これは実は「おせん」ネタなのだが、前回のおせんで真鱈の造りを食べるには「きいんと冷えた日本酒じゃねえとでやんす」というせりふがある。そこがわからん。ビールじゃないんですから、しかも夏場ならともかく、今の時期にきんきんに冷えた日本酒という意味がわからん。
思うに少し昔の日本人は甘くて酸っぱい日本酒が「濃くてうまい」と思っていたはず。それを燗して飲むのがうまいと、そういう価値観だったはず。戦後増産量産された甘ったるい酒というのは純米じゃないからとかアルコール添加だからという理由で甘かったのではなく、そういう酒が好まれたからああいう味だったのだと思う。事実お燗すると酸っぱくて甘い酒が嘘のようにうまくなる。たぶん肉体労働者などは特に、酸っぱくて甘くてお燗した酒を好むのではないか。
しかるにビールやワインやカクテルなどが普及するにつれてみんな日本酒も冷やで飲むようになった。そうすると比較的淡麗な、薄味の酒の方がうまく感じ、これまでの酒がまるでダメなような言われ方がされるようになる。ましてきんきんに冷やしてしまうと、日本酒の味などほとんどしなくなる。まあ、どれを飲んでも同じ。酸っぱみだけがひりひり感じたり甘さがどくどくしく感じたりするからじゃまになる。冷たくてもよくわかるのは香りだが、これは最近、酵母を適当に見繕えばどんなフルーツ香でも付けられるようになった。ようするに純米大吟醸とか良くわからんが味のあまりしない原料に酵母で適当に香り付けした酒がもてはやされるようになってきた。これはね、ある意味日本酒の危機的状況ですよ。いろいろ飲み比べているうちにだんだんだまされた気分になりすぐに飽きが来てしまう。
日本酒というのはほんとに難しい酒だ。なにしろ日本中に何百何千という酒造があってそれぞれ何種類も酒を作っていて、銘柄ごとに違う味がする。たとえば久保田だと千寿までは淡麗辛口だが万寿は逆にこてこての甘口で酸っぱい。こういう酒はお燗した方がうまいに違いない。しかしたいていの場合万寿をお燗するなんてもったいないときんきんに冷やして冷酒みたいにして飲んでしまう。