今より10才も若ければ古い時代の桎梏から抜けだそうとか新しい時代に適用しようなどと思うかもしれんが、もう60才にもなろうという年になると、そのどちらの努力もする気になれず、将来のために新しい試みを今から始めて仕込んでおこうという気にもならない。ただ、やり残した仕事があるとすればそれをきちんと仕上げてから死のうと思うだけだ。

昔は、つまり私が生まれ育った昭和の頃は、確かにどうしようもない時代だった。今の時代のほうがましなのは明らかだ。しかしながら、今の時代に積極的に自分を合わせていこうという気にもなれない。

昔も今も民間企業というのは生きにくいところのようだ。私はただそういう世界から離れて、自分のやりたいことだけ、好きな仕事だけやって生きて死ねればそれでよかった。

今の時代も、昔の時代に劣らず、何から何までなんとガチガチに縛られていることだろうか。みんな自分の意思で自分の好きなときに働き自分の好きなときに休暇を取ろうとはせず、国が決めた休日に同じような休暇をとろうとする。社会全体が自分で自分を縛っている。その傾向はむしろ昔より今のほうが加速しているようにみえる。なぜみんなもっと自由に生きようとしないのだろうか。結局それが人間の本能に基づいているからなのだろう。だから自然と人は資本家と労働者に分かれるようになっているんじゃないのか。労働者は資本家をうらやむが自分が資本家になろうと努力するわけではないので、結果的にいつまでも労働者のままだ。人から賃金をもらって生活し、不平を言いながら、すべて他人のせいにして生きている。

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