和歌

ふと思えば、一年以上和歌を詠んでない。
いや、『新井白石』の中に出てくる歌は詠んだんだけど。

> ひとりもるしづが千代田の岡におふるまつてふ心君につげばや

千代田の岡というのは明治天皇が好んだフレーズなんだよな、実は。
他にも孝明天皇の和歌を採り入れた箇所もある。
たぶん言わなきゃ誰も気付かないだろうど。

心不全で入院する直前に詠んだ歌なんだよな、[これ](/?p=8071)。
今みると恐ろしい。

訓導の詠歌

祖父は昭和二十年当時、国民学校の訓導、つまり今で言う小学校の教諭だった。
四月四日、訓導にも動員令が下ったと、
祖父は「応招前記」という日記に書いている。
面白いのは毎日のように和歌を詠んでいることで、
祖父が和歌を詠むとは初めて知った。その歌の存在すら知らなかった
(もしかするとまったく忘れてしまっただけで実は祖父から和歌の影響を受けた可能性もなくはないのだが)。

> きのふまで人ごととのみ思ひしに今日より我もいくさ人なり

悪くない。
明治四十五年生まれなので、当時三十三歳のはずだ。

> 戦局の日々に苦しくなればとて大和心にゆるぎあらめや

> 菜の花の散るをも待たで征く人を送りて次は我かとぞ思ふ

> 粥すすりすめらみくにを護る者我一人にはあらざるものを

> 沖縄の決戦夢に見しものをおのが勤めはかはらざりけり

> 動員の学徒となりて征ける子よまめに務めよ我が国のため

> 今をおきて立ち上がるべき時はなしすめらみくにのますらをの子ら

> メリケンを討たむばかりに剣とる今日この頃ぞうれしかりける

> 我一人正しと思ふ心こそ正しからざる心なりけれ

> 皇国の興廃かける一戦の間近に迫る夏の朝かな

> いかづちのとどろく中に田植ゑする乙女の心強くもあらなむ

> みそとせも生きながらへし身にしあれば散りゆく今日に何不足ある

おそらく当時みんなこんなふうに和歌を詠んだんだろうなあ。
そして戦後、反動でまったく詠まなくなったのだ。

こういう歌を詠んでしまうと、なかなか普通の歌は詠めないものだ。

投票所混雑

投票所が混んでたというのは私も感じた。
ある種の熱気も感じたが、投票率が案外低くて驚いた。
思うに、混むのは、投票方法が複雑になるとか、あるいは、投票するとき長く考えるためだろう。
これまではとくに考えずに機械的に投票する傾向があったのではないか。
今回はみんな投票間際に悩んだ。
そのため行列ができてしまったのでは。

そんな悪い傾向ではない。

投票率が戦後最低とかで騒ぐのもおかしい。
59.32%は確かに低いが、
小選挙区比例代表になってから、59%台はすでに二回ある。
投票率が低いのは、おそらく小選挙区制だからではないか。
つまり、小選挙区だと、誰が勝つか投票する前から明らかなことが多い。
だから投票所にいかずに済ます、とか。
あと、やはり、マスコミの予測報道が相当正確になってきたせいもあると思う。

今回も、行かなくても誰が当選するか自明だったせいと、
誰にも投票したくない棄権が多かったからだろう。

無効票も多かったというのもやはり同じ理由だろう。

投票率が上がれば、とくに若者が投票に行けば世の中は変わる、とか、
主張するやつが多いのだが、
そういうやつは、多分、投票率が高ければ民主党が勝つとか公明党に不利だとか思ってる連中だろう。
あるいは、若者の政治離れ、みたいに、若者に責任を負わせたがるやつら。

もっとちゃんと分析して、
システムとして投票率があがるようにしろよ。
「若者よ、投票へいこう」なんてただの精神論にしか思えない。

それから、戦後まもなくと現在では有権者数が三倍近く違う。
ものすごく増えているのだ。
つまり、有権者に占める高齢者が増えている。
有権者に定年退職はないのだ。
そうするとどうしても若者は年寄りに頭を押さえつけられている感じになる。
自分たちが何やっても無駄だみたいになる。
ますます若者が選挙にいかなくなる。
若者が選挙にいかないよりもそちらの方がより深刻な問題だろう。

業界標準業務システム

自分ではやろうとは思わないが、
kvmサーバ構築して、ドメインとって、wordpress導入して、
適当にテーマいじってあげるだけで十分に商売になる時代だ罠。
ていうか、それってまさにサイト構築の業務なんだわな。
自分でやらんでも知識さえあれば、営業や開発はスタッフにやらせて、あるいは外注して、
自分はマネージメントとか。
ありえん話ではない。

社会的に必要とされているということと、それを自分の仕事にしたいこととは微妙に違う。

アプリ開発が儲かるとか開発コストが劇的に安くなったとか、
なるほどそれは素晴らしくよいことだがじゃあそれを仕事にしたいかといわれれば。

wordpress も movable type とせりあってたころがおもしろかった。
業界標準となってみると逆に興味を失う。
なんなんだろう。

大いなる怠慢

思うに、歴代天皇の中で歌のうまい順に順位を付けるならば、
やはり一番歌のうまい天皇は、後鳥羽天皇だと思う。
その次に誰がうまいかと言えば、
これが難しいのだが、花山天皇か、後水尾天皇か、或いは、
順徳天皇、後醍醐天皇、亀山、伏見、光厳天皇なのではなかろうか。
それに続いてやっと、孝明天皇とか明治天皇のような、近代の天皇があがると思う。

私は、近代、というか近世の孝明天皇や明治天皇の歌を高く評価する。
というより私は明治天皇のファンである。
しかし、では、明治天皇が後醍醐天皇や後水尾天皇より上か、並ぶか、と言えば、
やはり違うのではないかと、思わざるを得ない。

そして、後鳥羽天皇はやはりダントツで一位だと思う。
丸谷才一の偉大な業績の一つは、後鳥羽天皇を見いだしたところであり、
やはり丸谷才一という人はすごいなと、思わざるを得ない。

丸谷才一以外の人は、つまり戦後の文人たちは、日本が民主化されたというのに、
こういう作業を何もしていない。
明治や大正の歌人や文人にはできなかったかもしれないが、戦後の文人は当然やるべきだった。
大いなる怠慢というべきだ。

野田総理を惜しむ

今回の選挙は正直これまでで一番棄権したかった。
前回民主党が勝ったのと同じ乗りで今度は自民党が勝つ、というのがわかりきっていたからだし、個人的に私はずっと自民党に入れてきたが、私は野田首相が好きだったから、今回に限ってできれば民主党を支持したかったからだ。

野田さんが好きだという人も少なからずいるようだが、選挙にはまったく影響しなかったようだ。

野田総理も結局は民主党の敗戦処理をまかされるだけの人に終わったわけだが、
まあ良い負け方をしたという意味ではまた目の出るときもあるのだろう。
能力のある人を使い捨てにして欲しくない。

選挙というものは欠陥システムだし、日本の民意は馬鹿だと再認識した。
今まで抱いていたかすかな幻想さえすべて消え失せた。

付言すると、日本にはドイツのネオナチに相当するような極右というものはいない。
いたとしても政治的にはまったく無力だ。
今回程度の右翼的な動きが現れるのはまったく自然だし、
今までいなかった方がおかしい。
よその国では当たり前な、国旗を掲げて集会というのが皆無だったのだから、いままでは。
バランスを取るという意味ではいたほうがいいくらい。

だが、そういう動きを見ると脊髄反射的に大正デモクラシーがとか、
大政翼賛がなどと言う人がいるのだが、
大正デモクラシーをどのくらいわかっててそんなことを言ってるのだろうか、
どの程度の分析を下地にしているのだろうかと疑う。

こんなに政権がぐらぐら交替して首相が一年程度で辞めていく政治が良い政治なわけがない。幕末維新の頻繁な改元みたいなもの。もっと安定した状態に収束していく仕組み作りが必要なのではないか。それにはまず遠回りなようだが、民意形成プロセスのどこに欠陥があるかを分析するところからやらないといけないのではないか。さもなくば国民が選挙を信用しなくなって性急な手段に走る危険性がある。

アメリカでも政権交代すれば政策が根本からがらりと変わる。
しかしその周期は八年以下ではない。
日本では四年かもっと短い。
その短い四年間の中で毎年首相が交替する。異常だ。
もしこれが電子回路なら誤作動か誤設計しかありえない。
変わること自体は悪くないとして、
日本が二大政党政を目指すと極めて短い周期で振動する、ということがわかったのではないか。
もすこしなんとかしてほしい。

エウメネス

太宰治賞に「エウメネス」という小説を応募した。割と短編。
「新井白石」以来何を書いてよいかわからず、募集〆切がどんどん近づくので、
以前書いた「セルジューク戦記」というやつの中でエウドキアという東ローマの女帝が小説を書くという設定だったので、
彼女がアレクサンドロス大王と王妃ロクサナについて書いたらこんな小説になるのではないかというのが、
最初の構想だったのだが、
結局、アレクサンドロスの側近エウメネスの主観視点でアレクサンドロスを間近に観察する、
といういつものパターン(?)に落ち着いた。
たぶんエウドキアはこんな小説は書かないと思う。
アレクサンドロス目線で小説書いても面白くないと思うのよね。
歴史書みたいな書き方も嫌いじゃないが小説っぽくならないしね。

結局、「新井白石」と「エウメネス」は同工異曲、主人公とヒロインの立ち位置もだいたい同じ、
なんか同じだなと言われそうだが、
同工異曲を恐れていては書けないよ、旧作の再利用はある程度仕方ない。

「新井白石」も「大塩平八郎」もまあ、細かく見ていくと、
小説に書いたような人じゃなかった可能性が高い。
脚色とか思い入れというものはあるんですよ。
「セルジューク戦記」のオマルハイヤームは、もともと伝記の少ない人だから、
キャラ的にはだいぶ自由に作ってある。

まあ、おんなじように、「川越素描」の主人公が山崎菜摘というのだが、彼女も小説家志望で、
彼女がもし小説を書いたらというので、
「アルプスの少女デーテ」とか「スース」とか「超ヒモ理論」を書いたのとだいたい同じ。
作者が女性だったらとか、中世ヨーロッパの人だったらとかいう想定で、
そういう作者になりきって書くのは少し面白い。

しまいにはロクサナの妹アマストリナ(実在)とか、
アマストリナの侍女アパマ(侍女だったかはともかくとして実在)とか、
ロクサナとアマストリナの父ヴァクシュヴァダルヴァ(オクシュアルテス、実在)とか出てきて、
いつものように複雑な人間関係に。
ヴァクシュヴァダルヴァとダーラヤヴァーシュ(ダレイオス)三世とアルタクシャタ(アルタクセルクセス)五世が兄弟というのも、おそらくは史実。
その他もろもろ適当に補完した。

ペルシャ語の「ヴァ」はギリシャ語では「オ」となるようだ。
ヴァクシュヴァダルヴァはだからオクシュオタルオとなり、オクシュアトレスとなり、
オクシュアルテスともなった、のではなかろうか。
なので、オクシュアルテスとオクシュアトレスでは微妙にオクシュアトレスの方が原語に近いか。

ダーラヤヴァーシュはダーラヤオースとなりダレイオスとなりダリウスとなったのだろうと思う。

アパマはスピタメネーの娘ということになっており、スピタメネーは妻に殺害されたことになっているが、
そこんとこだけ都合上史実(伝承?)をいじった。

あと、ガンダーラに出てくる町の名や人の名、アマストリナなどのペルシャ女性の名前が、
ギリシャ語臭くて嫌だったので適当に変えた。
調べてて思ったが西洋人はほんとアレクサンドロス大王とか好きよね。
日本人と比べると知識量がまったく違うと思う。
当時の世界観ではアメリカやオーストラリア、南極大陸だけでなく、
シナもインドシナもシベリアもなかったのよね。
アフリカもナイル川より南は存在してない。
彼らはヨーロッパの大きさだけはだいたい把握してて、
ペルシャとかアラビアもだいたい把握してた。
で、アジアの外に、ヨーロッパと同じ大きさくらいのスキュタイとインドとアフリカがくっついたものが世界だと思ってたわけで、今日知られている世界より十分の一くらい小さかったのではなかろうか。

[エラトステネスの世界地図](http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Mappa_di_Eratostene.jpg)
を見るとスキュティアというのが非常に貧弱で、アフリカも貧弱で、
ヨーロッパより狭い。
インドは少しでかい、ってくらいの認識はあったようだ。
しかも北極海とカスピ海がつながっている。
だから、アレクサンドロス大王は、
北インドからガンジス川をくだって北回りでカスピ海にすぐにもたどり着けるのだと思っていたらしいのだ。

オクシュアルテス

この
[Oxyathres](http://en.wikipedia.org/wiki/Oxyathres_of_Persia)
(Vaxšuvarda)
と、
[Oxyartes](http://en.wikipedia.org/wiki/Oxyartes)
(Vaxšuvadarva)
は同一人物なんじゃないかと思うのだが、どうよ。
日本語版の
[オクシュアルテス](http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%86%E3%82%B9)
によれば娘にロクサナとアマストリネがいたことになっている。
英語版 Oxyartes にはアマストリネの記述がないのだが、
Oxyathres には [Amastris](http://en.wikipedia.org/wiki/Amastris)
(または Amastrine)という娘がいたことになっている。

まあ、混同されても全然おかしくないレベル。
ていうか同一人物だと考えるとすっきりする。
ダレイオス三世、ベッソス(アルタクセルクセス五世)、オクシュアルテスは、
もともと王族ではあるがバクトリア太守の家系の兄弟なのであり、
ダレイオス三世はアルタクセルクセス四世の血筋が絶えたので、
ペルシャ王となった、
その後アレクサンドロスに敗れて故郷のバクトリアに逃げようとしたが、
弟のベッソスに裏切られた。
さらにその弟のオクシュアルテスがベッソスをとらえてアレクサンドロスのもとに送ったのではなかろうか。

ビックカメラのカレンダー

ビックカメラのカレンダーは便利だが言いたいこともたくさんある。
六曜と九星はいらん。何の役にも立たない迷信に過ぎない。
明治政府が禁令を出したにもかかわらず、ブライダル産業と葬儀屋と田舎者が使い続けている。
月の和名の由来も単なる俗説であり、読むたびいらいらする。
書くなら干支を書いてほしい。これは古代から連綿と続く六十日周期の期日法であって、
たとえば平安時代の公家の日記や鎌倉時代の吾妻鏡、近世では永井家風の日記などを読むとき非常に役に立つ。
google calendar にも採用してもらいたいくらいだ。