投稿者: | 2015年10月8日

私はKDP作家や同人作家や個人出版作家を自称したことはないはずだ。
それはあきらかに事実と異なる。
私が小説を書き始めたのは『剣豪将軍義輝』を読んで、自分も南北朝や室町時代の小説を書いてみたくなったからだ。
『剣豪将軍義輝』というよりも腰越公方の息子の茶々丸の話(『将軍の星 義輝異聞』収録「前髪公方」)が面白いなと思った。
こういうものが小説になるんだと思った。
そして自分にも書けるかもしれないと思った。
それまで個人的に『日本外史』の現代語訳などはやっていた。
人の作品を読んでも面白くない。古典とかそういう歯ごたえのあるものしか面白いと感じなくなり、
どんどん古くて難解なものを読むようになっていった。
そういうものを自分なりに現代文で書いてみて、需要があれば良いなと思った。

今から思えば、腰越公方の話が一般受けするわけはなかったのだ。
足利将軍が主人公の剣豪小説が珍しくて受けていただけだ。
南北朝のマイナーな話が好きな人などいるはずもなかったのだ。

私は手当たり次第に新人賞に応募した。
出版社に知り合いがいないわけではなかったが、恥ずかしくて相談できなかった。
新人賞に落ちたやつをPubooで公開し始めた。
そのあとPubooからKDPに引っ越してきた。
新人賞に応募するのはすっ飛ばして新作もそのままKDPに出すようになった。

私はそれまでも紙の本を書いていた。
しかし単著ではなく、共著で名前を連ねているというだけだった。
私がほとんどすべて書いていても、自分の名前が最初に来ることはなかった。
内容も別に自分が書きたいから書いたわけではなかった。
その上、書けば書くほど、自分の文章が嫌になった。
自分にはものを書く能力がないと思った。
小学生の頃にも同じようなことを感じた。

論文などはわりとたくさん書いてきた。
私は要するに、その辺に良くいる、売れない物書きの一人に過ぎない。
今は結局出版社の知り合いのお世話になって、やっと単著の本を二冊書くことになった。
ただそれだけの人間だ。
少しイメージチェンジをしていかなくてはならないのかもしれない。
KDPにまた戻ってくることは大いにあり得る。

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