赤塚巡り(副題「赤塚良いとこ一度はおいで」)

成増の不動産屋へ.実家から送ってもらった保証人の実印が父ではなく祖父のだった.などのちょっとしたハプニングはあったものの,契約成立.鍵は 30 日にくれるとのこと.一応 4/1 日から入居可だが,鍵さえもらえばこっちのもの.

赤塚図書館に入ってみたが,思ったより広くてご満悦.世田谷中央図書館には遠く及ばないが,世田谷図書館よりは広そう.しかもわりと空いている.わざわざ赤塚の山の上まで登ってくるやつはいないのだろう.

赤塚体育館というものにも入ってみたが,屋内温水プールが思ったよりも広くてびっくり.地下二階に,25m プールと,子供用プールがある.プールサイドも異様に広く,採光も充分.地下一階からプールがのぞけるようになっているが,このフロアも異様に広い.なんとも贅沢な作り.さすが自治体.民間には真似できねー.

トレーニングルームというところに,中年おじんおばんがたいそう集まっていた.ちょっとしたフィットネスジムで一般公開利用は 380 円.近所なので便利なのだが,僕はあいにく運動は嫌いなたちだ.僕は昔,風呂なしのころにフィットネスジムに銭湯代わりに通ったことがある.あまり運動は長続きしないのだが,年に二三回は利用させてもらうかも.ともかくフツーのフィットネスジムに高い金出して通う必要はまったくないと見た.

成増図書館は,本棚絨毯など非常に新しいが,赤塚図書館よりちょっと広いくらいで,それほどすごくない.地方自治体の図書館としてはやはり世田谷中央図書館は最大級だろう.普通の区立図書館の軽く三倍の広さがあり,平日昼間でも常に混んでいる.

図書館と同じ建物の中に成増アートギャラリーというのがあって,これが一日 10000 円で借りられるそうである.一週間くらい借りて 7 万円.高いのか安いのか良くわからん.そもそも成増まで見に来るのか?高島平の陶芸サークルみたいのが展示してた.重くて厚くてつるつるして最悪なのもあったが,軽くて薄くてさらっとした,なかなか良くできたのもあった.なかなか良い土使てるやないけ(笑).焼き物を自分で焼きだしたらはまりそう.高島平は赤塚庁舎前からバス一本でいける.全然遠くないのである.

成増北口の再開発はつい最近のことのように思える.三茶のキャロットタワーくらいかな.赤塚図書館も赤塚体育館も新しくてすばらしい.こういうバブルの遺産は歓迎だね.
成増北口から赤塚高台にかけて,全般に町が若々しく,まるで板橋じゃないみたい(笑).ただし,ついでに体育館前通りというのを通したのは良くなかった.この道なからましかばとおぼえしか.つーか.この道がなければ交通はかなり不便になり,従って車が入ってこなくなる.太い道がなく,地元の車以外に入って来ないようなのが理想だ.駅までの距離が同じでも,朝から二車線の道をいくつも横切るのは気分最悪.荷馬車がやっとすれ違える程度の田舎道を歩くのは散歩気分でよろしい.

赤塚植物園にはまだ足を踏み入れてない(けっこう期待している).赤塚美術館というのもあるようだ(あまり期待してない).赤塚城址というのもあるそうだ(だからなんなんだ).どっちにしろ近所なのでそのうち遊びにいこう.

日が長いので,観光バス気分で成増駅前から高島平経由で赤羽へ.赤羽はいかにも古い町だ.巨大なダイエーがある.碑文谷のダイエーよりは小さいようだ.エスカレータの手すりが汚い.あまり活気がない.大きなお世話かもしれんが,不景気ならまずエスカレータの手すり磨きから始めるべきだね!

地名と方角

川越で日記を書くとすればどんな名前にしようか,などと考えていた. 「川越素描」は却下. これだけは絶対使わない.世田谷素描で,素描シリーズ(?)は終わりにする. 川越というか埼玉は北武蔵であるから, 北武なんちゃらとか言う名前もありかと思ったがこれも陳腐.

南武,東武,西武,南総,北総などという言い方はあるのだが, 北武という言い方は一般的ではない. それはそうと, 墨東,湘南などという地名もある. 東西南北の地名が頭に着く場合と後ろにつく場合がある.

本場中国では,湖南,湖北,山東,山西,広東,広西など, 東西南北が後ろにつく場合が一般的らしい. そもそも湘南というのは,湘江という川の南側のことを言うそうだ. ところが, 北京,南京,西安などと,都市の名前には頭に方角が着くし, 北宋,南宋のように,国名には頭に方角が着く.

いったいどう使い分けているのだろうか? 推測するに, すでに「湖」,「山」,「河」,「江」 などの地理的な名称があったときに, これを基準をすれば,湖南,湖北,山東,山西,河北,河南, 江南,江北となる. また,広州のようなもともとの地域を分割すれば, 同様に広東,広西となる. そうではなくて,おおもとの地名がないとき, 個別性が高いとき, 同時には存在しないこともあり得るときには, 北京,南京,北宋,南宋などとなるのじゃないか. うん,きっとそうだ. そういえば「漠北」というのもあるな. これは漠(ゴビ砂漠)の北側という意味.

とまあ,このような規則性を仮定すれば, 南総,北総という言い方は間違いで,総北,総南という言い方が正しい. 南武,東武,西武などの鉄道会社の名前はグレーゾーンだが, 武蔵国を南と北に分けると考えれば, 武南(つまり東京都),武北(埼玉県)などと呼ぶべきなのだろう.

北満,南満という言い方も間違い. なぜなら満州は一つの独立国で,その南北の地方名ならば, 満北,満南と呼ぶべきだから. ところが,北鮮,南鮮というのを鮮北,鮮南と呼ぶと, 朝鮮という統一国家があることになってしまう. 難しいねっ.

墨東というのは,墨田川を境にして,その東を言うのだから, 墨東であってる.とても正しい呼び名ということになる. 東墨というと,墨田川の東にもう一つ東墨田川というのが流れている感じになる.

さて,湘南というのはもともとは相模国の南方面のことであるから, 湘西,湘北,湘東などという地名もあり得るが, そのような名前は実際には使われていない. 湘北などはさしずめ相模原市から町田市(これはいちおう東京都だが), 長津田のあたりを言うのだろう. だからもし僕が長津田の住人ならば(笑), 湘北日記などというものを書くこともできたわけだ.

湘南を相南と書くと,遭難と同じ音に読まれて, これは漁師には縁起が悪いので湘南と書いたという説もあるそうだ.

それはそうと, 川越を1字で表せる漢字があると便利なのだが. なさそうだな.

矢倉沢往還

いろいろ気になったものだから、 世田谷中央図書館で、 角川日本地名大辞典、平凡社百科事典などで調べたところ、 大山道についてかなりわかってきた。

江戸期の大山道の正式名称は、矢倉沢往還といって、 家康が関東に入ったときに、足柄の矢倉沢に関所を設けたことから、 この道を矢倉沢往還と呼ぶことになった。 「往還」は「街道」とほぼ同じ意味。 江戸中期から後期にかけて、 大山詣が流行し、その参詣道として有名になったことから、 大山道とか大山街道とも呼ぶようになった。 矢倉沢の関所は、箱根の関所と同様に、 出女を原則としてみとめない厳重な関所だったという。 ちなみに家康が江戸城に入るときには中原往還、つまり今の中原街道を通ったという。

矢倉沢往還は、 江戸城赤坂門から始まり、青山通り、 渋谷道玄坂を通り、 三軒茶屋、世田谷、二子の渡しを通り、 溝の口、江田、長津田、鶴間、下鶴間、厚木、伊勢原を経て矢倉沢に至る。 但し、元禄時代に三件茶屋から二子へ通じるバイパスができたので、 世田谷は新大山道からははずれた。

もちろん矢倉沢往還は、家康が江戸城に入ってから急にできたものじゃない。 世田谷のぼろ市、つまり 世田谷新宿の楽市楽座が戦国時代に始まったことからも明らかなように、 すでに戦国時代には、この矢倉沢往還は存在していたのである。 少なくとも戦国時代には矢倉沢往還が相模~武蔵地方のメインストリートで、 小田原城と世田谷城の間の往来に使われていたことは確かである。

ではいつごろから矢倉沢往還という道はあったかというと、 話はずっと平安時代にさかのぼる。 古代、東海地方から関東地方に入る道には、 足柄峠を越える足柄路と、箱根峠を越える箱根路があった。 足柄路の方が古くて延喜式にもでてくるのだが、 西暦800年、802年に富士山が噴火して、足柄路がいったんふさがったので、 箱根路が造られたそうである。 箱根峠は駒ヶ岳の南側、足柄峠は北側にある。 足柄路から、当時厚木の付近にあった相模国府を経由して川崎方面に抜ける路が、 矢倉沢往還の原型となる。

ところがその当時には、厚木から長津田、溝の口、 世田谷へ至るルートはまだ存在していない。 したがって、いわゆる矢倉沢往還が完成したのは、 世田谷に吉良氏が城を築いた戦国時代以降の話になるのだろう。

更級日記によれば、相模国の「にしとみ」「もろこしが原」というところを経由して、 足柄山を越えたと書いてある。 にしとみとは現在の藤沢市西富町、もろこしが原とは平塚と大磯の間のことで、 どちらも海沿いの土地であり、海の景色の描写もあるので、 更級日記の作者らは海沿いの道、 おそらくは現在の東海道に近い道筋を通ったのではないかと思われる。

さて、田園都市線や、国道246号線、東名高速などの開発が始まる以前は、 溝の口には数十戸程度の人家しかなかったそうだ。 おそらくかなりこじんまりした宿場町だったのだろう。 長津田もにたようなものだったに違いない。 次回は長津田の歴史について調べてみたい (笑)。

ウィンクされたら死ぬ遊び

今日は山手線ゲームとか,ウィンクをされたら死ぬとかそういう遊びをした. 罰ゲームがマイヤーズをショットグラスで一気飲みでなければもう少し楽しめたのだが.

それからカタカナ言葉をしゃべったら罰ゲームというのもやった. 僕は大和言葉以外は外来語だと思って普段も気をつけて書いたり話したりしてるのでわりと楽だったけど. 俵万智が「短歌を作る」と言うのがとても汚らしく聞こえる. これは「和歌を詠む」または「うたをよむ」というのが正しいと思うんだが.

紅白の感想を読もうと思って日記をいくつか回って読んでみたが, ろくなことを書いてない. アムロナミエは感極まって泣いたのだと,みんな書いているが, あれは高い声が出なくて恥ずかしくなって泣いたのだと僕は今も思っている. 表情を見ながら聞いていればわかるはずだ. 僕と同じ意見の人も居るにはいた. あの「Can you celebrate?」という歌は一年前にいやというほど聞かされたので, わりと記憶に残っているほうだが, どう聞いてもこないだのアムロの歌は下手くそだった. 一年前ならあの程度の高音は軽く出していたのだ.

上田さんも同じようなことを書いている.安心した.

北島三郎が歌詞を忘れたのは確かに「忘れちゃならねえ」というところだった.

武田鉄也と和田あき子が熱唱だったのは認めよう. ただしあの手に持ったマイクはダミーだろう. 肉声をどこかの無指向性マイクが拾っているだけじゃないことは明らか, というか,現在の技術では, マイクを手に持って歌うことなどナンセンスなんじゃなかろうか.

昨日はだらだらとNHKの教育放送を見ていた. 教育放送はいかにあるべきかなどという話をまじめにやっていた. 郵政大臣当時の田中角栄が出てきたりした. 若い頃の田中角栄というのは実に良い顔をしているね. ロジャー・ペンローズとかスピルバーグとかも出てきた. なかなかすごい顔ぶれだった. 誰だったか,おにゃんこくらぶのプロデューサかなにかやったやつが, NHKは「幕の内弁当」だから記憶に残りにくいとか言っていた. 井上ひさしも出てきた. 僕はNHKの,10年か20年くらい前の,左傾化した人形劇のイメージがあって, それはきっと井上ひさしらの影響を受けていたんだろうなあなどと思いながら見てた. プリンセスプリンプリンなんてひどいものだった. ようするにジョンレノンのような平和主義というか, みんなが平和になると信じれば平和になるんだとか, みんなが戦争を望んでいるから戦争になるんだとか, そういう思想が僕は嫌いなのだ.

生涯教育や社会人教育を充実させるという意味では, 番組の内容はもっと高度でもよい, という考え方には賛成だ.というか,もっともっと高度にして良い. だけど,芸能とか演劇とか古典音楽とか僕には興味ないので, 別チャンネルにしてほしいけど(笑).

だいたいNHKが嫌いなやつは「幕の内弁当」的側面にだけ注目して批判する. そうしてそういう通り一遍な,言い古された,ありきたりの, ある意味「幕の内弁当」的な批判をして満足しているのである. 紅白歌合戦だってろくに歌聞いてちゃいないくせにさ. 僕だって毎年真剣に見てるわけじゃないが, こないだの紅白はなかなかおもしろい見物だった.

いや,民放にもおもしろい番組はたまにある. 昨日はインドネシアのコモド島までコモドドラゴンの手形を取りにいったりしたが, あれは見方によれば,バラエティ番組というよりもっとまともなドキュメンタリーとして見れた. クラゲを捕りにいったり,焼き物をやいたり,悪くなかった. しかし,どうしてヤラセというか偶然をよそおいたがるのだろう. ドキュメンタリーなら,取材したとおりを淡々とやればよさそうなものだ. 余計な脚色など不要だ.

 防衛庁第4研究所見学

淵野辺に行って, フライトシミュレータを戦車のシミュレータに改造したやつに乗ったり, 9眼のベースラインステレオ(ほぼ実時間で奥行きマップを計測する)やつをみたりした. なんかの写真で見たフライトシミュレータに初めて乗れたのがうれしかった. 戦車で山の上に駆け上り,急な斜面を降りようとしたら, 一瞬宙に浮いて地面に叩き付けられたのが楽しかった(笑). 富士の裾野を模してあるのだが, 富士山がなかなか絶景だったね.

防衛庁の技官の世界というのも初めて見聞した. 要するに,想像通りの世界だね. 地雷にさわったりもした. 火薬は入ってないとわかってても,万一入ってたら!と思うと怖いもんがある. 地雷を100%検出する方法というのはないそうで, 確実に除去するには, 戦車の先にローラをつけて,鎖をたくさんぶらさげて, 地面をばしばしたたきながら爆発させるしかないそうである. ところが,対戦車用の地雷は, 爆発すると半径8mくらいのクレータができてしまうくらい強力なもんだそうで, 爆発するたびにローラを交換しなくちゃならないそうだ.

なんでも,探知機というのは,地雷と周りの土の誘電率の境界面を検出するんだそうだが, 土の具合や湿り具合などで,境界面がまったく検出できないこともあるんだそうだ. 地面がでこぼこしてたり,草が生えてても深刻な影響を受けるという. 対戦車地雷は人が踏んだくらいじゃ爆発しないが, その周りに対人地雷が埋めてあったり, 取り除こうとすると爆発するような仕掛けがしてあったりするという. で,地雷除去の研究をしてる技官も,実際に地雷除去の作業をしたことはないそうで. まー,なんとも危なっかしい話だね.

自動走行車なども見た. 防衛庁の研究所というのは,けっこうすごいことやってるのだが, メディアへの露出はきわめて消極的だ. もっと情報公開すればいいのにね. その点民間企業は,見せるとこと見せないとこをうまくやってるのかなあ.

カオス

昨日は友人が遊びにきた.聞き取りにくい携帯電話で話をして,僕が「松陰神社前で待つ」と言うと,「改札はどこにあるのか」と聞くので,「世田谷線の駅に改札なんかない.ホームしかない」と言うと,なんか納得できないふうだった.世田谷線には終点の三茶と下高井戸にしか,改札はない.彼は世田谷線のことを時代錯誤だとかアナクロだとか言った.それはひどい.せめてレトロとかアンティークとか言ってやれば良いのに.世田谷線の電車の内装は,壁も床も板張りだ(樹脂のもいくらかはある).

吉田松陰の墓にお参りした.もう日が暮れて神社の門が締まってたので,こそこそと入りこんだ.安政の大獄で,みな三十代で(つまり僕くらいの年で)獄死したのだった.吉田松陰はちょうど三十才で死んだ.思い残したことややり残したはあったのかなかったのか.僕なんていまじゃ Linux くらいしか生きる楽しみがない(Linux だって別にしいて生きていたいほど好きなわけではない).などとふと思った(単に落ち込んでるだけかも…).つい一週間ほど前に携帯電話を買った,とても便利だ,などというので,つき合っている人でも出来たのかというと,そうだと白状した.ふむ.それじゃ簡単に死ぬわけにもいかないね.

僕が死んだら親が悲しむだろう.僕はつくづく退屈な人間なので,彼女が出来ても話すことがない,遊びにいくところがない,それで納得してくれるならつきあっても良いのだが,それだといっしょにいる甲斐がないから,何もしない方がましかもしれぬ.困ったものだ.そもそも僕は電話をしても長電話はしない.たまにすることがあっても特殊なケースで,それを毎日繰り返すなどというのは,あり得ない.これからそういう性格になることもないと思う.昔からそうかというとそうでもなくて,中学生のころまではよく話す方だったのだが.

僕のカオスのとらえ方はちと違っていたようだ.カオスというのは,力学系の話なので,
初期値によって挙動が全く違ってしまうようなのをカオスと言うのだと言う.それはまあそうなのだが.カオスというのは無秩序に近いものであり,無秩序と秩序の間にあるのは複雑系というのだそうだ.ふーん.

紫式部が鰯を食べていた証拠

三茶蔦屋に行ったら「インターネットカフェは 11 月 15 日をもって終了させていただきます」 と書いてあった。 よくわからんが、期限延長したらしい。 エレコムのマウスが 1580 円で売ってあったので、思わず衝動買いしてしまった。 そりゃそうだ。熟慮して衝動買いする人はいない。 さて、ちゃんとマウスを認識してくれるかな?と思いつつ、 つないで再起動しながら、私は無意識のうちにマウスを使っていたのだった。 マウスって便利だなと思いながら。 馬鹿だ。 再起動しなくてもすでにマウスは認識されていたのであった。 いやー。何はともあれ、 トラックポイントよりもマウスは数百倍使いやすい。

800×600のディスプレイで作業しててつくづく思うのだが、 Windows も Virtual Desktop にしてくれ! お願い!

文部省が中学でパソコンを必修にしようと計画してるらしい。 うぬ。Windows を使わせるつもりだろうか。 かわいい子には旅をさせろ、じゃないが、 UNIX の基礎からまなばせるべきだ(笑)。 いまこそ UNIX ユーザは団結して国会に代表を送れ!

日の本にはやらせたまふいはしみづまゐらぬ人もあらじとぞおもふ

紫式部が鰯を食べていた証拠といわれるこの歌だが、 ほんとうはいつごろ作られたものだろう。 江戸時代以降だと思うのだが。 元歌があるかもしれない。 もともとは 「日本で盛んに信仰されている石清水八幡宮にお参りしない人はいないだろうと思う」 という意味だろが、 国粋主義的(国学的)な匂いがするのは気のせいだろうか。 紫式部の真作である可能性もなくはないが。

他人の日記を批判してもよいかということだが、 (内容が)public なものなら批判してもいいだろうし、 private なものならしない方がよいと思う。 彼が街頭に立って民衆によばわる預言者であれば論争をいどむがよかろうし、 路上で仲間と騒いでいるだけなら無視すればいい。 それだけのことだと思う。

かしわ屋で「きす天月見カレーそば」を食べた。 立ち食いそばウィザードへの道を歩みだしたかもしれん。 食べおわったら気持ち悪くなった。 このきす天はころもが厚すぎる! アムス西部で「毛沢東の私生活(下)」を買う。 ついでに NHK ラジオ中国語講座を買う。 なるほど、中国語には濁音はないのだった。 代わりに有気音と無気音の違いがある。 外国人との付き合いがある人は、 有気音をわざと濁音で発音することがあるのだろう。 そういわれると中国人の話す日本語は濁音がなんかおかしい。 ファミリーマートで牛乳を買う。 ネスカフェのインスタントコーヒーは牛乳にとけるので便利だ。 AGFは、とけが悪いのである。

キーバインドをカスタマイズ出来ないのは、よくない。 特に、日本語と英数字の切り替えが Nooo Goooodって感じ。 やっぱ mule を拾ってきた方がいいだろうか。

ザババというバーはいわゆる オフラインチャットルーム(笑) という呼び方がぴったりなところかもしれない。 ここで私は「きょうじゅ」というハンドルで呼ばれている。 客の半数はハンドルで呼ばれている。 「レッド」とか「ボンバー」とか「大道具さん」とか。 「ボンバー」の姉は「ボンバー姉ちゃん」と呼ばれている。 「バカボンのパパ」のノリである。 確かに小学生のころはあだなというもんがはやったが、 大のおとながあだなで呼び合うなんてちょっと恥ずかしい 集団だ。閉鎖的というのかもしれない。 この店にきて静かに飲むことはできない。 なにかしら話しかけられるし、 話に参加してないと、暗いやつだと思われてしまう。 で、実在の人物と狭苦しい場所で、 ある意味必死になってお話する。 十人も入るともはやこの店はレッドゾーンで、 それも涼しくなってきた今ならいいが、夏なら耐え切れない。 以前は客が多くなると前の道にも座り込んで騒いでいたが、 近所の苦情が激しくなって、店の中だけで飲まざるを得なく なった。通報されてよく警察が来たりしたものだ。

こういう形態の店は多いようで少ないようで多いのかもしれない。 屋台のおでん屋とか、立ち飲みの焼き鳥屋とか、 路地裏のバーとか……(そのまんまだな)。 僕は必ずしもそういう店を渡り歩けるような性格ではなく、 たまたま近所にこういう店があるので、 気安くこれてるようなものである。

ASCII Internet なんちゃらという雑誌を読んでいて ふと思ったのだが、 たかが web page を書くために、 10 万円の web editor を買い、 さらにそのソフトの解説本を買い、 何百ページという説明を読んで、なおかついまだに ページが書けてないというのは、 なんかすごい馬鹿げた話だ。 僕みたいに text editor でじかに書いてれば、 お金かからないのに。 そもそも、最初のうちは、 paragraph tag だけ使って書いてたっていいわけで。 たいていの httpd やブラウザはそれでもそれでちゃんと 対処してくれるけどな。 そのうち heading tag も追加して、 anchor tag も使うと便利かな、 とかっていろいろ覚えていって、 それから html, head, title, body tags つけて まともな html 文書に整えていけばいいだけのような 気がするのだが。

蝙蝠を撃て!

雁屋哲が「週刊金曜日」で「蝙蝠を撃て!」という漫画の原作をやってるらしい.「諸君!」によれば「左翼版ゴーマニズム宣言」を試みたもの,だそうである.今度読んでみるかな.ここで言っている「蝙蝠」とは戦後の「転向」とか「反動」のことらしい.例えば,江藤淳.私の知る限り,かつてこの人ほど「転向」よばわりされた人はない.「転向の象徴」なのだろう.世の中のすべての「右翼」は左翼からみると,たかだか「左翼からの転向」なのであろう.でもこれは一昔前の事情である.吉本隆明の「我が転向」を挙げるまでもなく,いまどき転向者は掃いて捨てるほどいるようだ.

江藤淳は東工大教授だった.江頭先生という名前で,こちらが本名なのだろう.一度,教官室までおじゃましたことがある.どういういきさつだったか今では良く覚えていないが,諌早の詩人伊東静雄のことなど話をした.伊東静雄の話になると長くなるので,やめておこう.

「左翼版ゴー宣」が出て来るということは「元祖ゴー宣」はつまり「右翼」なわけだ.小林よしのりも,もう引くに引けないところまで来てしまったわけだなあ.

どうでもいいことだが,「ナニワ金融道」の原作者の青木雄二は,ばりばりのコミュニストらしい.蟹工船まがいの漫画を一度見た覚えがある.また,なんとかという週刊誌にコラムを書いていた(アサヒ芸能の「天下極楽人生相談」か?).おそらく「ナニワ金融道」はそのへんのエキスを薄めて作られたものだろう.

浦安ネズミーランドからの中継

大宮悦子
はい、私レポーターの大宮悦子です。ここ浦安ネズミーランドはゴールデンウィークの中日で、晴天にも恵まれまして、観光客や家族連れでたいへん混みあっております。さっそくちょっとお話をうかがってみようと思います。あのーお楽しみのところすいません、ホゲテレビですが、少々お話をうかがってもよろしいでしょうか?
通りすがりの女子高生風A
えー。ホゲテレビぃ?なんですか?
大宮悦子
諌早湾の干拓ってご存知ですか?
Aの連れの女子高生風B
知ってますよぉ。
大宮悦子
つい先日、潮受け堤防が閉め切られ、ムツゴロウや、トビハゼ、ヤマトオサガニ、ワラスボ、クロヘナタリなどのたくさんの海の生物たちが、今まさに死に絶えようとしていることについて、どのようにお考えですか?
女子高生風B
えー。なんかちょーエムエム~って感じ。
女子高生風A
ムツゴロウ可哀想。生き物を殺すのは良くないことだわ。
女子高生風B
ラムサール条約がどうしたこうした、って感じだわ~。
女子高生風A
B子って超ものしり~。
女子高生風B
うふふ。いわゆるリケンってやつね~。
女子高生風A
まったくどうしてみんな環境問題について深く考えようとしないのかしら?
女子高生風B
いますぐ干拓をやめてもとの干潟に戻すべきよ!いまならまだ間に合うわ~。
大宮悦子
その通りだと、私も思います。でも、ここ、ちょうど私達が今立っている浦安ネズミーランドは、以前は遠浅の海で、浅草海苔の養殖場でもあり、キスやカレイやアサリがたくさん採れる、海の生き物たちの楽園だったっていうことはご存知ですか?
女子高生風AとB
えー?知らなーい。
大宮悦子
たくさんの海の生き物たちを生き埋めにした上で、のほほ~んと楽しそうに遊んでいて、罪の意識を感じませんか?少なくとも、諌早湾の干拓にシノゴノ言う資格は、あなたたちにはないとは思いませんか?諌早湾の干拓を中止して干潟に戻す前に、今、私たちが暮らしているこの東京の、浦安ネズミーランドを元の遠浅の海に戻すべきだとは思いませんか?
女子高生風A
えー?どうして~~。私達関係ないし~。
女子高生風B
せっかく作ったのにもったいないじゃ~ん。お金もかかってるしい。それに浦安の昔のことなんて知らなかったんだもん。
大宮悦子
つまりあなたがたはマスコミの垂れ流すことならなんでもその通り、怒ったり騒いだり文句を言うけれども、それ以外のことは自分の快楽を優先するお調子もの、っていうことですね?せっかく作ったのに壊すのがもったいないなら、諌早湾の潮止堤防だって、超~もったいないんじゃありませんか?
通りすがりの某タクシードライバー
ちょっと待ちなよホゲテレビの大宮悦子さん。
大宮悦子
は?どなたですか?
某タクシードライバー
おれはこの浦安で20年間タクシーの運転手をやってる大沢木ってもんだ。さっきから聞いているといったいぜんたいあんたは何が言いたいんだ?
そもそもオタクのホゲテレビは、つい最近、お台場の新社屋に引っ越したばかりじゃなかったかね。お台場だってもとは海だったんだよ。たくさんの海の生物が生きていたんだよ。その海の生物を皆殺しにした上でのほほんと、バラエティ報道番組なんか作っているホゲテレビに、>諌早湾の干拓がどうしたこうしたとか、浦安ネズミーランドがどうしたこうしたとか、ってホゲホゲヌカしている資格があるとでも思ってんのか。そもそも、海を埋め立てて作った羽田空港や、湾岸道路や、港湾施設や、コンビナートや、ゴミ処理場の恩恵を毎日受けている東京都民に、諌早湾だの三峡ダムだのカワイルカだの、よそさまの土地の世話を焼く資格があるのか。環境問題がどうのこうのっていうんなら、まず自分たちが住んでいる東京の海をもとの干潟や海に戻すべきじゃないのかね?あーん?
台場ホゲテレビ スタジオ 808 でふんぞり返っているディレクターS
ちっ。こちとら、視聴率さえ稼げりゃあいいんだよ。たまたま世の中の騒ぎになってるからネタにしたまでだ。さっさと CM に切り替えろ!