或老人之歎歌一首並反歌四首

我が書きし ふみのかずかず 我が詠みし 歌のかずかず うつせみの うつし人にて あらむ間に 残しおかむとたくめども ときのまにまに いそとせは むなしくすぎて 身とともに 心も老いて あたらしき 思ひも出で来ず めづらしき ものも見出でず 名をのこす 人はさはにあれ かなしくも 我はさにあらで なにはえの うもれぎとなり 後の世の 人にわすられ いまさらに 何をか残さむ ことさらに 何をかうたはむ このうつし世に

反歌

うつし世に 見るべきものは すべて見つ 詠むべき歌も 詠みや果てつる

うつし世の 人はたのまじ ただ神と のちの人にぞ 歌は詠むべき

あきらけく をさまりし世の おほ君に 学びしならひ 忘るべしやは

しぬまでの よはひにかへて のこさまし わがかきしふみ わがよみしうた

「ハイディ」邦訳疑惑

矢川澄子訳『ハイジ』は

のどかに広がる昔ながらの小さな町、マイエンフェルトから、一筋の小道が、木立の多い緑の牧場をぬけて、大きくいかめしくこの谷を見おろす山々のふもとまでつづいています。

で始まる。野上弥生子訳だと

スウィスのマイエンフェルトといふ古風な、気もちの良い村から、一すぢの路が緑いろの牧場を抜けて、うねうねと遠く山の麓まで曲つてゐます。

となる。しかるに原文

Vom freundlichen Dorfe Maienfeld führt ein Fußweg durch grüne, baumreiche Fluren bis zum Fuße der Höhen, die von dieser Seite groß und ernst auf das Tal herniederschauen.

を忠実に訳すならば、

親しげな村マイエンフェルトから一本の小道が緑の木立が多い野原を通って、谷を見下ろすほうへひらけた、大きくいかめしい高地の麓へ続いている。

とでもなろうか。多少の意訳は当然あり得るとして、原文には「昔ながら」とか「古風な」などという言葉は一言も出てこないのである。実際マイエンフェルトには当時ちょうど鉄道が通って駅ができた。産業革命の波がようやくスイスの山奥まで到達しつつあるときだった。だから、昔ながらの古風な村ではあり得ないのである。

1919年の英訳(ELISABETH P. STORK)によれば、

The little old town of Mayenfeld is charmingly situated. From it a footpath leads through green, well-wooded stretches to the foot of the heights which look down imposingly upon the valley.

小さな古い町マイエンフェルトは愛らしいところだ。そこから小道が、緑の、木立の多い、谷を堂々と見下ろす高地の麓へ伸びている。

とでもなろうか。

「スウィスの」と補ったのは良いとして、「うねうねと」などは原文のニュアンスにはない。どちらかといえば「まっすぐつっきっている」とでも訳したいくらいだ。「のどかに広がる昔ながらの小さな町」というのも訳者の勝手な想像というしかない。

あきらかにどちらの邦訳も英訳の影響を受けている。矢川澄子訳の方は一応ドイツ語原文にも目を通しているらしい。

牧場という言葉も、原文、英訳ともに出てこない。Flur を注意深く訳すならば「野原」もしくは村の外に広がる畑のことであり、必ずしも牧場とは限らない。牧場と訳しても間違いではないが。

アニメよりずっとまえ、邦訳よりも前の、英訳のころから、スイスの外の世界の人は、スイスという国は、浮き世離れした、時間が止まったメルヒェンの世界だというふうに考えたかったわけだ。『ハイディ』はそのイメージにぴったりだったから受け入れられたし、受け入れがたい部分は勝手に解釈してきたというわけだ。下界のフランクフルトとアルプスは対極的な存在でなくてはならない。古代ギリシャの神話のように、現世から神話の世界へと転生する話に再解釈された。後編でクララの足が治るのも、天上界に転生したので治ったのと同じ意味にとらえられた。ヨハンナ・シュピリの作品の中でも最も非現実的なこの『ハイディ』という作品しか、世界は受け入れてくれなかった。ヨハンナはきっと悔しい思いだったのに違いない。

いやいや、問題はそこではないかもしれない。ヨハンナ・シュピリは童話作家だと思われていた。その作品は童話でなくてはならない。読者も出版社も童話を読みたい、童話を売りたいと思っている。だから原作とは異なる、グリム童話のような雰囲気に、訳する段階で無理矢理改変されたのかもしれない。

ヨハンナ・シュピリ

ヨハンナの長兄はテオドールTheodor。 1846年に医師免許を取り、 1847年に軍医として分離同盟戦争(スイスの内戦)に従軍。

次兄はクリスチャンChristian。 1847年頃にベルリンに留学。ブラジルに渡り、農場を作る。

もう一人男子がいたが早世した。

姉妹は、アンナAnna 25、ヨハンナJohanna 23、エガEga 19、メタMeta 14。 1850年時点で彼女らはみなまだ実家にいた。

『正法眼蔵随聞記』2-1

是によりて一門の同学五根房故葉上僧正の弟子が、唐土の禅院にて持斎を固く守りて、戒経を終日誦せしをば、教へて捨てしめたりしなり。

葉上とはまさしく栄西のことである。道元が栄西のことを「一門の同学」と呼んでいるのは興味深い。このくだりは、仏像や仏舎利などを崇拝したり、戒律を遵守し一日中読経するのは、あまりにやりすぎれば逆に外道となる、南宋の僧も必ずしも戒律にはこだわらなかったし、栄西も戒律にこだわるのを捨てさせたというのである。

道元は栄西を同じ宗派だと考えていたのだろうか。

wenn, sollte dann

いつもの長文(というより、長いセンテンス)の時間です。

Wenn wir Menschenkinder kaum ertragen können, die Fehler und Flecken zu sehen, die uns und unsere Mitmenschen entstellen und erniedrigen und um so schärfer sehen, je mehr uns an den Menschen gelegen ist, sollte dann nicht unser Herr und Gott immer noch schärfer sehen und es noch genauer mit uns nehmen?

全体的に見ると

wenn もしなんとかならば, sollte dann であるべきだ

という形になっている。sollte はここでは助動詞。sollen の過去形とみると意味がおかしい。

「もし、私たち人の子が、ほとんど耐えることができなかったら」その目的語は「誤りや汚点を見ること」である。そのあとの die は「誤りや汚点」を受けていて、

die uns und unsere Mitmenschen entstellen und erniedrigen

私たちや私たちの同胞を損ね、貶める

und (die) um so schärfer sehen, je mehr uns an den Menschen gelegen ist

厳密に見れば見るほどににますます人々にとって重要になる

となる。gelegen はここでは明らかに形容詞(ふさわしい、重要な)であり、かつ、

人3 an 物4 gelegen sein

だれそれにとって何々は重要である、というイディオムになっている。
また

je 比較級、um so 比較級

もイディオムである。

それでまあ、直訳すれば、「私たちや私たちの同胞を損ね、貶める、しかしながら厳密に見ればみるほどに重要になっていく誤りや欠点を、私たちがほとんど直視できないとしても、私たちの主と神はいつも厳密に見ているのだから、私たちもやはり厳密に受け止めるべきではなかろうか。」とでもなるだろうか。最後のあたりが少し自信がないが、主語は es ではなくて unser Herr und Gott であり、es は目的語だろう。いずれにしても、訳してみると、べつにこんなに馬鹿丁寧に訳す必要のあることではない。てきとうに意訳しておけば十分だろう。

dagegen

Fanden nun Vater und Mutter ihren besten Trost und die befriedigende Nahrung für ihr inneres Leben in den Worten des alten Bibelbuches und solcher Schriften, die desselben Sinnes waren, so war es dagegen den Bedürfnissen ihrer Natur gemäß, aus den Worten der Dichter und Weisen zu schöpfen, die ihren Blick weiteten, ihr Denken erhellten und ihr ganzes Wesen festeten, daß sie, der eigenen Kraft bewußt, gerüstet dem Leben entgegentreten könnte.

なんと長い、そしてコンマの多いセンテンスだろうか。これは A, so B, daß C と言う形になっていると解釈できよう。

A の部分は

父と母は古い聖書などの書物の言葉の中から、彼女のために、元気と心の糧を見つけた。それらはおよそ同じような意味合いだった。

B の部分は

しかしそれゆえにそれらの宗教的な文句は彼女自身の好みに反していた。

彼女の好みというのは aus den Worten der Dichter und Weisen zu schöpfen という zu 不定詞句が Bedürfnissen ihrer Natur gemäß にかかるとみて、

詩人や賢者の言葉から生まれ出て、彼女の視野を広げ、彼女の考えを明解にし、彼女の本質を確立してくれるもの

である。そして C の部分は

自分自身の力を自覚し、すでに自分なりに理論武装していた彼女は、人生に立ち向かっていけた。

となるだろう。

前半部分の父母の宗教的な好みと、後半部分の彼女の詩的な好みが対比されている、と見るべきだ。dagegen があるのでそれがわかりやすい。

「, so」や「, daß」などでセンテンスが大きく切れている、ということに着目すべきだ。

Ich möchte nicht das Kind sein!

Ich möchte nicht das Kind sein!

直訳すれば、「私はあの子供でありたくない」だろうか。敢えて英訳すれば

I might not be that child!

とでもなろうか。で、英語版では

I am glad I am not the child!

「私があの子供でなくて良かった」。

矢川澄子訳は

あの子の身にもなってごらんよ!

となっている。なるほど。

デーテの言い訳

> Sie besann sich also nicht lange, sondern sagte mit großer
Beredsamkeit, heute wäre es ihr leider völlig unmöglich, die Reise
anzutreten, und morgen könnte sie noch weniger daran denken, und die
Tage darauf wäre es am allerunmöglichsten, um der darauf folgenden
Geschäfte willen, und nachher könnte sie dann gar nicht mehr.

直訳するならば、

> 彼女は長く熟考するのでなく、すぐに雄弁に話した、今日は旅行を始めるには、
残念ながらまったく不可能です。明日もやはりそうとは思いません。そしてその翌日も、
次の仕事のおかげでますます不可能です。そしてその後もまったくよけいにダメです。

矢川澄子訳だと

> デーテはそこで、たいして考えるひまもなく、さかんにまくしたて始めました。「ざんねんながら、きょうはとても旅行には出られませんし、あしたとなると、なおのこと都合がつきかねます。あさってはまた、のっぴきならない用事で全然見込みがありませんし、そのあとはもう、どうにもなりませんのでね。」

まあ、自由自在に訳しているということもできるし、
独自の文体に翻案しているともいえる。
der darauf folgenden Geschäfte を「のっぴきならない用事」
と訳すのは、かなり脚色されているとは言えまいか。
「のっぴきならない」とか「緊急の」という意味のことはどこにも書いてないのだから。

Heidis Lehr- und Wanderjahre

> Herr Sesemann verstand die Sprache und entließ die Base ohne weiteres.

直訳すれば、

> ゼーゼマン氏はその言葉を理解し、その叔母をあっさりと解放した。

矢川澄子訳だと

> ゼーゼマン氏は、デーテの本心をさっして、そのままひきとらせてやりました。

となる。
なるほど流暢な訳ではあるが、
原文の雰囲気を伝えているとは思えないなあ。

ohne weiteres 簡単に。

デーテのことを原文では Dete、die Dete、die Base Dete、die Base などと書いている。
Base は南ドイツで叔母、もしくは女のいとこを言う。

Der Dialog zwischen der deutschen Jugendbuchautorin und dem Schweizer Spyri-Forscher zeigt, wie schwer der Abschied von einem liebgewordenden Bild fällt.