アメリカのマクドナルドは今はなきバーガーキングと同じくらい巨大サイズなんだが、デニーズも古き良きアメリカって感じで、昼間っから Tボーンとかビフテキ 500gとか出てきますよね、という話をしたら、アメリカのデニーズは人種差別がひどいのであまり行かない、と言われた。
人種差別というのはアジア人や黒人が来ても、いつまでたっても注文を取りに来ないとかそういうことだそうだ。
アメリカのマクドナルドは今はなきバーガーキングと同じくらい巨大サイズなんだが、デニーズも古き良きアメリカって感じで、昼間っから Tボーンとかビフテキ 500gとか出てきますよね、という話をしたら、アメリカのデニーズは人種差別がひどいのであまり行かない、と言われた。
人種差別というのはアジア人や黒人が来ても、いつまでたっても注文を取りに来ないとかそういうことだそうだ。
ガンダム DVD の字幕は消せることがわかった.メインメニューに戻らずにいきなり subtitle というボタンを押せばよかったのだ.
さて連休なにしよう.和辻哲郎の「古寺巡礼」を読んで一瞬奈良に行きたくなった(笑).しかし仕事もたまってるし.思いつきで旅行すんのはやめよう.
「吉野作造評論集」とか読むと,メキシコ革命の話が出てくる.
アメリカとメキシコの関係はイギリスとスペインの関係に似ている.もともとイギリスはスペインよりも優れた国であるが,アメリカはイギリスの中でも一番(金銭的というよりは道徳的に)優れた人たちが移民した国であって,一方メキシコはスペインのならずものたちが移民した国である.さらにアメリカ人は家族で移民したがメキシコ人は独り者で,守るべき貞節も規範も何もないので,土人との混血がたちまちにして進み…,
故にアメリカでは民主主義がきわめてうまく機能しており,その政治システムをそのままそっくり借用したメキシコでは革命や内戦で国民は塗炭の苦しみを味わっている.
というのだ.あの吉野作造ですらこのいいぐさである.言いたいことはよくわかるが.
昔は西洋人も日本人もずいぶんと差別的なものの考え方をしたのだな.というか吉野作造の言ってることは単なる WASP の受け売りなのかもしれぬ.
だんだんいらいらしてきたのでガンダム DVD の字幕を消したいのだが消せない.英語字幕にすることはできたがフラウボウが MeiMei になってたり,シャアが Masha になってたり….これって広東語から英語に訳してないか.なんか拙い英語だよなあ.主語が省略されたりしてるしなあ.もしかしてこれって海賊版?
いや,もしかしたら香港ローカル版なのかもしれない.香港人は広東語も英語も話すし,香港ネイティブ英語がオーソドックスな英語である必然性もないわけだ.
アムロは Yabao,ガンダムは Gaoda.ブライトは広東語名が「布」で,英語名は Mr. Bu になってた.いやはや.「了解」は I see ではなく Roger! とか Yes, Sir! とかじゃないのか.「いきまーす」は Action! とか言ってたが,空母から離陸するときにはなんていうのか. Take off! かな. Ready, Go! かな.
いかんいかん.なんかヒマ人と思われてしまう….
なぜか中国繁体字字幕.フラウボウがなぜか「美美」とか呼ばれている.ガンダムは「高達」.二十年ぶりくらいに見てみると新たな感動がある.アニメーション技術的にはきわめて稚拙だが,それなりに手をかけているようにも見える.ストーリー展開のなんとみごとなことか!
フラウボウの家族がみんな死んでしまう.アムロのお父さんは宇宙に吸い込まれる.なんかとても残酷で衝撃的だ.
シャアはいつもこむつかしい独り言ばかり言っていて違和感ある.
シェンムー2.少しおもしろい.
「革命児サパタ」というのを見た.すこしおもしろい.メキシコの歴史についていかに無知だったかを知る.革命とか戦争でもメキシコ人は常にソンブレロをかぶっていてユーモラスだ.公平にみえる.しかし,アメリカ人の視点で作られたものには違いない.メキシコ人ならもっとアメリカ資本を呪うに違いない.
「ジェロニモ」というのを見た.少しおもしろい.白人はいくら殺してもつぎから次に涌いてきた,ということなのだろう.農業と産業革命の勝利というべきか.
「アパッチ砦」というのもみた.超つまらない.途中放棄.
1965年くらいの日活を飽きるほど見てみたいのだが,まったくビデオレンタル屋にない.
カストロやゲバラやホーチミンや毛沢東の映画もない.おそらく世の中にはビデオレンタル屋に並んでいるよりは 100 倍より多くの映画があり,そういう映画の中には私のみたいのがかなりあると思うのだが.
「釣月耕雲慕古風」に関しては961208, 000306などで考察して来たのだが,インターネットもずいぶん広くなったようで, 明確な出典が見つかった.道元の漢詩だった.思ったよりも古くて大物だったな.
山居(さんご)
西来祖道我伝東 西来の祖道我東に伝ふ
釣月耕雲慕古風 釣月耕雲古風を慕ふ
世俗紅塵飛不到 世俗の紅塵飛べども到らず
深山雪夜草菴中 深山雪夜草菴のうち
道元というひと,それからこの漢詩の前後の文脈から,だいぶはっきりしたことがわかる.おそらく「釣月耕雲」というのは,後世の人間どもがこねくりまわした「禅問答」じみた意味ではなくて,俗世間を離れた山奥の静かで質素な勤労生活のことを言っているのだと思う.つまりこの四行の詩は全体に非常に具体的で単純明快なことを言っているのであって,「釣月耕雲」の部分だけになにか深淵な謎がかけられているとは考えにくい.「耕雲」というのはつまり雲が眼下に広がってるような高原の畑を耕している光景が思い浮かぶし,「釣月」というのは夜水面に映った月に釣り糸をたれているような感じがある.しかし,禅宗とか道元というのはかなり保守的な仏教のように思うので,魚を釣って食べたというのは少し考え難い.ここに疑問が残る.が,しかし,鎌倉仏教というものは,肉食はしなくとも川魚くらいは食べたかもしれん.江戸時代までの日本人はだいたいそういうもんだし.「紅塵」というのは繁華な市街の土ぼこり,つまり「俗塵」のこと.山の上には俗世間の塵が飛んでもとどかないということだね.
台湾の高雄にも「曲橋釣月」という名所があるそうだ.しかし台湾の中国の歴史というのはせいぜい清朝からこちらだし,日本の植民地だったこともあるので,日本の禅宗の影響を受けている可能性は非常に高い.であるから,「釣月耕雲」というのは,すでに中国語にあった慣用句というよりは,道元の「独創」であるというので間違いないのではないか.
で,私の爺さんがなぜ「釣月耕雲慕古風」を掛け軸にしていたかということだが,禅はずいぶん好きだったようだし,そのころ京都に本部がある日本剣道連盟と喧嘩別れしたということもあったようだから,世俗の評判や名声などは気にかけず,田舎でひたすら古武道を探求する,というような心境だったのではなかろうか,と推察される.
松尾芭蕉が初めて句集を編んだのが「釣月庵」というそうだ.
追記: 道元 永平広録 巻十 偈頌。
ライオンがたくさん居る.古代ローマ風の兵士も居る.
Tomb Raider はやはりパソコンでやらないとほんとのおもしろさがわからない.というのは,PS だとグラフィックが汚すぎてアイテムが落ちているのだかさえわからないことがあるからだ.PS 由来のゲーム,たとえば Dino Crisis やサルゲッチューなどは,グラフィックが汚いことを前提として作られているから,アイテムが落ちてるときはそれははっきりとここに落ちてますよ,ということがわかるようになっている.ところが Tomb Raider の場合,すべてのヒントはきわめてさりげなく,かつ,グラフィックに相当依存した方法によって示されている.PS でも努力次第?で解像度の悪さを克服できるのかも知れないが,ゲームのやりやすさとか楽しさというものがかなり劣ると言わざるを得ない.
ドリームキャストだと,その問題はかなりの程度解決されると言える.しかし,Tomb Raider は高精細大画面でやることに意味のあるゲームだから,できれば 1600×1200 16bit くらいでやってみたいものである.
たとえばダビデの第四子の名はアドニヤというが(サムエル記 3:4、列王記上 1:5, 2:13、歴代誌上 3:2)、これがアドンに由来するのは間違いあるまい。他にもアドニラム、アドニカム、アドニ・ツェデク、アドニ・ベゼクなどの名前もある。ただしアドニ・ツェデク、アドニ・ベゼクは、ヨシュアが滅ぼした王の名であって、ベゼクの主、ツェデクの主、と言う意味にも取れるのだが。