イソクラテス弁論集

この解説がいきなり「カイロネイアの敗報」から始まっているのだが、
私は暫くこの文章をイソクラテスが書いたのかと思って読んでしまったのが、
なんだかおかしい。
あきらかにおかしい。
読み返してみたら解説が始まっていたのだけど、
イソクラテスがデモステネスを褒めるはずがない。

> デモステネスの演説がもつ決断の力強い表現は、都市国家が最後に放った閃光であり、ギリシャの弁論術の最高の達成である。

などというはずがない。
イソクラテスはデモステネスに対して真逆の評価をしていたのに違いないのである。

私に言わせればデモステネスはただのバカだ。

カイロネイアの戦いが終わって酒に酔ったフィリッポス2世がデモステネスの決議文を韻文にして吟じたなどというのは、これも誰が言ったかわからない俗説だし(フィリッポスはデモステネスを嫌っていたが、そこまでするとは思えない)、
イソクラテスがカイロネイアの敗報を聞いて断食して死んだというのも後世の俗説である(イソクラテスがそんな馬鹿なことをするはずがない。イソクラテスの死とカイロネイアの戦いがどちらが先かは不明)。
むろんそういう俗説もあると参考までに取り上げるのはかまわないが、
いきなり解説の冒頭にもってくるとはどういうことか。
ミスリーディングだろ?

この、「イソクラテス弁論集」という極めてマイナーな本を読もうという人は、
ソクラテス、プラトン、アリストテレス、或いはデモステネスと続いた正統派の古典ギリシャ哲学に、多少の疑問をもち、イソクラテスに同情的な人ではなかろうか。
フィリッポスと同時代で、彼の理解者であったイソクラテスの生の声を聞きたくてこの本を読むのではなかろうか。
この本の解説はその期待を完全に裏切る。
この本をさらに読む気が失せるほどに。
この本の著者は、単に学術業績のために、
ペルセウスの英文をたまたま翻訳しただけなのではなかろうか?
イソクラテスに対する「愛」は持ち合わせてないのだろう。

少なくとも、イソクラテスの本なのだからイソクラテスのことを、
客観的に、中立公平に、学術的に論じてほしい。
そして単に今日定説となっていることを羅列して解説とするのではなく、
イソクラテスという人の意義を掘り下げてみせてほしい。
でなければ解説など邪魔だ。

それから、「平和について」と題するイソクラテスの演説も、
これはデモステネスのような主戦論者に反対して言っているのだ、
マケドニアと争うな、テーバイと同盟してマケドニアと戦争するなど大きな間違いだと。
そしてこれは大国ペルシャに対して言っているのでないことも他の演説によってわかる。
ペルシャの脅威に対してはギリシャ人全体の問題として、一致団結して、
適切に対処しろと言っているのだから。
そりゃそうだ。
スパルタ、テーバイ、アテナイ、マケドニア、ギリシャ人が内輪もめしてる場合じゃないよと。
さっさとギリシャ諸ポリスはマケドニアを盟主と認めて外敵ペルシャに対抗しろ。
イソクラテスはそう言っているのだから。

月報の論評は日本の「平和憲法」や「九条」と絡めて話してしまっている。
おかしな左翼思想を持ち込むなよ。
そういうコンテクストで戦争を放棄しろ、平和条約を結べ、などと言っているわけではない。
読めば明らかではないか。

ともかくイソクラテスファン(そんな人がいるかは知らぬが)が読んだら、腹を立てるに違いない。しかしおそらくそんな人は今のギリシャ哲学研究者にはいないのだろう。

それはそうとイソクラテスがスパルタという「王国」を褒めているのは面白い。
結局マケドニアはスパルタと最終的に雌雄を決することになったのだが。
まあ、マケドニアが好きなイソクラテスが同じ王国のスパルタを好きなだけかもしれないが。
そんな彼がアテナイの敗戦を悲しんで断食して死ぬはずない。

アリストテレス

アリストテレスなのだが、
生まれ故郷のスタゲイラはともかくとして、
アタルネウス、ミュティレネ、ペッラ、アテナイなど、
マケドニアにとって重要な拠点にばかり住んでいる。
これは単なる偶然ではない。
アリストテレスはフィリッポス2世とアレクサンドロス大王のエージェントであった可能性が高い。
転居したというよりは、これらの拠点を往還していたのだろうと思う。
王太子時代のアレクサンドロスの家庭教師というのは形式的な肩書きだっただろうと考えられる。

アリストテレスはアタルネウスの僭主エウブロス、ヘルミアスの系統の人で、
ヘルミアスが死んだあとに彼の後継者になったと考えられる。
エウブロスはおそらくアルタバゾスやメントルらと同じ世界の人で、
フリュギア・ヘレスポントス地方の船主で金貸し。
ヘルミアスはエウブロスの奴隷だったが、エウブロスの死後彼のシマを引き継いだと考えられる。
そしてアリストテレスはヘルミアスの婿養子になってアタルネウスに住んだ。

アリストテレス Ἀριστοτέλης は αριστευς (best, noblest) と τέληεις (perfect, complete)
の合成語であり、この当時こんな名前の人はいない。
ソクラテスとかプラトンなどは、まあ当時の普通の人名だが、アリストテレスは後世付けられたあだ名、
というよりは弟子たちが呼んだ美称だろう。
日本語なら「尊師」とでも言うところだ。
アリストテレスが生前この名で呼ばれていた可能性はほとんどないと思う。
後世アリストテレスにあやかって彼の名を名乗った人ならいるようだ。

ウィキペディアなどでは、τέληεις ではなくて τελος (purpose) だとしているのだが、
この二つの単語は明らかに同語源であって、しかも
Oxford Classical Greek Dictionary には purpose などという訳は挙げてない。

アリストテレスの本名だが、
彼の父と息子がニコマコスという名なので、彼自身もニコマコスという名であった可能性が大である。
そうすると『ニコマコス倫理学』は、アリストテレスの息子が編集したものだというのだが、
これこそはまず間違いなくアリストテレス自身の学問を記したものと言えるだろう。

アリストテレスがかくまで崇拝されているのは、
彼がフィリッポス2世やアレクサンドロスのもとで何か顕著な(しかし世には知られていない)功績があったからだろう。
かつ、アリストテレスがアレクサンドロスの教師であったことから、のちに、
ヘレニズム世界の百科事典が編纂されたときに、それを無造作にアリストテレス全集と名付けた。
後世の学者たちはこの全集をアリストテレス自身が全部書いたんだと信じた(というより、
「最高完璧全集」というタイトルが先にあり、最高完璧(アリストテレス)という名前の人が書いたんだと勘違いしたのかも)。

それでまあ、フィリッポス2世とヘルミアスは同盟関係にあって、
ヘルミアスはペルシャのギリシャ人傭兵隊長メントルの謀略によって捕らえられて死んだ。
アリストテレスはメントルとフィリッポスの間のエージェントだったと思われる。
アカデメイアに遊学したのはヘルミアスのおかげだろう。
ヘルミアスの死後、アタルネウスは放棄されて、アリストテレスはミュティレネに移り、
さらにマケドニアの首都ペッラに移り、アレクサンドロスが即位するとアテナイのリュケイオンに移っている。

アリストテレスの学問上の功績はないとは言えないが、
すべてはアレクサンドロスが死んだ後に作られたものだ。
つまり、世に言うように、
アリストテレスの教えによってアレクサンドロスがギリシャを統一しペルシャを征服して大王となったのではなく、
アレクサンドロス大王がヘレニズム世界を統一したことによって、
ギリシャ人によるペルシャ学の編纂事業が成り、
かつ大王の権威を借りてアリストテレスという大哲学者の偶像が作られたのである。

状況証拠的には、どう考えてもそういうふうにしかならない。
なぜこういう学説が主流にならないのか不思議だが、
西洋の学問の源泉が中世のキリスト教神学にあり、
その神学がアリストテレスの名を冠したヘレニズム哲学に呪縛されているからだろう。

ギリシャ語訓み

ギリシャ語の読みなのだが、
ψ(psプシ)やξ(ksクシ)、或いはプトレマイオスのπτ(ptプト)のように、
或いはドイツ語のpfのように、いわゆる二重子音が普通に使われていた形跡がある。
χ(ch)、θ(th)、φ(ph) なども本来は摩擦音ではなくて、吐息の音を伴った、
二重子音とも言うべき、クホ、トホ、プホ、のような音だった可能性が高い。
ρも単にrの音ではなくて、常にhの音を伴い、ロホ、のように発音されていた。
例えばリズムを rhythm と書くのは遠い古代ギリシャ語のなごりなわけである。

Φίλιππος はローマ字綴りでは Philippos となるわけだが、
もともとの原音はプヒリッポスであったろうと思われるし、
これを単にピリッポスと書くのはどうもしっくりこない。
χ、θ、φ を単なる k、t、p の音で書きたがるのは、
たぶんギリシャ語とラテン語を両方やる日本人、
もっと具体的に言えば日本のキリスト教の牧師か神父くらいではないか、と私は疑っている。
ラテン語の文中でギリシャ語綴りを発音するにはそのほうが都合が良いからだ。

φ (ph) は今のヨーロッパの言語ではほとんど f と同じに発音されていて、
フィリップを古代ギリシャ語だからプヒリップとかピリップと書くのは非常に不便ではないか。
またフィリッポスと綴ってくれればフィが φi であるのは一義であるから、
φ に関しては、ファ、フィ、フ、フェ、フォと綴ればよいとおもう。

その他、χとk、θとt、λとρの日本語表記上の差異については、
今のところ私にはなんとも答えようがない。

世界から猫が消えたなら

どういう本が人によく読まれるのかということを知るために読んでみたのだけど、まあこのくらいあざとくないといけないんだろうなと思った。

悪魔と契約して「猫を消せなくて自分が消える」という、基本的なコンセプトはこれだけで、コンセプトがシンプルだというのも売れる本にとっては良いことなのだろう。ものごとは単純化したほうがよいこともある。

そして、飼い猫を消せなくて自分が消えることにしたということに、共感できる人には面白い本で、
それ以外の読者は捨ててる潔さもよい。

文体は、よくわからんのだが、これが村上春樹風というのだろうか。「文章が稚拙」というレビューもあったがそれは違うだろうと思う。「稚拙」にみせるテクニックはあるかもしれない。「あれ、これなら自分にも書けるんじゃないかな」と読者に思わせるくらいが親近感があって良いのかもしれない。中島敦とは正反対な戦略と言える。

神や悪魔については、これもこのくらいシンプルなほうが一般受けするのだろうが、私には絶対受け入れられないものだ。完全にステレオタイプ化され、ブラックボックス化されていて、そういうものだというのが前提で話が構築されているが、そうね、私の書くものはまず、そのブラックボックスを壊して開いてみるところから始まる。なので、こういう話の展開には決してならない。

猫がかわいい。家族や恋人は大事。友情は大切で、戦争は悪いこと。ここをまず疑い否定するところから近代文学は始まるのではないか(?)というのはたぶん私の思い込みなのだろう。前提がまず違っている。これを「感動的、人生哲学エンタテインメント」とうたっているところがもう不倶戴天な感じがする。

まともかくこういうのを喜んで読む読者というのがいて、そういう読者に本を買って読ませる業界というものがあるというのはなんとなく理解した。私が抱いていた「売れる本」というものに対する漠然とした疑問と不安を、明確に突きつけてくれた本、と言える。そう。こういう本を、私は書いてはいけない。というより、こういう本を否定するために、私は本を書かなくてはいけない。

さらに余計なことを書くと、この本の著者は、「「文系はこれから何をしたらいいのか?」この本は、理系コンプレックスを抱える文系男が、2年間にわたり理系のトップランナーたちと対話し続け、目から鱗を何枚も落としながら、視界を大きく開かせていった記録だ。」 というコンセプトで 『理系に学ぶ。』という本を書いているのだが、 この人は文系でも理系でもない。学問とは無縁な世界の人だと思う。学問と無縁な人を文系というのならアリかもしれないが。

機動戦士ガンダム THE Origin

「機動戦士ガンダム THE Origin」なんだが、comic-walker などで無料の試し読みが見れるので、読んでみたのだけど、これはねえ。安彦良和の悪いところが出てしまっているというか。「王道の狗」「虹色のトロツキー」なんかは好きで読んだけど、それとおなじノリをガンダムでやられると、正直つらいところがある。「麗島夢譚」的なノリというか。

フラウボウとアムロ、ミライとブライトの関係なんかも見ててはがゆい。

本人が描きたかったということもあるんだろうけど、描けば必ず売れるという計算もあっただろうと思う。安彦良和のオリジナル漫画なんてマニアック過ぎて誰も読まないからね。

斎藤さん アラカルト

Kindle Unlimited に反応したのは一部のコアな KDP ユーザーだけだったように思う。
多くの人々はまだその存在が意識の片隅をかすめただけなのだろうと思う。
多少売れたり読まれたりしたのは一過性だったのではないか。
一部のユーザーが読みたいものを一通り読み終わってしまうと沈静してしまう。
これが継続して、右肩上がりになる、というのは早計だった。
もちろん長期的にこれからずっと観察してみる必要がある。

「内親王遼子」がまったく売れておらず「エウメネス」はそこそこ売れているのは(といっても何千部も売れたわけではない)、
「内親王遼子」が私の完全オリジナルな架空のキャラクター、架空の世界を描いた作品であるのに対して、
「エウメネス」は世界史を一通り学んだ人には既知の世界だからだと思う。

とすると、今度の「斎藤さん アラカルト」は売り方を工夫しないと、「内親王遼子」状態になりかねない。
「斎藤さん」にはいろんな要素を盛り込んだ。いろんなタイプの読者の琴線に触れるように、
いろんなストーリーをアラカルトにしてみたのだ。
一番売れ筋のミステリーや推理こそないが、ファンタジー系の風味も少し加えてみたし、
藤原頼長、レオニダスなど、歴史物もやり、
剣豪物もやり、
三島由紀夫のオマージュみたいなものを書いた。

一通り私が書くジャンルが一冊に網羅されている。
長編にはレビューがつかない。ついててもろくに読んでないってことはもうわかっている。
短編集なのでさっと読んでさっとレビューを書くこともできるだろう、という計算もある。
「斎藤さん アラカルト」が売れなきゃもうどうしようか。あとは営業くらいしかやることは残ってないんじゃないか。

どれが面白かったか。どれがつまらなかったか。
レビューが集まると今後の参考になるのだが、そうもならないだろうなあ。

最初は「斎藤さん」というタイトルにしようと思ったが調べたら同じタイトルの漫画(「斎藤さん!」)が既にあった。
そんで「アラカルト」を付け足した。

今回三島由紀夫の「春の雪」を下敷きにして「春の雪 外伝」を書いたわけだが、
どうも、おんなじことを何度も繰り返して書いているところがある。
エフェクトとして巧んでそうしているというよりは、ぼけ老人が前書いたことを忘れて、
或いは推敲不足のために消し忘れているようなところがある。
文章もすごく切れるところと、だらだら書いているところがある。
明らかに文章の質にムラがある、と私には思える。
意味はまあわかるがこういうふうに書いた方がわかりやすいんじゃないか、これは一箇所でまとめて短く記述すれば済む話じゃなかろうか、
と思ったところも多々ある。
ほんとのところ、この「豊饒の海」という長編は、三島が死を覚悟して、遺書代わりに、一気呵成にあまり推敲もせずに書いたものであろう。
なので、長文のだらだら書かれたエッセイのような気分で読むには良いのかもしれん。
実は三島由紀夫をきちんと読み始めたのはこれが初めてなのだが。

ハルパロス

「来たか、ちょうど好い口が出来た。実はあれからいろいろ探したがどうも思わしいところがないんでね、――少し困ったんだが。とうとう旨うまい口を見附めっけた。飯場の帳附ちょうつけだがね。こりゃ無ければ、なくっても済む。現に今までは婆さんがやってたくらいだが、せっかくの御頼みだから。どうだねそれならどうか、おれの方で周旋ができようと思うが」
「はあありがたいです。何でもやります。帳附と云うと、どんな事をするんですか」
「なあに訳はない。ただ帳面をつけるだけさ。飯場にああ多勢いる奴が、やや草鞋わらじだ、やや豆だ、ヒジキだって、毎日いろいろなものを買うからね。そいつを一々帳面へ書き込んどいて貰やあ好いんだ。なに品物は婆さんが渡すから、ただ誰が何をいくら取ったと云う事が分るようにして置いてくれればそれで結構だ。そうするとこっちでその帳面を見て勘定日に差し引いて給金を渡すようにする。――なに力業ちからわざじゃないから、誰でもできる仕事だが、知っての通りみんな無筆の寄合よりあいだからね。君がやってくれるとこっちも大変便利だが、どうだい帳附は」
「結構です、やりましょう」
「給金は少くって、まことに御気の毒だ。月に四円だが。――食料を別にして」
「それでたくさんです」
と答えた。しかし別段に嬉しいとも思わなかった。ようやく安心したとまでは固もとより行かなかった。自分の鉱山における地位はこれでやっときまった。
 翌日あくるひから自分は台所の片隅に陣取って、かたのごとく帳附ちょうつけを始めた。すると今まであのくらい人を軽蔑けいべつしていた坑夫の態度ががらりと変って、かえって向うから御世辞を取るようになった。自分もさっそく堕落の稽古けいこを始めた。南京米ナンキンまいも食った。南京虫ナンキンむしにも食われた。町からは毎日毎日ポン引びきが椋鳥むくどりを引張って来る。子供も毎日連れられてくる。自分は四円の月給のうちで、菓子を買っては子供にやった。しかしその後のち東京へ帰ろうと思ってからは断然やめにした。自分はこの帳附を五箇月間無事に勤めた。そうして東京へ帰った。――自分が坑夫についての経験はこれだけである。そうしてみんな事実である。その証拠には小説になっていないんでも分る。

これは夏目漱石『坑夫』の終わりの部分だが、金庫番ハルパロスは実はこの辺がモデルになっている。

うまい食い物が食いたいのではない。

Kindle Unlimited でいろんな雑誌を見ているのだが、
別に私はうまい料理屋を知りたいわけでもないし、うまい酒を飲ましてもらいたいわけでもないのだ。
うまいラーメン屋とかには何の興味もない。
うまい料理を食えばそりゃうまいだろうが、五十過ぎて食べ歩きなんかした日には太りすぎてしまう。
今ではほとんどうまいものを食いたいと思わない。
もちろん食うならまずいよりうまいにこしたことはないが、飲み歩く理由はそんなところにはない。

確かにうまい酒と巡り合わせてくれる店はありがたい。
だが、うまい酒が飲みたくて飲み歩いているのでもない。

近頃はあまりにも地域のコミュニティに深入りするのも疲れてきた。
そういうものが面白いと感じたこともあったが、五十過ぎると煩わしくなってきた。

どうすれば良いのか自分でもよくわからんのが、情報誌やテレビなんかまったく役に立たない。
ま、たぶん、最初から広告媒体として編集しているのだろうけど。

ネタバレはあります。

CGや特撮がしょぼいのはシャレもあるだろうから、そこは批判しないようにしようと思ってたが、だいたいは良かった。それなりにきちんとしている。この映画のCGをハリウッド映画なんかと比較して叩くとかむなしいだろ。

ただ、いろんな路線の電車に爆弾積んでゴジラにぶつけるCGはダサかった。いろんな電車がプラレールかなんかみたいにとびちっててなんであんなことするのかと思った。あれは何か、鉄オタへのサービスのつもりなのだろうか。電車ぶつけても先頭車両の爆薬くらいしか効かないだろう。

で、呑川をさかのぼってくるサンショウウオだかなんかみたいな形態のゴジラは面白かった。ああこれがネタバレかと思った。

自衛隊とゴジラの戦闘シーンはよかった。たぶんこの映画の一番良いところはここだ。多摩川を挟んで自衛隊とゴジラが対決してゴジラが勝っちゃう。米軍との戦闘もまあまあだった。しかしゴジラの背中からビームが何本も出るのは「イデオンかよ」と思って引いた。ゴジラの口から出すビームが「なんだ巨神兵かよ」と思った。

でまあ電車をぶつけるのはどっちらけだった。ビルに仕掛けた爆弾でゴジラが下敷きになるのもどうかと思った。それで口から凝固剤を流し込むのだが、血管注射するならともかく口から入れても入るかしれないし、入っても胃があるなら胃酸で変質してしまうだろうし、注入している間ゴジラがおとなしく気絶しているのがもう全然間抜けで、自衛隊や米軍に対してあんなに強かったゴジラがなんでこんななのかと思う。でそのタンクローリーみたいなのが瓦礫の山の中をどうやってゴジラまで近づくんだよ、近付けたのは奇跡に近いんじゃないかと思う。ともかくこのヤシオリ作戦というのがとてつもなくひどい、と私には思えた。北の丸の屋外に指令本部みたいなのを設置して、なんか迷彩の網みたいなのをかぶして、放射能防護服着てるのだが、なんでそんなことする必要があるのかと思った。別に指令本部は立川にあっても良いんじゃないかと思った。立川じゃなくても良いから北の丸よりもずっと離れた地中とかにあっても良かったはずだ。そういうご都合主義が多すぎた。

首相官邸のすったもんだとかは別にどうでもよかった。石原さとみも言われているほど大根役者ではなかった。ノリとしては政治ドラマというより警察ドラマに近い。政治臭もあるのだが、そんなに良い出来とは思えなかった。例えば「ブラックホークダウン」みたいな、胃に穴が開きそうな緊迫感は無い。あれも結局はアメリカマンセー臭さがあるんだけど、ああいうふうに、実際に戦争してる国が作る映画とはまるで違う物だ。アメリカの属国とかいう言葉も、言いたかったんだろうが、軽い感じがした。

あと、主人公が最初から事故原因を巨大不明生物だと見抜いていたのが不自然過ぎる。

東映のデビルマンを1デビルマンとすれば、シン・ゴジラは1000デビルマンくらいはある。でもいろいろ不満な点はあるので、10000デビルマンではない。

深読みすると、シン・ゴジラは冒頭で行方不明になる牧悟郎なる科学者が生み出したものであり、その「倒し方」も牧悟郎が残した「暗号化資料」にすべて明記されていて、すべては牧による自作自演であり、シン・ゴジラは牧が作った「使徒」なのであるから、これに忠実に沿って実行されたがゆえにヤシオリ作戦は成功したのだ、と解釈できなくもない。「私は好きにした、君らも好きにしろ」という牧の置き手紙もそういう意味。だとしてもやはりあの「倒し方」は納得いかない。

摂政

日本では、摂政というのはずっと天皇の外戚のことだった。
具体的には藤原氏のことだった。
昭和天皇が即位する前に摂政宮となったのは例外であった。

藤原氏が摂政である場合、藤原氏は天皇家の祭祀まではやらない。
藤原氏には藤原氏の氏長者がいて、藤原氏の祭祀があるからだ。

天皇家の祭祀は天皇の専権事項であり続けた。
皇太子や上皇が行うことはあり得ない。
大正期の摂政宮がどうであったか。
詳しくは知らないが、天皇以外が天皇家の祭祀を行うことはちょっと考えにくい。
それはいかなる法律にも、憲法にも書き得ない、天皇家の家訓に関わることであって、
国民とか、日本という国家が変更のしようがない。
介入のしようがない。
昔ならば天皇が譲位して上皇になればよかったがそれは現在認められてない。
明言はまったくされてないが、

> 「天皇の高齢化に伴」い「行為を限りなく縮小していくことには、無理があろう」

とか

> 摂政を置いても「生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません」

とはこのことだろうと思う。
天皇が必ずやらなくてはならないこと、摂政に任せられないことは、他には考えにくい。
国事行為ならば、摂政や大臣が代行できる。
問題はそれ以外の部分なのだ。

摂政が全部代行すれば良い、と言っても、外戚の藤原氏が摂政だったという長い長い伝統があるし、
天皇家の内規では天皇しかできないことがあるのだ。
結局伝統に則るためには明治政府が作った皇室典範は邪魔になるのである。

今上天皇としては、フィリピンを訪問したことによって、為すべきことはすべてなし終えたと思ったのに違いない。
長い、戦後の贖罪の旅だった。
譲位の意向というのはその区切りを付けたことによると思う。

天皇と上皇がいる状態というのは、
もともと珍しくはなかったのだが、政治的にはあまりよろしい状態ではない。
天皇と上皇は政治的には対等だったという、これも長い長い伝統があるからだ。
天皇が上皇になっても上皇の権力は天皇の時とまったくそのまま、
或いはさらに権威づけられて存続するし、上皇が再び天皇に即位することだってあったわけだし、
上皇もまた国事行為を行ってもよいと解釈することは可能だし、
上皇もまた日本国の象徴だと見なすことすら可能だし、
とにかくいろいろややこしいことが発生する。
だから明治の元勲たちは、
天皇は譲位できず、その代わり摂政が天皇の国事行為のすべてを代行し得るというやり方を決めたのだったが、
国事行為ではない天皇家の身内の宗教的行事までは縛りようがない。
そこを修正しようと思うと、皇室典範だけではなく、憲法も、天皇のあり方も、
全部一度見直さなきゃならなくなる。

譲位を認めると、天皇を強制的に退位させられるようになるからダメだという意見もあるようだが、
これは、現代ではあまり関係ないのではないか。