麺 としどしに 七夕のうた 詠むとせしまに

普通の和歌もあるはずだと探してみるが、

> 隅田川 堤の桜 咲く頃は 花の白波 寄せぬ日ぞなき

普通だ。うっかり普通の和歌を詠んだという感じ。

> あらたまの としのはじめの 初声は 春駒よりも ましらふの鷹

ましらふは「真白斑」。

> 鳥が鳴く 東の日枝の 山桜 咲くやゆたかに にほふ春の日

「鳥が鳴く」は「東」の枕詞なのでしゃれではない。
「東の日枝」とは要するに上野の東照宮のこと。
さすがに江戸っ子の幕臣、家康をネタに狂歌は詠めなかったようだ。

> たらちねの 手織りの羽織 常に着て 綿よりあつき 恵みをぞ思ふ

「ある人母の手織りの羽織の裏に歌を請う」とある。
これまたふざけるわけにはいかない。

> この春は 八重に一重を こきまぜて いやが上野の 花ざかりかな

どうして一ひねりしたがるのかなこの人は。
普通に詠めば良さそうなものだ。
この歌も、

> この春は 八重に一重を こきまぜて 上野の山の 花ざかりかな

とかすれば普通に和歌になる。
「こきまぜて」は歌語である。ただの口語ではない。
ただ上のようにするとあまりにも普通である。
つまらなく陳腐である。
蜀山人も自覚していただろう、
自分がまじめな歌を詠むと陳腐なありきたりの歌になってしまうことを。
だからついオチをつけてしまいたがるのではなかったか。
もともと狂歌を詠むのは得意だったからいつの間にかそちら専門ということになった。
もとはまじめな人なのだ、おそらくは。
ものすごく勉強した人だから、つい昔の歌をもじってしまう。
しかし自分のオリジナルの歌がなかなか詠めない焦り。
おそらく私生活もごく平凡な人だっただろう。
波瀾万丈からは遠い、江戸後期のいたって平和な江戸市中の暮らし。
漢詩や漢文だとまじめくさっていても別に変じゃないが、
古文であろうとも日本語でまじめなこと言うと照れくさい。
ついふざけたくなる。親父ギャグ言いたくなる気分。そういう気持ちだろうと思うが。

> たれをかも 仲人にせん 高砂の 松もむかしの 茶飲みともだち

> 豆腐売る 声なかりせば 朝顔の 花のさかりは 白川夜船

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