投稿者: | 2023年12月17日

年寄りは年寄りになるまでにいろんな試行錯誤や失敗をしてきているから、慎重に、臆病になるのがほんとうだと思う。今はもう死ぬまでの間、痛い思いをせず、何か失敗をしでかさないように、びくびく怖がりながら生きている。外で酒を飲むのが一番危険だ。しかしこれをやめてしまうとほとんど何も外界との接点が無くなってしまうので、すべてやめてしまうわけにはいかないのが問題。

酒を飲むと気が大きくなる。酒がまだ血の中に残っている早朝が一番気が小さくなる。酒に酔って気が大きくなると細かいことはどうでもよくなってしまう。金遣いも荒くなる。記憶も残らなくなる。

無意識でやっていることと意識的にやっていることの境目が酒を飲むことによって動く。無意識だと記憶に残らないから後でなんであんなことやったんだろうと思う。

動画を撮ってみてみるとわかるがいろんなノイズや周りの人の話声なんかが入っていて、自分が撮りたかったものが埋もれてしまっている。人は意識していることとそれ以外のことを無意識に選別して知覚しているわけだが、聴覚過敏になったり自閉症になったりするとその選別ができなくなってしまう。年を取るとそれまでどうでも良かったことがいちいち気に障るようになる。鈍感であることは精神を疲弊させないためにどうしても必要なことだが、年を取るとその調整ができにくくなるように思える。

コロナ以前は、私にまだうかつにも、人間社会に対する信頼というものがあったが、もはや完全にそんなものは失われた。人間は救いようのない、手の施しようのない、なんの取り柄もない馬鹿なので、ただ右往左往慌てふためくだけ。なぜかは知らないが最初からそういうふうに作られているらしい。人間社会に何か貢献しようという気も薄れてきた。人間以外の何かとか、ずっと遠い未来の何かのためになら、いろいろ頑張っても良いかもしれないが、今の人間には何をしても無駄なので、ただできるだけ社会と関わらず、不快な思いをできるだけしないように生きようと思うようになった。私にとってあのコロナ騒ぎで得たほとんど唯一のものは人間のために何かすることはすべて無駄だということを学習したことだった。

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